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米中の緊張が続く中、アメリカを目指す中国人が増加…それぞれが抱える異なる背景とは

2023年9月9日 11:57
米中の緊張が続く中、アメリカを目指す中国人が増加…それぞれが抱える異なる背景とは
アメリカとメキシコの国境の川をわたり、アメリカ側の上陸地点を探す中国人たち(ロイター/アフロ)

緊張が続くアメリカと中国の関係。この夏、バイデン政権の閣僚が相次いで中国を訪問するなど、両国は関係の安定化を模索している。こうした中、いま、さまざまな理由でアメリカへの移住や永住権の取得を目指す中国人が増えているという。その背景を取材した。(ワシントン支局 渡邊翔・嶋太朗)

●「独裁体制から逃れたい」…急増する中国からアメリカへの亡命希望者

バイデン政権発足以降続く大きな問題のひとつが、メキシコと接する南部の国境から流入してくる中南米からの不法移民だ。しかし今年に入り、その不法入国者に占める中国人の割合が急増している。

私たちが話を聞いた20代前半の中国人・孟さん(仮名)もそのひとりだ。名前や年齢、顔を伏せることを条件に取材に応じた孟さん。中国を脱出し、今年7月に西部カリフォルニア州に入国した。南東部の都市・深センで暮らしていた猛さんが中国を脱出したきっかけは、中国政府の「ゼロコロナ政策」だったという。

「去年の後半、私が住んでいた地域に感染者が出て、私も濃厚接触者と認定されたため、実に42日間も隔離されました。朝、仕事に出かけようとしたら、突然中国共産党の職員がドアをノックし、まるで犯罪者のように家から出ることを禁じ、ドアに電子錠を設置したのです。42日間、閉じ込められ、自由を奪われ、働くこともできませんでした」

厳しい隔離政策で、精神的に不安定になったという孟さん。中国のインターネットのアクセス制限をくぐりぬけてアメリカやヨーロッパの民主主義について検索する中で、中国を脱出する決意を固めていった。

「私のような一般人は中国共産党の迫害に対して昔も今も全く無力です。共産党の政策がどんなに独裁的で抑圧的であっても、受け入れるしかないことを悟った瞬間、恐怖を覚えたのです。習近平氏の支配下でピークに達した共産党の独裁体制から逃れるために、アメリカに行くことにしました」

●TikTokに「脱出指南」の動画…アメリカへの過酷な旅

孟さんがアメリカへの亡命のために選んだルートは、中国からビザなしで渡航できる南米のエクアドルから、陸路でアメリカを目指す道だ。SNSで「走線」と呼ばれ、多くの中国人が選ぶ代表的なルートのひとつだ。

①6月下旬 香港を出発→エクアドルへ

②エクアドルからバスで国境へ行き、コロンビアへ

③コロンビアから船でパナマへ

④パナマのジャングルを2日間歩き、難民キャンプからバスと船でコスタリカへ

⑤コスタリカからバスでニカラグアへ

⑥道中知り合った人とバスをチャーターし、ホンジュラスとの国境へ

⑦ホンジュラス・グアテマラを経由してバスでメキシコへ

⑧バスや車を乗り継いで、カリフォルニア州の南の国境へ

⑨国境地帯を走って越え、カリフォルニア州へ(7月中旬)

たどってきたルートの複雑さから、過酷さがうかがえる。コロンビアからパナマまで向かう船は途中で嵐に遭遇し、泳ぐことができない孟さんは肝を冷やしたという。パナマのジャングルでは雨でぬかるんだ泥道を歩き続けた。また、最終的にメキシコから国境を越える直前には地元のギャングに遭遇し、辛くも逃げ切るなど、ギリギリの場面もあったという。

中国版のTikTokでは、こうした密航を手助けする「業者」が「走線」のルートを数多く投稿していて、孟さんもそれを参考にしたと語る。現在、中国当局によってこうした「走線」の動画はほとんど削除されているというが、記者がアメリカ版TikTokで「#走線至美国(アメリカへ行く走線)」と検索すると、ジャングルや岩場を集団で歩いて行く人々の動画を多く確認することができた。

