【特集】10年間で約100店減少…「書店の可能性を広げたい」 移動書店で奮闘するハリ書房 《新潟》
値上げの波や電子書籍の発達で紙の本の売上は低迷。街の書店も減少しています。そんな中、書店の可能性を広げようと“本の街”東京・神保町で奮闘する1人の新潟市出身男性を追いました。
閑静な住宅街にあるレストランの駐車場に現れた1台の車。
周囲にずらりと並べられている膨大な本たちは全て新品です。
ここは「ハリ書房」。
移動式の新刊書店です。関東甲信越地方を中心に公園やイベント会場などで本を販売しています。
また、この移動書店を軸にイベントと本を楽しめる落ち着いたブックカフェや、書店をやってみたい人のためのチャレンジショップなど様々な試みを通して本にまつわる場所の活性化を目指します。
そんなアイデア溢れる、ハリ書房。店主を務めるのは東京都在住で新潟市出身のハリーさん。
ハリーさん
「とにかく自分が読者でいたいなと思うので、各地に本屋さんがなくなって欲しくないので、いろいろな所で本が買える状態になるにはどうしたらいいのだろうと考え続けています」
学生時代は1つの本をボロボロになるまで読むほどの本好き。普段から書店めぐりがライフワークだというハリーさん。
ハリーさん
「あちこち回っていて、いつかちょっと本屋さんしてみたいなと思った時にそういえば近所にあった本屋さん、ちょっと少なくなっちゃったなっていうのをなんとなく感じていて」
それもそのはず。
新潟県内ではこの10年間で100軒以上の書店が閉店。
大好きな街の本屋さんに対して危機感を感じたハリーさん。
ハリーさん
「自分が本屋さんになっちゃえば、新潟に戻ってきた時も本に困らずに過ごせるかなと思って」
こうして書店を立ち上げることにしたハリーさん。準備期間を経て、オンラインストアを開設後、実家の縁側を改造した3畳ほどのスペースで、「ハリ書房 新潟本店」を開店しました。新潟本店を任されているのはハリーさんの母・悦子さん。この静かな住宅街で書店を開くことに不安を感じていましたが。
母・悦子さん
「『今度行こう』みたいな感じで誘い合わせて来てくださったりとか、『孫が生まれたから』と言って、何冊もまとめて買ってくださるというか、そんな感じで近所の人に応援してもらっています」
最寄りの書店まで距離があることもあり、地域の人からはあたたかい反応が。
母・悦子さん
「いろいろな方が本を介して集まれるというのはすごくいいかな」
地域に新たな交流が生まれる場となった「ハリ書房 新潟本店」。
次にハリーさんが取り組んだのは、書店のない地域に本を届ける移動書店。実はハリーさん、15年もの間、子どもの支援にまつわる NPOに参画。移動書店には特別な思いがありました。
ハリーさん
「行動範囲が決められている小中学生の方が近くに本屋さんがないと、触って選ぶというか、実際のこの絵本ってどうなんだろうとか、手に取って開いて、大きさとか重さとかそういうのを体験して選んで欲しいなというのがあって、本屋さんのない地域に行っていますね」
そして、2021年秋、一番の目標としていた移動書店をスタートさせました。コロナ禍で人が少ない中、本を見に来てくれるお客さんもいた一方で。
ハリーさん
「お米のイベントだったのでお米の関連のイネとかお米っていうようなテーマの絵本をたくさん持っていたんですけど、意外にそっちは売れなかったってことだけは覚えていますかね」
「おはようございます、よろしくお願いします」
この日、神奈川県川崎市のイベントに出店するため直前準備をしていました。本に加え、出店に必要な備品をパズルのように車に積んでいきます。
ハリーさん
「天気に恵まれたので、大勢の方にご来店いただいて楽しんで本を見ていただけたらなと思ってい ます」
運転は主にハリーさんの奥さん千尋さんが担当。平日はお仕事をしつつ土日はハリーさんの活動をサポートしています。
妻の千尋さん
「細かいこと言うとやっぱり、休みを返上して来ているので、自分のやりたいこととかをできないときもありますけど、まあでも出たら出たで絶対経験にはなるので、出会いもあるし、できる限りやっていこうとは思います」
会場に着いたらまずは車の場所をセッティング。場所が決まったら看板や棚などの荷物を車から下ろして2人で黙々と設営。
約300冊の本を1時間ほどかけて並べます。この様々なジャンルの本はハリーさんや千尋さんが棚ごとにテーマを決めて選んでいます。
ハリーさんの地元・新潟にまつわる本も取り揃えられていました。
ハリーさん
