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【コラム】落語家と記者“のたくり”珍道中

2015年5月21日 20:47
【コラム】落語家と記者“のたくり”珍道中

 毎日新聞に連載されている頃から楽しみにしていたそれが、1冊にまとまった。書店に並び始めた「春風亭一之輔落語のたくり帖」(自由国民社)。連載記事から20本をチョイスし、季節ごとに編集したという。

 よく「ミミズがのたくったような字だ」というように使われる「のたくる」が、「のたくり帖」という言葉になり、タイトルに組み入れられた。これ、結構、新鮮である。
 連載時は「ぶらっと落語歩き」だった。読み進めるうちに、「のたくっている」様子が手に取るように分かり、膝を打ちたくなる。
 人気落語家の春風亭一之輔と、同学芸部の濱田元子記者が、落語の舞台になったところどころを散歩するという趣旨の記事で、東京が江戸だった頃の面影、江戸が東京になって間もない頃の東京の面影がどこかに隠れているんじゃないか、という興味津々の視線を持ちながら、のたくっている。
 何かを発見しようとか、これまでの常識をくつがえそうとか、そういった志はまったくなく、ただただのたくる。
 
 一之輔の動きを、新聞記者がリポートするスタイルで、本文は進む。2人の珍道中が透けて見える。
 江戸前の落語と同じくらい文章のテンポはよく、間にも引かれる。おまけに歴史的背景、落語の出典などもきちんと記されていて、何かとためになる。

 落語と散歩、という切り口は、別段新しいものではなく、これまでもその手の書籍がいくつか出版されているが、今作は落語家を旅人に仕立て、その隣にマイク片手の記者(実際そうかどうかは分からないが)が芸能リポーター風に寄り添っているところが、実はあるようでなかった新味なのだ。

 暑い日の道中ではビールを飲みたくなるが、そこはやはり業務上忍耐したり、案外一之輔が落語の舞台に足を運んでいないのだな、と分かったりして、読みながらニタニタしてしまう箇所が随所にちりばめられている。
 ページの下には「うんちく」が張りめぐらされ、いちいちためになる。それぞれの旅の後に、「一之輔のひとりごと」が書きおろしで挿入され、そこには芸人の本音が吐露されている。本文とは違った色合いで、いい味わいだ。

 落語の世界に描かれている世界は遠い昔のようでありながらも、目を凝らせば現代のそこかしこに面影として残されている。江戸から明治になってから、約150年。すべてが変わってしまっているようで、実はそうではないことに、この本は気づかせてくれる。しかもノスタルジーとしてではなく現在進行形として。

 肩ひじ張らない散歩の先に、薄皮をはがすように土地の記憶がふっと浮かんでくる。
 そして読者は、古地図を見つつ、ぐるぐる旅しているしじゅう2人の落語家と記者の姿を思い浮かべながら、行間を旅することで、2人を冷やかしたりやじったりするもうひとりの旅人になれる。(Q)

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