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何が変わる?「脱ガソリン車」宣言の意味

2020年12月5日 9:47
何が変わる?「脱ガソリン車」宣言の意味

政府は、2030年代半ばにガソリン車の国内での新車販売をやめる方針だ。新車販売の全てを「電動自動車」とし、菅政権が掲げる「2050年までに温室効果ガス排出を全体でゼロにする」という目標に向けて柱の1つとしたい考えだ。

■「電動自動車」とは?

経済産業省は、2030年代半ばに国内での新車販売の全てを「電動自動車」にする方向で自動車業界などと調整を進めている。「電動自動車」には、電気自動車に加えて、水素で走る燃料電池車やガソリンと電気の両方を使うハイブリッド車なども含まれる。

■追い込まれた?目標設定

海外ではすでに「脱ガソリン車」に向けた宣言が相次いでいる。イギリスは、2030年までにガソリン車の新車販売を、さらに2035年までにはハイブリッド車の新車販売も禁止する計画だ。

アメリカでも、人口最多のカリフォルニア州で、2035年までにガソリン車の新車販売を禁止するとしている。大統領選挙期間中もクリーンエネルギー政策を訴えてきたバイデン氏は、大統領に就任すれば「パリ協定」に復帰すると明言しており、今後、アメリカ国内でも脱ガソリン車の動きがさらに広がるとみられている。

環境問題に消極的なイメージのある中国も同様だ。2035年には新車販売を主に電気自動車とすることや、公共分野の自動車を全て電動化することを掲げている。

各国が相次いで期限を設けた目標を打ち出す中で、日本の目標設定はなんら突出したものではなく、政府関係者からは「追い込まれただけだ」という本音も聞こえる。

■「究極のエコカー」実力は?

「電動自動車」の中でも水素を使って走る燃料電池車は、走行時にCO2を含む排気を一切出さず、水のみを排出する。そのため「究極のエコカー」と呼ばれる。バスやタクシーなどに導入が進められているほか、自家用車向けにはトヨタが「MIRAI」、ホンダが「クラリティ」というモデルを展開している。

政府は、水素の利用拡大を温室効果ガス削減への重点項目と位置づけており、これまでにも、燃料電池車の普及を促す補助金制度などの施策を行ってきた。それにもかかわらず、販売は伸び悩んでいて、昨年3月末時点で自家用車として登録されている燃料電池車はおよそ3000台しかない。販売が伸びない理由の1つは、コストの高さだ。車体自体が高額なうえ、燃料である水素もガソリンに比べて高い。

国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構などは、より低いコストで水素を作る技術の確立をめざして、福島県の浪江町に大規模な水素製造施設「福島水素エネルギー研究フィールド」を建設し、今年2月末から運転を行っている。この施設は、広大な土地に設置された太陽光パネルから得られる電力で水素の製造を行っていることも特徴。一般的に、水素の製造には電気が使われるが、火力発電などCO2を多く出す方法で発電した電気を使ったのでは、結局のところ「排出がゼロ」とは言えない。「究極のエコカー」の呼び名にふさわしく、製造過程でもクリーンエネルギーを使うという取り組みだ。

ただ、こうした課題を解決してもなお、水素を自動車の燃料として普及させるためには、根本的な問題がある。製造場所で作った水素は、使う場所まで自動車などで運ぶ必要があり、供給の時点で新たなCO2を排出する可能性があること。また、水素は燃焼しやすい気体であるため、扱いが難しく、自動車に水素を充てんするための「水素ステーション」を市街地には作れないことだ。

その結果、ガソリンスタンドが全国におよそ3万か所あるのに対して、「水素ステーション」の数は昨年7月末時点で134か所(整備中も含む)と、圧倒的に少ない。地域も偏っている。いくら補助金が出たとしても、気軽に充てんができないとなると、水素の燃料電池車が一般的に普及するのは難しいと言わざるを得ない。

■世界のスタンダードは「電気自動車」へ

一方で、今後、販売を伸ばしていくと予想されているのが「電気自動車」だ。水素と違って電気はすでに日本全国の隅々にまで供給網ができあがっているので、充電器を取り付ければ、自宅でも充電ができる。わざわざステーションまで行かなくてもいい。現状では水素やガソリンと比較してランニングコストも安い。世界市場をみても、長期的には「自動車のスタンダードは電気自動車になっていく」とみられている。

実際、今年7月にアメリカのテスラが株式の時価総額でトヨタを抜き、世界の自動車メーカー1位になったことは象徴的だ。実際の販売台数ではまだ及ばないテスラだが、「将来的に電気自動車を量産できる」という期待がメーカーとしての価値につながっている。電気自動車で成功できるかどうかが自動車メーカーの次の世界覇権を決めることは間違いない。

■自動車メーカーへの配慮透ける目標設定

日本の場合イギリスとは異なり、ハイブリッド車の販売も当面は認める方向。この背景についてある政府関係者は「トヨタへの配慮」と明かした。ハイブリッド車を得意とするトヨタは、電気自動車の開発を急ぐ一方、ハブリッド車や燃料電池車の生産も維持する方針だ。

長期的には世界の需要が電気自動車に移るといっても、すぐにガソリン車やハイブリッド車が売れなくなるわけではない。電気自動車に需要が集中した場合、世界的に部品の供給が追いつかなくなるなど別の課題も予想されるため、需要の動向を見たいという思惑もある。

引き続き現在の稼ぎ頭であるハイブリッド車で収益を確保しながら、電気自動車などの開発に振り向ける戦略だ。また、国内に強固な部品供給網を抱えるトヨタは、生産体制の急な変更ができず、「サプライチェーンを慎重にシフトしようとしている(経産省関係者)」という見方もある。

■「宣言し、しゃかりきに努力した者が勝つ」戦い

国内メーカーに配慮しながらも今回、政府が「脱ガソリン車」の目標を示すことについて経産省の幹部は「はっきり言うということがバリュー」と解説する。

自動車に限らず、カーボンニュートラルに向けた取り組みはこれまでもさまざまな分野で進められてきた。しかし、実際に人々の生活スタイルや購買行動が移り変わるには時間がかかるため、個々の企業にとっては、大規模な技術開発や投資を長期間続けないと結果が出ないという不確実性があった。

政府が期限を設けて目標を宣言することで、企業にとっても計画をたてやすくなり、さらに、金融機関や投資家からも資金を得やすくなるというメリットがある。ただ、別の経産省職員は、「宣言しただけではダメだ」「その後、しゃかりきに努力した者だけが勝つ」と話す。自動車メーカーも政府も、目標を掲げたらそれに向かってどこまでしゃかりきになれるか、2030年代半ばは、それほど遠い未来ではない。