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マンガ大賞『君と宇宙を歩くために』作者取材 “普通”ができない2人の友情物語 「実体験をベースに」  

2024年4月3日 22:15
マンガ大賞『君と宇宙を歩くために』作者取材 “普通”ができない2人の友情物語 「実体験をベースに」  
泥ノ田犬彦さん
書店員を中心とした各界のマンガ好きが“今、いちばん友達に薦めたいマンガ”を選ぶ『マンガ大賞2024 』。そこで大賞に輝いた『君と宇宙を歩くために』(講談社)の泥ノ田犬彦さんにインタビュー。マンガ大賞を獲得した喜びや、作品制作のきっかけについてお話を聞きました。

作品は、勉強もバイトも続かないヤンキーの小林と、日常のルールをノートに書かないと生活を送れない宇野との友情物語。“普通”ができない正反対の2人が、それぞれ壁にぶつかりながらも楽しく生きるために奮闘する姿が描かれています。

選考員からは、「人よりもできないことを認めるのって、何歳になっても難しい。そんな過程をじっくり、ひとつひとつ、丁寧に教えてくれる優しい漫画」「少しずつふたりの世界が重なっていく様子が読む人の記憶や考え方に重なったとき、優しく手を引いてもらっているときのような、あたたかな感情を与えてくれる」などの評価を受け、発売から半年たらず、まだ1冊しか出版されていない中で、大賞に輝きました。

■制作のきっかけは“日常を歩み続ける漫画があったら自分でも読んでみたい”

――『君と宇宙を歩くために』が大賞に輝いた気持ちを聞かせてください。

自分が描いたものが、多くの方に読んでいただけるうえで、賞までいただけるというふうには、自分が描き始めた時には一切想像したことがなかったので、まだちょっとどういうふうに捉えていいのかなという、現実味のない感じがあります。私がしたことは漫画を描いたことだけなので、支えてくださった読者の方、一緒に作ってくださった編集部の方、いろいろな方のおかげでとれた賞だなとうれしく思っています。

――本作のようなストーリーの漫画を描こうと思われたきっかけを教えてください。

主人公の宇野くんのようなキャラクターの子が、すごく大きなことを成し遂げるわけじゃないし、ものすごく劇的に解決したりとかがあったりするわけではないけど、日常を歩み続けるという漫画があったら、自分でも読んでみたいなって思ったことがきっかけの一つです。あとは、そのもう一人の主人公の小林くんが、第1話で感じたような感情をアウトプットしておきたいというか、マンガという形に落としておきたいなって、自分自身で感じたことがあったので、それを合わせてひとつの作品にしました。

■ネガティブになってしまった時の気持ちや実体験が作品のベースに

――宇野くんが苦手なことに直面した時にどうすればいいのか分からなくなってしまう様子を、「宇宙に浮いているみたい」と例えた表現が印象的でした。こうした表現はどのように生まれたのでしょうか?

自分がそんなに要領がいい方ではないので、昔から失敗してしまった時とかそういう時にネガティブな気持ちになった時に、寄る辺ないというか、どこにつかまっていいのか分からないような気持ちになっていたなっていうのを感じていたので、それを表現するのに一番感覚というか言葉でぴったり合うのが、宇宙に放り出されてるような感覚なのかなというふうに思って、自分の実体験をベースに描きました。

――漫画制作の時には、自分の心情や体験したことを反映されることが多いですか?

そうですね。基本的には、自分が体験したことや見たもの、聞いたものをベースに作っています。

――作品の時代設定は「平成」ということですが、その理由を教えてください。

私自身、学生時代を平成で過ごしたので、今の子たちと当時(平成)の学生って普遍的な同じ悩みとか、いいところ、悪いことは共通してるとは思うんですけど、SNSがそこまで発達してなかったっていう部分もあって、(今は)多分また違った悩みがメインになってくるのかなと思ったので、そこを自分が描けるかっていうと、丁寧に描写するのが難しいかなと思って。だったら自分が体験した学生の頃の感覚とか気持ちとか、“当時こういうことで悩んでたな”っていう部分を描けたらいいなと思って、平成を時代に設定しました。

■気をつけていることは「出てくる登場人物をキャラクターにし過ぎない」

――制作で苦労しているところはどのような部分ですか?

