「またトラ」は日本経済にどう波及?トランプ新政権の経済政策の影響を占う(後編)
2025年1月20日、アメリカでトランプ氏が再び大統領に就任する。関税引き上げや、経済政策による為替への影響がすでに取り沙汰される中、「またトラ」は日本経済にどう影響するのか?後編では、自動車業界への影響や日米貿易交渉、USスチール買収問題について解説する。(日本テレビ経済部)
■身構える自動車業界…関税とエネルギー政策変更のリスクは
中国からの全輸入品に対して10%の追加関税を、また隣国のメキシコとカナダからの全輸入品に対して25%の関税を課すことを表明しているトランプ氏。そのメキシコやカナダに、日本の自動車メーカーは多く展開している。JETRO=日本貿易振興機構によると、2023年、カナダで生産された自動車は約152万6000台。生産が最も多かったメーカーはトヨタ自動車で約52万6000台、次いでホンダが37万4000台と日本のメーカー2社だけで6割にのぼる。アメリカに輸出される車には高い関税が課されるリスクがあり、日本の自動車メーカーにとって“向かい風”が予想される。
また、スバルやマツダ、三菱自動車はアメリカで販売している車の多くをアメリカ以外の国で生産してアメリカに輸出しているため、業績に大きな影響が出る可能性もある。
一方、各社のEV=電気自動車関連への影響も懸念される。米メディアは、バイデン大統領の下で進められてきたEVへの補助金政策について、トランプ次期政権の移行チームが廃止を提案していると報じている。廃止されれば、アメリカでのEVの大幅な需要減少を招き、世界のEVの普及にも遅れが出ると予測する声もある。
日本では2024年12月、ホンダと日産が経営統合に向けた交渉入りを発表。三菱自動車も合流する方向で、実現すれば世界3位の巨大連合が出現する。会見で、ホンダの三部敏宏社長は「モビリティの変革をリードする存在となるには、特定分野の協業ではなくもっと大胆に踏み込んだ変革が必要だ」と述べ、技術的な連携を進めて世界の競合メーカーと戦っていく姿勢を示した。
ホンダは、2040年に世界中で販売する新車を全てEVと燃料電池車にし、ガソリン車をゼロにすることを目指している。ホンダの林克人四輪事業本部長は、トランプ政権の関税政策やEV支援策の変更が与える影響について「カナダとメキシコからアメリカに車を輸出しているボリュームは結構あり、影響はあると思う。EVについても、規制が変わったり、補助金の内容が変わったりする可能性があり、それによる(世界の)EV化の遅れはあると思っている」(2024年12月15日)と懸念を示す。その上で「変化に対してフレキシブルに戦略を変えていく必要がある」と語っている。
ホンダは、自社の製品の中で需要の高いハイブリッド車の開発も引き続き行っていく方針だ。業界最大手のトヨタ自動車は、トランプ次期政権下での経営戦略について「現時点で戦略や方向性を示すことは難しい」とコメントしている。
■日米の通商交渉「第二ラウンド」の展望は?
