俳優・小野寺昭「松田優作さんを乗せた」 52年間でマイカー20台 ドラマ共演者との愛車の思い出明かす
小野寺さんは1969年、テレビドラマ『パンとあこがれ』で俳優デビュー。そして1972年に放送をスタートしたドラマ『太陽にほえろ!』では、刑事の“殿下”役に起用され、優しさあふれる二枚目を演じ女性ファンを魅了、ブレイクしました。
小野寺さんは、自動車免許を取得する”きっかけ”について、「テレビに出られるようになったら、車を運転するシーンや役があると思って、自動車の免許を取り25歳の時にテレビドラマでデビューした」と明かしました。
また小野寺さんは、「とにかく運転が好きで、若い頃は暇さえあれば車に乗っていました。ドラマのカーアクションで、相手がちゃんとしたプロで言われた通りにやれば、結構アクションしているように見える。ロケの現場に空き地があると、ドリフトや、Uターンの練習をしていた」と仕事でも運転を楽しんだそうです。
■小野寺昭さん、本当に欲しかったのは『ブルーバード』
小野寺さんの初の愛車、1966年に登場した日産自動車の『ダットサン サニー』は、日本に本格的なマイカー時代をもたらした車として知られています。車内は、ファミリー層を意識した4人乗りの居住性を確保。最高馬力56馬力、排気量988ccのエンジンの軽快な走りが人気を集め、『サニー』の名前は日産の大衆車の代名詞となりました。
愛車の購入理由について、小野寺さんは「東京・世田谷区にある撮影所に通勤するのに、電車だと何回か乗り換えがあって時間がかかるけど、車だと道が混んでいなければ30分もかからない。27歳のときに、新車はまだ買えなかったので、中古車を買いました」と通勤用に購入したことを明かしました。
小野寺さんは、『サニー』を選んだ理由について「予算内で買える車で、一応4人が乗れる。実は『ダットサン ブルーバード』が欲しかったけど、『サニー』より少し高かったと思う。ドラマは2年目で、“ジーパン”刑事役の松田優作さんが登場した時には乗っていなかったから、1年半くらいは乗っていたかな」と記憶をたどりました。
約50年ぶりに『サニー』のハンドルを握った小野寺さんは、「(当時の車は)シートベルトが無かったんだね。引っ張るタイプのサイドブレーキが、懐かしい! マニュアル車を運転するのは何年ぶりかな…クラッチできるかな?」と懐かしみつつも、不安げな顔を見せました。そして、いざ出発しようとすると、車は前方にガクンと揺れてエンジンストップ。小野寺さんは、「やっぱりね、久しぶりだもんな。もうちょっとアクセルを踏み込めばいいんだね」と再確認すると、車はスムーズに動き出しました。
『サニー』の乗り心地について、小野寺さんは「(走りが)思ったより軽い、静か! この車がヒットするとは思わなかったから、(自分に)“先見の明”があったのかな」と笑顔を見せました。
■小野寺昭さんが明かす 石原裕次郎さんの素顔
小野寺さんは、俳優を目指すきっかけについて「北海道・帯広出身で、アマチュアの劇団を主宰し、こどもの日などに児童劇を上演していました。当時は石原裕次郎さんに憧れて、映像の世界にも興味があって上京したけど、どこの劇団にも合格できなかったんです。だけど、父親の知り合いの東京の児童劇団で人形劇や、ぬいぐるみの芝居でテレビに出た時に、『どの人形がいま映っているのか』などモニターでチェックしながら、独学で映像の“カット割り”を学びました。だから、自分がテレビに出られるようになった時は、“カット割り”をマスターしていたので、画面サイズに合わせた演技がすぐにできました」と下積み時代の学びが、実を結んだことを明かしました。
小野寺さんは、1972年に放送を開始したドラマ『太陽にほえろ!』で、初回から414話まで通称“殿下”と呼ばれる刑事役として出演。俳優デビュー3年目の小野寺さんは、「台本をもらったら、“石原裕次郎”と書いてあったんですよ。『あの石原さんと共演できるんだ~!』と、すごくうれしかったけど緊張して、撮影所で石原さんとプライベートの話はできませんでした」と、大スターを前にして消極的だったことを明かしました。