全話苦戦してます。“本当にこの表現でいいのかな”っていうのを、ずっと毎話毎話悩みながら、それこそ今は多くの方に読んでいただいていますけど、(連載開始)当時は受け止めてもらえるかどうかも分からなかったので、1話、2話、3話あたりはすごく悩みながら、苦労しながら、描いてた記憶があります。もし締め切りがなかったら、多分1話も世に出せていないかなっていうふうに感じる部分もあるので、毎話毎話表現や言葉の使い方、主人公たちの感情、感覚っていうのは、難しいなと思いながら描いています。

――作品のこだわりや意識しているところはどのようなところでしょうか?

気をつけてる部分は、主人公だけじゃないんですけど、出てくる登場人物をキャラクターにし過ぎないようにしようっていう。私と担当編集さんとベースを作る時に、いつも表現や言葉を選ぶ時に気をつけている点です。それぞれ行動原理とか設定みたいなのは決めてあるんですけど、それになぞらえすぎてしまうと、どうしても“キャラクター”になってしまうので、どこか身近にいるような存在だと思ってもらえるように、より現実っぽいところも入れつつ、二次元の漫画のキャラクターとして見てもらえる部分も入れつつで、ちょうど半々ぐらいになるように描けたらいいなと思っております。

――1巻のあとがきに「ペン入れの時に聴く音楽たち」をあげていると思いますが、音楽が好きなんですか?

ライブに行ったりするほうではないので、人並みだと思うんですけど。感情って揮発しやすいものだと思っていて、感情とか「この話面白いかも」みたいなシーンが浮かんだ時、メモとかしておかないと、次の次の日とかには忘れちゃうんですけど、自分の中で「この歌詞のここのセリフすごいこの子の感情とぴったりかも」っていう楽曲を見つけておくと、1年、2年たってもそのまま残ってる、受け取れる時があるので。イメージソングじゃないですけど、そういうものを見つけておくと、ネームとか「この後どう進めようかな、この子はどうやって動くのかな」っていうのを迷った時に、最初に決めておいた曲を聴くと「この子はこういう感情になるよね」っていうのを、また思い出せるような気がして、それでペン入れする前にいつも聴いてます。

■漫画を描き始めたきっかけは…美術の先生が見せてくれた作品

――漫画家になろうと思われたきっかけを教えてください。

中学の時に美術の先生が学校に漫画を持ってきていて。「学校に先生が漫画を持ってくるなんて」と私は思ってたんですけど、先生が見せてくれたのが、五十嵐大介先生の『海獣の子供』で、先生が「私は五十嵐大介の漫画を読むために生きてるんだ」って言ってて。その時に借りた話がものすごく面白くて。大学生になった時、雑貨店に五十嵐大介先生の話がたくさんあったので「これ全部買っていいんだ!」って思って、自分で手に入れて読み始めた時に「自分でも漫画描いてみたいかも」っていうふうに思って、大学生の時にまとまった、オチがきちんとある漫画を描いた記憶があります。

――憧れる漫画家さんはいますか?

影響をたくさん受けたのは五十嵐大介先生とルネッサンス吉田先生、伊図透先生、中村明日美子先生です。その方々の作品は、自分が大学生ぐらいの時に読んで、漫画を描きたいなって思った時に、いつも隣に置きながら描いていました。

――ペンネームに「犬」の漢字が入っていて、さらに仮面も犬ということですが、犬がお好きなんですか?

犬がかわいいなと思って(笑) 元々そんなに犬が好きじゃなくて、小型犬とかすごく怖かったんです。でも知り合い、自分以外の人からすごく犬が好きっていう話をずっと聞いてて、それを聞いてるうちにだんだん「犬ってかわいいかも」って自分の中で思った時期があって。人の意見とか人の「犬かわいい!」っていうのをずっと聞いてることで、自分の感覚がだんだん変わることってあるんだなって思った経験があって、そこから本当に「ワンちゃんってかわいいな」と思うようになりました。自分が元々持ってた偏見じゃないですけど、そういうのも込めて犬っていう文字使おうかなと思ってこの名前になりました(笑)

――この作品を通して、読者のみなさんにどんなことを感じてほしいですか?

主人公の宇野くんと小林くんが今後も日常を歩いていくんですけど、ものすごく大きなイベントがあったりとか、大きな出来事があったりするわけではないんですけど、日常をただ歩く中にもそれぞれつまずくところがあったり、人から見たらすごい小さいことでも、ものすごくうれしいことがあったりすると思うので、今後もあくまで等身大に、そのキャラクターの子たちが感じた大きさで描いていけたらいいなと思っているので、それをそのまま読者の方に受け取っていただけたらいいなっていうふうに思っております。