「葬送のフリーレン」翻訳者が明かす マンガ翻訳の難しさ 日本語特有の「タメ口」「めそめそ」どう訳す?
作品のおもしろさを忠実に伝えるために、どのように工夫しているのか。人気マンガ『葬送のフリーレン』英語版の翻訳に携わる、アメリカVIZ Media社・編集担当のマイク・モンテサさん(カリフォルニア在住)と英語翻訳担当のミサさん(オランダ在住)に取材しました。
『週刊少年サンデー』(小学館)で連載されている『葬送のフリーレン』。2021年に、書店員を中心とした各界のマンガ好きが“今一番薦めたいマンガ”を選ぶ『マンガ大賞』に輝きました。
物語は、勇者一行によって魔王が倒された、“その後”の世界を舞台にした後日譚ファンタジー。勇者と共に魔王を打倒した1000年以上生きる魔法使い・フリーレンと、彼女が新たに出会う人々の旅路が描かれます。
日本語以外に、15の言語で翻訳されているこの作品(一部、契約済み・未刊行のもの含む)。英語版は『Frieren :Beyond Journey’s End』というタイトルがつけられています。
――『葬送のフリーレン』の英語版タイトルはどのように決められたのですか?
マイクさん:直訳したら「Frieren of the funeral」です。でも、それはちょっとなにかが違うと思って。この作品のストーリーテーマは大冒険の後の話ですから。こういうRPGの話はいっぱいあるんですけど、そういう話はいつも英雄たちが冒険している時の話で、これは(勇者との冒険を終えた後の)フリーレンの話です。大冒険の後が終わった後に何をしているのか。だから「Beyond Journey’s End(旅の終わりの先)」と訳しました。
ミサさん:マイクが言った「Frieren of the funeral」は“お葬式のフリーレン”というような、かっこ悪い名前になっちゃうんです。一方で作品に登場する魔族たちがフリーレンのことを『葬送のフリーレン』と言う時は「slayer」、“人を殺めるもの”みたいな訳に変えました。
■英語には「タメ口というコンセプト」がない 翻訳者の苦労
――本編の日本語独特の表現やセリフはどのように訳していますか?例えば、酒好きの僧侶ハイターに対してフリーレンが言う「生臭坊主」などは?
【例①:フリーレンが勇者一行の僧侶・ハイターに対して「生臭坊主」と言うセリフ】
ミサさん:「生臭坊主」は「corrupt priest」と訳しました。「corrupt」は“堕落した”という意味で、「priest」は“僧侶、神父さん”とかについても使われる言葉です。「corrupt priest」は俗気のある僧侶に対して使われる言葉です。日本語で生臭坊主は魚や肉を食べてしまうから、生臭くて生臭坊主と言われる訳ですよね。でも英語では“生臭い神父さん”という言葉はあんまりないので、“俗気のある僧侶”という言い方に変えました。
【例②:大魔法使いでフリーレンの師匠・フランメが「違ぇよ」と言うセリフ】
ミサさん:日本人なら「違ぇよ」っていう言い方はちょっと乱暴だなと分かりますよね。普通にキャラクターが「違うよ」と言うんだったら「No」などで十分だと思うんですが、フランメの少し荒々しい口調を表現するために訳は「hell no」にしました。「No」だけと比べると乱暴な表現ですが、フランメにはぴったりだと思います。
――翻訳が難しかったシーンやセリフはありますか?
ミサさん:2巻13話で、(フリーレンとともに旅をする)フェルンがシュタルクに対して急に呼び捨てして、タメ口になるシーンがあるんです。
ミサさん:そもそも英語で「さん付けをやめて」とか「タメ口でいいよ」といった表現はあまりありません。会社でも先輩や部長を名前で呼ぶことがほとんどですね。部長の名前が田中太郎だったら太郎を呼び捨てにする感覚です。日本人だと「太郎って呼んでいいのかな」って思いますよね。
このシーンでシュタルクがフェルンに「タメ口?」と答える文は、「she’s suddenly so rude?!」と意訳しました。直訳では“急に失礼な態度?!”という文です。タメ口という言葉自体は英語に訳すのが難しいですね。
――直接的な意味がないものは、似たような言葉で構成して訳すという感じなのでしょうか。
ミサさん:そうですね。できるだけ文の意味が変わらないようにはするんですが、タメ口というコンセプトがまずないので、そこはちょっと変えなければいけないですね。
マイクさん:英語で直訳できるんだけど、そうしたら変です。英語を話している読者がそれを見て「なんかそれは…」と思う。
ミサさん:タメ口のタメは“同い年”という意味じゃないですか。「私たちが同い年であるかのように話してもいい?」みたいなよく分からない下手な洋画の字幕みたいに聞こえてしまうんです。直訳しすぎるとキャラクターの性格自体も変わってしまうと思うんですね。
■「めそめそ」「シーン」どう訳す?マンガ特有の苦労はオノマトペ
マンガだけではなく、書籍、映画、音楽など、翻訳が必要となるジャンルは多く存在します。しかし、それらにはみられない、マンガ翻訳の特徴は、擬音語や擬態語などのオノマトペが多いことだといいます。
――ほかのジャンルにはない、マンガ特有の翻訳の仕方や特徴はどういったところだと思いますか?
