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モスクワ、「白タク」が抱える問題

2010年8月26日 13:52
モスクワ、「白タク」が抱える問題

 未登録のタクシー、いわゆる「白タク」がタクシーの約8割を占めるモスクワ。市民の欠かせない“足”にもなっている、その「白タク」がいまモスクワで問題になっている。そのようすをモスクワ支局・片野弘一記者が取材した。

 モスクワ市内を走るたくさんの乗用車。実は、この中に白タクが紛れこんでいる。どうやって白タクを見つけるのか…方法は簡単。「乗りたい」と運転手にアピールすればいいのだ。モスクワでは日本と同じように手を挙げてタクシーを止める。そのやり方で合図をおくると、一台の車が止まった。実際に、クレムリンまでの料金交渉をやってみることにしよう。

 「こんにちは。クレムリンまで行きたいのですが」、そう話しかけると、白タクの運転手はすかさず「いくら払うんだ」と聞き返してきた。私は100ルーブル(約300円)を提示するが、運転手は500ルーブル(約1500円)を要求する。そんなやりとりの中、結局、料金は300ルーブル(約900円)ということで成立した。街を走る白タクの多くは古くてボロボロの車だ。生活に行き詰まり、白タクで生計を立てている人が多いという。私が乗った白タクの運転手は「野菜や果物の卸売をやっていたけど倒産して、一年前からタクシーをやっているんだ」と教えてくれた。

 場所は変わって、ここはモスクワの自動車用品販売店。そこにはタクシー用のアンドンが商品として販売されている。これを装着するだけで、もう誰でも手軽にタクシーになれてしまうわけだ。モスクワでは少し前まで、アンドンをつけた白タクはほとんど走っていなかったが、最近はアンドンを付け、何となくタクシーっぽく見せた白タクが増えたという。

 モスクワに白タクが登場したのは第二次世界大戦が終わって間もなく…この国が「ソビエト」と呼ばれていた頃のことだ。軍や官僚のお抱え運転手たちが小遣い稼ぎに始めたのが起源だという。それから約60年以上が過ぎ、今や市民生活の必需品となった白タクが、最近、犯罪を生んでいると批判する声があがりはじめた。その実際の例をモスクワ交通連盟、ユーリ・スベシニコフ理事長はこう警告する「(白タクの利用で)強盗事件が起きているのです。客を町外れに連れて行って金品を奪ったり、あるいは木に縛って放置したケースもありました」。

 白タクの運転手は、旧ソビエト圏の国々から職を求めてモスクワに来た人たちがその多くを占めている。中には、ロシア語がほとんどできない、あるいは、地名や道順が分からなという運転手もいるという。犯罪への関与、そして外国人運転手への不満…そうした批判を背景にモスクワ市はついに白タクの規制に乗り出した。ルシコフ・モスクワ市長は「白タクを追放する法律を作らなければならない」と力説する。

 モスクワにも、もちろん正規のタクシーはある。“ロシア語を話し、3年以上の運転経験があって道順を知っていること”…それがまず、運転手の条件だ。そして、運転手はすべてタクシー会社に所属しなければならない。タクシー会社は、アンドンとメーターを設置し、きちんと整備点検をした車を条例に基づいた料金で運用する。イエロータクシーのマルガリャヌ・フェリクス社長は「モスクワ市内を端から端まで走るのに、正規タクシーなら500~600ルーブルだが、白タクなら3000ルーブルも取る」と説明する。しかし、こうした正規のタクシーを使うには事前に電話で予約しなければならない。なぜ予約が必要なのか…もし街中でお客さんを拾うことを許すと、白タクを根絶できないからだというのだ。

 一方、モスクワの市民の中には、白タクに対して肯定的な意見を持つ人も少なくない。彼らは白タクに対してこう語る。「白タクのほうが便利です。正規タクシーは近くに居ませんから」、「追放はダメだよ。白タクが好きなんだから」…実は、白タクを追放しようという条例案は市議会で可決されたものの、まだ施行はされていない。手を上げればすぐにタクシー乗れる…という利便性を失いたくない市民から白タク存続への強い要望が寄せられているという。そして、4万人の白タクドライバーをどうするのか…という社会問題もあるのだ。

 ソビエト時代から「必要悪」とされながらも、時代の流れを生き抜いてきたモスクワの白タク。しかしこのような近年の背景を考えると、消えゆく日が近づいているのかもしれない。