アメリカメディアによると、旅の成功を左右する大きな要素のひとつはやはり「資金」だという。密航を手助けするブローカーに払う金額は安全に直結するほか、難民キャンプから移動するためのバスに乗るのも有料の場合があるためだ。中国人は比較的資金繰りに余裕がある場合が多いと指摘されているが、今回孟さんが、通過した国への「通行料」や交通手段、ブローカーへの支払いなどで投じた総額はおよそ5000ドル(70万円あまり)。道中、同じようにアメリカを目指す多くの中国人と出会ったという。

●バイデン政権の移民政策変更で不法移民は減少も 中国人は再び増加の兆し

アメリカの税関国境取締局(CBP)の統計によれば、2023年度(22年10月~)の中国人の不法入国者数は、7月までの時点で3万9575人と、すでに前年度を40%以上上回っている。バイデン政権が不法移民対策を強化した5月以降、一旦は減少したものの、再び増加傾向に転じている。

この問題に詳しい中国出身・アメリカ在住の黄笑生弁護士によると、中国人の場合、亡命が認められる割合はおよそ75%と高く、アメリカに入国した中国人亡命者たちは、比較的大きな中国人コミュニティがある、ニューヨークやカリフォルニア州に向かうことが多いという。孟さんも亡命申請の許可を待ちながら、カリフォルニアで働いている。中国にいた時よりも生活には余裕が出たという。

「今はアメリカに来ることができ、とても安心しています。カリフォルニアの夕暮れを眺めていると、とても清々しい気持ちになり、失われた活力がよみがえってくるのを感じます」

ただ、米中対立が深まる中で、中国人亡命者を取り巻く環境は必ずしも良好なわけではない。野党・共和党からは、亡命者に混じって中国側のスパイがアメリカ国内に入ってくる危険性がある、という声も挙がっている。

●アメリカへの投資で「永住権」取得…中国富裕層で静かに高まる関心

一方、南部国境からの亡命希望者とは全く別に、アメリカへの永住権取得を目指す中国人の動きも静かな広がりを見せている。アメリカに一定額以上の投資をすれば、永住権(グリーンカード)を取得できるという「投資ビザ(EB-5ビザ)」の要件が昨年変更され、中国人投資家の注目を集めているのだ。

この投資ビザでは、アメリカの都市開発やインフラに対し日本円でおよそ1億2千万円以上の投資が求められるが、特に都市部以外の地域の開発プロジェクトに投資する場合、グリーンカードの審査がより早まるという。さらに、投資家本人だけでなく、配偶者や子どもなど、家族そろってグリーンカードを取得できるのだ。

ニューヨーク郊外・ハドソンの不動産プロジェクトで資金調達を担当するエヴァン・ベッツァー氏は、中国の富裕層からの問い合わせが増加していると語る。

「投資ビザの人気が上昇しているのは、(中国の富裕層にとっては)要は子どものためなんです。例えばアメリカで勉強し、ハーバード大学を卒業して中国に戻れば、特に金融業を中心に良い仕事に就くことができます」

ベッツァー氏は、こうしてアメリカに投資する中国の富裕層は、米中関係の緊張に伴うリスクも理解した上で、それでも投資を決めていると指摘する。

「米中関係の緊張とは関係なく、二国間の(経済的な)関わりというのは続きます。グリーンカードを取得してアメリカの大学で学んだ投資家の子どもたちはその後中国に戻り、米中の橋渡しをすることもできます。この話(投資ビザへの中国の関心の高まり)は、全体的にはポジティブな話なのです。結局、米中に関する悪いニュースの水面下には、良いニュースもたくさんあるということだと思います」

アメリカを目指す中国の人々が抱えるさまざまな背景からは、米中関係の複雑さがかいま見える。バイデン大統領と習近平主席は、両国の関係を安定させることができるのか。9日からインドで始まったG20サミットを習主席が欠席する中、年内に両首脳が直接会談できる場は、11月にサンフランシスコで行われるAPEC首脳会議に絞られた。