ところが、小野寺さんはドラマの出演をきっかけにトーク番組にも出演。小野寺さんは、「番組で“石原さんは、中学生の頃からの憧れで大ファン”という話をしました。番組放送後の撮影で石原さんに『おい、殿下来い!』と声をかけられたので、『俺、なんか悪いことをしたかな?』と思ったけど、石原さんは『お前、子供の頃から俺の大ファンだったんだって? 番組を見た妻が言ってたよ』と、それから少しずつ声をかけてもらえるようになった」と振り返りました。
さらに石原さんとの、プライベートでの交流について「正月休みに僕と、テキサス(勝野洋さん)、ボン(宮内淳さん)で、ハワイ州・ワイキキにあるタワーマンション最上階の石原さんの部屋に招待されたり、大きなヨットでワイキキを一周しました」と、石原さんから受けた“おもてなし”を明かしました。
しかし、小野寺さんは「石原さんと8年間ご一緒しましたが、普段は普通の人で派手ではないんです。すごくおおらかで、怒るのを見たことがなかった」と石原さんの素顔を明かしました。
■小野寺昭さん「松田優作さんが、高速道路に降りようと…」
小野寺さんは、29歳・32歳の時に2度続けて『いすゞ 117クーペ』を購入。イタリアのカーデザイナーの巨匠・ジウジアーロがデザインしたこの車は、1966年に開催したジュネーブモーターショーで、優雅さを競う『コンクール・デレガンス』で優勝するなど数々の賞を受賞しました。
『117クーペ』を選んだ理由について、小野寺さんは「デザインが気に入って、車検前に同じ車に乗り換えた。『“殿下“が外国車を買った!』と、ドラマスタッフらが言うくらい、皆がデザインを珍しがっていた」と振り返りました。
そして小野寺さんは、『117クーペ』の思い出について「当時、松田優作さんは車を持っていなくて、撮影現場までこの車に乗せたことがあった。高速道路に合流する道路で、強引に割り込んでくるトラックがいて、僕の顔を見たトラック運転手が『なんか文句あるんですか? 小野寺さん』と言ってきたんです。すると、助手席の優作さんが『なんだこの野郎!』と怒鳴って、高速道路に降りようとするから僕が止めました。それが、この車の一番の思い出。あの時の優作さんは怖かった」と愛車にまつわる共演者との思い出を明かしました。
■藤岡琢也さんが勧めた愛車
ドラマ『太陽にほえろ!』を卒業した小野寺さんは36歳の時に、『BMW 633CSi』を購入。さらに同時期にセカンドカーとして、『ルノー 5(サンク)アルピーヌ』も愛車にしました。
『ルノー 5(サンク)アルピーヌ』は、5段変速ギアを搭載。さらに低い車高と、足回りの強化によって、走りを楽しむ車となりました。
車を前にして小野寺さんは、「これ一番、会いたかった車ですよ。懐かしいな~」と目を潤ませながらコメント。愛車として選んだ理由について、「セカンドカーという意味より、俳優の藤岡琢也さんが乗っていて『この車いいよ』と言われて買ったんですよ」と回顧。
そして、小野寺さんは車の乗り心地について「左ハンドルに乗るのも久しぶりだな。エンジン音がスポーツカーっぽくて、ハンドルはやっぱり重いね。BMWは仕事の時、ルノーはプライベートで乗っていました」と、かつての愛車の使い方を明かしました。
■小野寺昭さん、“ゴミ捨て用”の愛車
小野寺さんが、現在所有する愛車『メルセデス・ベンツ Aクラス』。2018年に発売したこの車は、サイズやプロポーションを最適化したスポーツコンパクトモデルです。車内には、スマートフォンのように素早く操作できるタッチスクリーンや、車の機能操作をすべて手元のハンドルに集約したマルチファンクションステアリングなど先進技術が注ぎ込まれています。
前まで、セダンタイプの『ベンツ CLAクラス』に乗っていたという小野寺さん。『ベンツ Aクラス』に乗り換えた理由について、「高齢になったので“断捨離”を始めたんです。セダンだと後ろにあまり荷物が入らなくて、この車はハッチバックなので後部座席を倒すと結構広くなる。ゴミ捨て用の車です」と明かすと、続けて「昔のマニュアル車のような技術を使わずに運転できる。少し寂しいけれど、もう年だから、これで十分です」と切なさをにじませました。
■小野寺昭さん「車は大人の高価なおもちゃ」
(1月7日放送のBS日テレ『おぎやはぎの愛車遍歴』を再構成)