【解説】30年以上続く? 処理水海洋放出~増え続けるそのコスト~
「たとえ今後数十年の長期にわたろうともアルプス処理水の処分が完了するまで、政府として責任を持って取り組んでまいります」
8月22日、福島第一原発の処理水の海洋放出を決定する関係閣僚会議で、岸田文雄首相はこう宣言した。
当初7年程度とされた処理水の海洋放出の期間は、原発廃炉が完了しない限り続く可能性がある。処理水放出に関する疑問に、福島第一原発事故発災当初から取材してきた岩田明彦記者が解説する。
Q 政府はなぜ、福島第一原発の処理水を海洋放出することに決めたのか?
A 福島第一原発にたまるALPS処理水は134万トン(2023年8月3日現在)。 敷地内にところ狭しと並ぶ巨大な貯蔵タンクの数は1000基を超え、さながらタンクの森となっている。
政府と東京電力は今後本格化する廃炉作業に向け、敷地内に新たな施設を建設する場所などが必要だとし、そのため、貯蔵タンクを減らす必要があると説明している。
Q 「処理水」とはどのような水なのか? 政府は処理水は「安全」と判断したのか? 根拠はなにか?
A 2011年に起きた原発事故で溶け落ちた燃料(核燃料デブリ)は、現在も原子炉格納容器から取り出すことができず、そのままにしておけば熱を発するため、水で冷やし続けている。核燃料デブリに触れた水は多量の放射性物質を含んだ汚染水となるが、これに、破損した開口部などから流れ込んだ地下水が混ざるため、日々汚染水の量が増え続ける問題が続いている。
東京電力によると22年度の1日当たりの発生量は約90トン。汚染水は多核種除去設備<ALPS(アルプス)>に送られ浄化され、セシウムやストロンチウムなど64種類ある放射性物質の大半は除去される。これが「処理水」だ。しかし水分子の一部となって存在するトリチウムはALPSでも除去できず、「処理水」に残る。ただ、トリチウムは自然界にも存在する放射性物質であり、世界各国の原発からそれぞれの安全基準内で放出されている。
Q 海への放出はどのように決まったのか?
A 2020年、有識者らによる政府の小委員会では、処理水の処分方法について報告書をまとめ、「海洋放出」のほか、「水蒸気放出」、「水素放出」、「地層注入」、「地下埋設」の5つの選択肢が示された。
この中から「海洋放出」がこれまで世界各国で実施されてきた実績などから「確実に実施できる」選択肢として提案され、その後、政府の関係閣僚会議で決定された経緯がある。さらに2023年7月、IAEA=国際原子力機関が、処理水の放出計画について「国際的な安全基準に合致している」と評価した。
Q 今後の海洋放出のペースや期間は?
A 東京電力は、処理水を約30年程度にわたり断続的に海に放出する計画を示している。
タンクに貯蔵されているトリチウム総量は約780兆ベクレル(2021年4月現在)だが、福島第一原発で決められているトリチウムの年間放出基準の上限が22兆ベクレルであるため、年間22兆ベクレル放出すると、東京電力の試算では放出に要する期間は30年程度としている。
まず第一回目は気象・海象条件が整えば、24日から始まり、のべ17日間、7800トンの処理水を放出する。
Q これで、福島第一原発に増え続けていたタンクは、今後減少し、なくなるのか?
A 大きなトラブルがない限り減少していく見通しであるものの、現時点で最終的になくなってゼロになるかは不明だ。核燃料デブリの取り出しが完了しない限り、常に新たな汚染水が発生し、処理水も発生することになるからだ。核燃料デブリは約800トンあるとみられるが事故から12年経った現在、試験的に耳かき一杯分を取り出しただけだ。
Q 政府の風評被害対策は?
A 風評被害が起きないための対策として、政府は処理水の理解促進のためテレビCMや新聞広告、ネットコンテンツなどの広報活動のほか、企業の食堂などで福島県産品を提供することで販売促進を支援している。
一方で風評被害は必ず発生するものと考えて、値下がりした水産物の冷凍保管や販売拡大を支援することにし、そのための基金として300億円、漁業の継続支援などに500億円、合計800億円をすでに計上している。
西村経産大臣は8月22日の会見で、宮城県などで処理水の放出前にホタテなどの価格が下落した被害についても、支援する方向で調整していると話している。
Q 今後の課題は?
A 中国・香港はすでに日本産水産物の検査を強化し、価格や輸出への影響が出ている。ただ複数の日本の食品輸出業者によると、水産物だけでなく、食品全般で通関に大幅な遅れが出ている実例があるという。なぜ放出もしないうちから通関での時間が長くなったのか? 中国・香港当局から詳しい説明はない。農林水産大臣は8月1日の記者会見で「理由は一切、中国も香港も言っていないので、日本として対応のしようがない状況です」と述べている。
ある日本の食品輸出関係者は「すでに風評被害が起きているのに、日本政府の対応は遅すぎる。真剣に考えているのか」と、呆れ気味に不満を口にしている。
2022年の農林水産物・食品の輸出総額は1兆4140億円。そのうち中国・香港への輸出総額の合計は約35%を占める。これに加え、韓国や台湾は、福島や近隣県からの輸入規制の一部を継続している。海洋放出が実際に始まれば、これらの国・地域への食品輸出全体に大きな影響が起きないか、漁業、食品関係者らは懸念している。
Q 海洋放出の本当のコストは?
A 先述した2020年に政府の有識者会合が示した5つの選択肢のうち、海洋放出が最もコストが安く、放出期間が短いとの見込みが示され、方針決定の理由に寄与した。しかし、当初案では約34億円とされた海洋放出のコストは、すでに風評被害対策や漁業支援などで800億円が計上され、「約7.5年」とされた放出期間も「30年程度」と大幅に延長されている。
政府の原子力政策の中枢を担ってきた人物はこう話す。
「廃炉が(政府・東電の宣言通り事故発生から)30年~40年で終わるとは誰も思っていない」
海洋放出の本当のコスト、期間は今後も上積みされる可能性がある。こうした状況を捉えれば、風評被害対策は漁業や食品関係者のためだけの支援ではない。日本が誇る食のブランドを維持し、豊かな食卓を失わないためにも、ひいては日本経済への影響を防ぐためにも、我々一人ひとりが、風評による被害をはねのけ、なくしていくために、できることをやっていく必要がある。