ミサさん:オノマトペとかは独特ですよね。
――オノマトペがたくさん入っていると必ずすべて訳しますか?
マイクさん:そうですね、すべて。大変ですけど(笑)
ミサさん:例えば『めそめそ』ですね。フリーレンと共に旅をしているシュタルクが結構めそめそ泣くシーンが多いと思うんですけど、「sob sob」(sob:すすり泣く) と訳しました。
マイクさん:英語より日本語のほうがオノマトペは多いです。アメコミ(アメリカン・コミックス)を見たら、「BAN」とか「BOOM」(などの爆発音)、それしかないですね。あと難しいのは、日本語のマンガによくある「シーン」(静寂を表す言葉)。でも英語でそういう言葉はないので、「シーン」が出たらよく普通の言葉で「silence」を使います。
■大切なのは「意味を変えない」「読者にそのまま伝わること」
作品のテーマやキャラクターたちの性格、話し方などが変わってしまわないよう、意識しながら翻訳をしているというマイクさんとミサさん。改めて翻訳をする上で大切にしていることを聞いてみました。
――翻訳をする上で大切にしていることはなんですか?
マイクさん:マンガ家のアイデアを読者に伝えるということをしたいから、意味をあまり変えたくないです。日本語から英語に訳す時に(意味が)変わっちゃうんですよ。だからそれは大変。でもできるだけセリフや作者の気持ちを考えて、変えないようにそのままにしています。
ミサさん:忠実にすること。翻訳者がよくするミスは、“自分の作品に書きかえてしまうこと”ですね。翻訳者の仕事は、あくまでも作者の声が、読者にそのまま伝わるようにすることだと思うので、翻訳していて「私がこうしたいからこう書く」ということはダメだと思いますね。
――翻訳の仕事をする中でやりがいを感じる瞬間はどんな時ですか?
マイクさん:僕の場合はファンたちと話しているときにやりがいがあります。例えばコミコン(サンディエゴで開催されるアニメやマンガファンが集まるイベント)で、VIZ Mediaのファンが集まって話しをするときに、その人たちの感動を感じるから、それがやりがいですね。「僕がこの人を喜ばせた」という、それが楽しいです。
ミサさん:私はフリーレンの大ファンになったので、自分の好きな作品が私の仕事を通してより多くの人に読んでもらえることがうれしくてたまりません。私自身、オタク気質の人間なので、お気に入りのマンガが人気になってアニメ化になったり、グッズ販売されたりすると、本当にワクワクするのでもっとマンガ売れてほしいっていう気持ちですね。その時にやりがい感じます。
――マンガ翻訳の仕事を目指す方もいらっしゃると思いますが、翻訳をする上で大事にした方がいい、これは必要だと思うことは何だと思われますか?
ミサさん:日本語、英語どちらでも情報収集をすることが必要だと思います。英語のメディアも、日本語のメディアもしっかりチェックして、ニュースを見たり、新聞を読んだり。例えば英語でニュースを見たりすると、文化の違いとかも見えてくるんですね。「日本のニュースだったらこういう言い方はしないな」とか。日本に存在しない文化を「どうやって日本語で訳すか、表現するか」など日々考えながら過ごすといいと思います。あとは英語圏といっても国によってオーストラリア、イギリス、アメリカ、カナダ、たくさん英語圏の国があるじゃないですか。その国によっても、その国の人種、宗教によっても人の話し方が変わってくるんですね。言葉や単語を覚えるだけではなくて、他の文化を学ぶことも大切だと思います。