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戦争による兵士たちの〝深い心の傷〟 国による初の実態調査巡る動きを追う

2024年9月5日 17:21
戦争による兵士たちの〝深い心の傷〟 国による初の実態調査巡る動きを追う

YBCでは戦争の記憶や平和への思いを特集するシリーズ「戦争の語り部たち」を今年も放送しています。5日は6回目です。戦場での過酷な体験によって心を蝕まれた兵士たちー。帰還後の家族との時間までも奪った〝深い心の傷〟の実態について国による初めての調査を巡る動きを追いました。

先月25日、都内の一室に集まったのは太平洋戦争に出征した元日本兵の遺族たちです。

「これは父親の軍歴証明書。戦争中の言ってみれば父親の履歴。すさまじいところに行ってるんですよ」

神奈川県から訪れた市原和彦さん(73)。元兵士だった父は、子どもたちの前で母に暴力を振るいました。

市原和彦さん「戦争やるとね行って帰ってくるとやっぱりおかしくなるんだよ」「小さいときに母親をぶん殴ったり酒をぶっかけたりいろんな暴言すごかったですね」

父・徳太郎さんは、旧日本軍によって1943年に開通したタイとビルマを結ぶ泰緬鉄道の建設などに従事。この鉄道建設のなかで、栄養失調や病、日本軍による捕虜の虐待などにより夥しい数の死者が出たといわれています。

「うちの父親はタイに魂を置いてきたんじゃないかタイやビルマの奥地に・・・」

日本兵だった亡き父は、戦地での過酷な体験から、PTSD・心的外傷後ストレス障害を患っていたのではないかー。そう考える遺族たちが集まり、それぞれの記憶を語り合う交流会ー。

主催したのは、鶴岡市出身の黒井秋夫さん(76)です。

黒井さんの父・慶次郎さんは、中国の戦地からの帰還後、定職に就かず家に引きこもりました。家族に対しても心を閉ざしていた生前の慶次郎さんの姿がホームビデオに残されています。

「ピースしてくれよ 早く!」

戦地から帰った後の父の姿は、PTSDの症状によるものだったのではないかー。そう考えた黒井さんは遺族同士の交流会、さらには100人を超える規模の〝証言集会〟を開いてきました。

黒井秋夫さん「抜け殻のような形になって、孫に反応もできないような人生を終えたPTSDの兵士の76歳の姿。どうしてこうなったんだ、誰の責任なんだ」

黒井さんたちの活動がきっかけとなり、国会で日本兵のPTSDの問題が取り上げられたのは去年3月のことです。実態調査を求める質疑に対し、当時の加藤勝信・厚生労働大臣が答弁しました。

加藤勝信・厚労相(当時)「元兵士やその家族の体験研究の成果などを調査し、しょうけい館の運営有識者会議での議論を行っていくなかで考えていきたい」

この答弁から1年後ー。

国が初の実態調査に乗り出すことが決定しました。厚生労働省が2006年に開設した戦傷病者資料館「しょうけい館」の学芸員が、心に傷を負った兵士の資料や研究成果を来年3月までに収集し資料館の新たな展示に取り組みます。

会議の2日後、黒井さんら遺族は、厚生労働省の担当者と面会しました。

黒井秋夫さん「我々から事情を聞けばそれはPTSDだとわかると思いますので、ぜひその実態調査から始めてもらいたい」

しかし…。

国の実態調査の対象を巡って、ある事実が明らかになりました。調査の対象となる元兵士について、厚生労働省では「現存する戦時中のカルテなどの客観的な根拠に基づき、戦傷病者として国から認定された人が前提」としています。一方、戦後に亡くなった元兵士が実はPTSDを患っていたのではないかと遺族が気付いたケースについては、今回の調査の対象外となっています。

黒井さんの父・慶次郎さんのように、精神疾患などでの入院や治療の記録がないまま亡くなった元兵士は、調査から外されることになります。

黒井秋夫さん「調査を戦中の戦傷病者に限るということについては、私たちとしては『はい、そうですか』とは認められません。暴力を振るった兵士がいてこれだけ苦しんだ家族がいた。その実態をこそ戦後の問題としてきちんと向き合って処理をすることが国の最終的な戦争に対する責任の取り方だ」

実態調査の対象を巡り、武見敬三厚生労働大臣は先月27日の記者会見でこう述べています。

武見敬三・厚労相「対象につきましては、基本的には戦傷病者として認定された方を考えているが、専門家のご意見なども踏まえてどのような資料の収集や展示の方法が適切か、今後検討していきたい」
記者「(戦傷病者に認定されていない元兵士の調査は)議論の検討には入る?」
大臣「検討をする」

母に暴力を振るう父の姿を間近で見ていた市原さんは、軍歴証明書を手にして父への思いが変わってきたと語ります。

市原和彦さん「50年前に父親が亡くなったんですけどね、本当にざまあみろと『俺には関係ない』『めんどくせえこんな葬式』とか全然涙ひとつ流さない膵臓癌で亡くなったんですけどね。これ(軍歴証明書)をもらったとき遺骨代わりみたいにじっと見てましたよ」「そのまま憎んで死んでいくよりも父親と仲良く和解してそうやって死んでいきましょうよ」

黒井秋夫さん「市原さんのその話を聞いてたら涙出てきたよ」

実態調査は今後、かつての陸軍病院や海軍病院を前身とする医療機関に対し当時のカルテなど資料の照会を求めながら進められる見通しです。

黒井さんが代表を務める遺族の団体は今月8日、3度目の証言集会を東京都内で開催します。