「新潟を全く知らない人にゴリ押しすることはないですけれど、目立つところで置いてあって手に取ってくれたら嬉しいなっていうのはありますかね」
並べているうちからお客さんがぽつりぽつりと現れ、思い思いに本を手に取っていきます。
ハリーさん
「あんまりこう、こちらは何です何ですっていうのはそんなにはしてないですかね。ただ聞いていただけたら、それについてちょっと長くお話ししたりとか、のんびりお話したりってことがあるかと思いますね」
本との出会いをそっと見守るハリーさん。
数ある本の中に開店当初から置き続けている思い入れのある本があります。
このハリ書房の名前の由来にもなったオランダの作家「トーン・テレヘン」作「ハリネズミの願い」。
(「ハリネズミの願い」より)
『ハリーは目を開けてしばらく考えてから手紙を書き始めた。親愛なる動物たちへ、僕の家に遊びに来るよう、君たちみんなを招待します。でも誰も来なくても大丈夫です』
森に住む動物たちを家に招待したいけれど、行動を起こす前に悩んでしまう。そんな主人公のハリネズミに親近感を覚えたと言います。
ハリーさん
「お互いに(性格や考え方の)違いを理解するんですけれど、だからと言ってそれを受け止めるでも、仲間外れにするでもなく、『そういう人なんだ』と、『そういう動物なんだ』っていうことをお互いが理解して暮らしていくっていうところが好きですね」
ハリ書房のお隣で出店していたのは移動書店仲間の「Librairie B612」 さん。
児童文学の名作「星の王子さま」にまつわる古本や雑貨を取り扱っています。
星の王子さま専門の移動書店「Librairie B612」 都路 一海さん
「僕は、ハリーさんの覚悟がすごいなと思います。新刊は利益の幅が決まっているものになるので、『本を届けたい』という思いがあってやっているんだなってのはすごいなと思いますね」
古本は安価で仕入れることができ、利益が出るよう価格設定をして販売することが可能です。
一方、新刊の本は利益の配分がそれぞれ設定されています。
また、沢山の在庫を抱える移動書店の大きな問題は本の保管場所。しかし、ハリーさんはただ本を保管するだけではなく、有効活用する方法を考えました。
ハリーさん
「倉庫を借りて、移動書店を出動しないときは、その倉庫の中で販売できる空間をつくろうということで『バックヤード店』というお店を神保町で始めました」
ハリ書房は本の在庫を置く場所を兼ねた実店舗「バックヤード店」を、“本の街”神保町に2店舗展開しています。移動書店の出動がないときはバックヤード店を店舗として活用していましたが…。
ハリーさん
「不定期でしか開けられなかたり、一旦コロナが収まってみると、移動書店に出動する機会が増えたので、そのスペースを誰かに有効活用してもらえたらということで」
そこで2つのうち1つを、書店をやってみたい人のためのチャレンジショップにしました。
家賃を間借り分支払えば、その他に負担なくお試し期間内で本屋さんを始められます。現在はこの場所で「間借り書房 いりえ」さんが週5日ほど書店運営をしています。
「間借り書房いりえ」 りえさん
「店を始めるにあたって、いろいろな細かな備品ですとか、ここをこうしたらいいんじゃないですかっていうアイデアとかイベントの案とか、アドバイスもいただけていて、すごく小さな本屋なので、新刊の仕入れがなかなか難しいんですけど、ハリ書房さんが一緒に私の分まで仕入れのお助けとかもしてくださっているのでかなり助かっていますね」
バックヤード店はもう1つ。ジャズ喫茶を経営していたオーナーとハリーさんがタッグを組み、今年4月にイベントが開催できるブックカフェをオープン。気軽に入りやすいカフェや多くの人が訪れるイベントでお店の間口を広げ、本と触れ合ってもらうことが目的です。
本は購入すれば、落ち着きのある店内でコーヒーと一緒に楽しむこともできます。
ハリーさん
「確かに買うときは高いかもしれない、そういう風に感じる方もいるのですけど、本の内容自体は売っている値段以上の価値があると思いますし、『面白いのかな?』『わからない本だったらどうしよう』という不安もあるかもしれないんですけど、1回手に取っていただいて、分かるまで読み続けてもらったら、全然1000円とか2000円でも高くはない、そんな本に出会えるのかなと思いますね」
文庫1冊1000円時代に突入。
本は『ぜいたく品』とも言われる中、全ては値段以上に価値のある素敵な本と出会ってもらうため、ハリーさんはこれからもアイデアを現実に変えていきます。
2024年5月2日「夕方ワイド新潟一番」放送より