自動車をめぐる関税は、日米の貿易交渉でも焦点になり得る。第一次トランプ政権下で安倍政権(当時)ととりまとめた日米貿易協定では、日本は豚肉や牛肉をはじめとする農産品や加工食品の輸入関税を撤廃したり、引き下げたりする譲歩を行った一方、日本からアメリカ向けの自動車・自動車部品の輸出関税引き上げは先送りすることができた。今回はどうなるか。
トランプ氏の発言を日々チェックするある政府関係者は、「日本への言及は現状、そこまでない」と指摘する。別の政府関係者も「貿易赤字額で一番大きいのが対中国、次に対EU、メキシコと続く。米国の貿易赤字額が大きい国から対応していくということであれば、日本の優先順位は下がっている」と冷静に事態を見守る構えだ。
また、前回厳しい交渉を迫られた農林水産物については、「前回はTPPからアメリカが抜けたことから、他の加盟国から関税をかけられることに対するアメリカの農業関係者からの不満があった。しかし、今回はそこまで不満の声はあがっていない(経済官庁関係者)」状況だ。むしろ現状は、トランプ政権が関税を引き上げることで、日本の農林水産品の輸出に与える打撃を懸念する声があがる。別の政府関係者は、「アメリカへの輸出が伸びているホタテ貝などの海産物や日本酒、牛肉などに影響が出るのではないか」と心配を口にする。
日本政府とトランプ氏は、就任直前の2025年1月中旬の会談を調整している。まずはこの場が、トランプ氏の対日政策の優先順位を見極める場になりそうだ。
■トランプ氏就任を待たずに暗雲…日本製鉄によるUSスチール買収問題の今後は
一方、トランプ氏就任前にすでに暗雲が立ちこめているのが、鉄鋼大手の日本製鉄によるアメリカの鉄鋼大手「USスチール」の買収だ。
日本製鉄が買収計画を発表したのは2023年の12月で、まさに米大統領選が勝負の1年のスタートを迎えるタイミング。USスチールの本社があるペンシルベニア州は、大統領選挙の勝敗を左右する最激戦州のひとつだ。全米鉄鋼労働組合(USW)が買収に反対する中、労組票を得るために、トランプ氏とバイデン氏は共に買収に反対を表明した(バイデン氏の後継のハリス氏も反対する考えを示した)。特にトランプ氏は選挙戦当初から、「日本製鉄がUSスチールを買収したら、即座に阻止する。絶対にだ」と強調。日本国内からも「話がオモテに出てくる時期が悪すぎた(大手企業首脳)」との声が漏れる。
買収交渉の先頭に立つ日本製鉄の森高弘副社長は度々渡米し、地元の有力者やUSスチールの従業員を説得。買収によってむしろ雇用は守られること、鉄鋼施設への投資が可能になること、それにより、“国家の支援を受ける中国鉄鋼メーカー”に対抗するための競争力も高まること、などを繰り返し強調してきた。地元ペンシルベニア州の首長らも、日本製鉄による買収を受け入れることの必要性をアピール。2024年12月、USスチールの本社に近いクレアトン市の市長は、買収に賛成する人たちの集会で「買収がなければ街が死んでしまう」と訴えた。
こうした中、買収計画を審査するアメリカ政府の対米外国投資委員会(CFIUS)は2024年12月に「一致した結論に至らなかった」とバイデン大統領に報告し、最終判断を大統領に委ねた。CFIUSは米政府の各省庁の代表者から構成されているが、米メディアなどは、買収に「安全保障上のリスク」があるかどうかについて、CFIUS内で意見が割れる異例の事態になっていたと報じている。
バイデン大統領は、これまでにも「USスチールは完全にアメリカ企業であり続けるべき」と発言するなど買収に否定的な立場。買収阻止の決断をする可能性が高いとみられている。
買収問題が大統領の「政治決断」案件となったことで、日本製鉄にとって、見通しは厳しくなっている。バイデン大統領の最終判断が「買収阻止」だった場合、日本製鉄側は訴訟を提起することも検討している。ただ、そうなれば裁判が長期化する可能性があり、日本製鉄の経営にとってもリスクは大きくなる。一方、もし最後の最後でバイデン大統領が買収を承認する決定を示したとしても、何らかの「条件付き」だった場合、トランプ次期大統領が就任後に決定を覆す可能性もある。日本製鉄の関係者は「トランプ氏は、ビジネスマンとして言っていることが私たちの主張と同じだったりもする。『話せばわかる』のかもしれない」とあくまでも望みを持ち続けるが、他からはそうした声は聞こえてこないというのが実情だ。
現職のバイデン大統領の最終判断の期限は、米国時間の2025年1月7日。トランプ政権の開始を前に、日本製鉄にとって大きな判断が下される。