“またトラ”で中東どうなる? ~ハマス幹部が私たちに語ったこと【ロンドン子連れ支局長つれづれ日記】
アメリカ大統領への復権が決まったトランプ氏。今後の焦点の1つが「中東情勢にどう向き合うか」だ。人事でも駐イスラエル大使にイスラム組織ハマスに対して強硬な姿勢を示す人物を起用。再びイスラエル寄りの姿勢が鮮明になっている。1期目に自ら「最も親イスラエルの大統領」だと語ったトランプ氏。2期目もトランプ氏と蜜月関係を築きたいイスラエルのネタニヤフ首相は、当選後に電話会談を重ねている。
ハマスやガザの住民は、この状況をどうとらえているのだろうか?
(NNNロンドン支局 鈴木あづさ)
■“トランプ人事”に見る2期目の中東政策
アメリカのトランプ次期大統領が政権の布陣を続々と発表する中、中東情勢をめぐる人事に注目が集まっている。駐イスラエル大使に任命されたのは、元アーカンソー州知事のマイク・ハッカビー氏(共和党)。牧師でもあるハッカビー氏はイスラエル支援を強力に支持していて、ハマスに厳しい姿勢を示す強硬派として知られている。今年6月には「ハマスには交渉をするような能力はない」と発言していた。トランプ氏はハッカビー氏について、「彼はイスラエルを愛し、イスラエルの人々もまた彼を愛している」との声明を出している。
トランプ新政権やその人事について、ハマスやパレスチナ自治区ガザ地区の住民はどう見ているのか? ハマスの幹部がNNNの単独インタビューに応じた。ハマス政治部門の幹部、バセム・ナイム氏はもともとは外科医で、ガザ地区を実効支配したハマス政府の保健相を務めていた。
■ハマスの幹部に単独インタビュー「私たちが白旗を掲げることはない」
――トランプ氏の大統領1期目をどのように評価するか。次の任期については?
「彼の1期目は私たちパレスチナ人にとって悲劇的でした。なぜなら、彼は完全にイスラエル寄りの過激な政治家を任命したからです。彼らはこの地域の状況についてよく分かっていません。彼らは、対立をイスラエルの視点からのみ見ており、イスラエルによるエルサレムのユダヤ化や西岸地区の併合を支持しました」
エルサレムはユダヤ教・イスラム教・キリスト教の聖地で、イスラエルとパレスチナが帰属を争っている。イスラエルは首都と主張しているが各国は認めず、最大の商業都市テルアビブに大使館を置いている。
しかしトランプ氏は第一次政権の際、各国の反対を押し切りアメリカの大使館をエルサレムに移転し、“イスラエルの首都”と認めた。また、イスラエルが実効支配するゴラン高原についても“イスラエル領だ”と認めてもいる。
今のところ、トランプ氏は戦闘の終結や中東の和平プロセスについて、何ら具体的なプランを示していない。
――トランプ氏の“自分なら戦闘をすぐに止められる”という発言をどう見るか?
「“戦争を終わらせる”という自身の主張に、トランプ氏が本当に責任を持って関わっていくことを願います。そして戦争を終わらせる際、イスラエルへの偏った支持に基づくのではなく、正義と国際法に基づくことを望みます」
――ハマスとイスラエルの停戦交渉は、なぜ止まっている?
「アメリカ大統領選挙前の数日間に出された提案には停戦が含まれておらず、ガザ地区からの部隊の撤退も含まれていませんでした。また、家を追われた人々が家に戻る権利も含まれていませんでした。これらはすべて双方で捕らわれている人たちの交換についてのみ言及していたに過ぎません。私たちは常に準備ができていて、今でも直ちに囚人交換の合意に向けて準備ができていますが、この合意には『恒久的な停戦』が含まれなければなりません」
去年10月7日のハマスによる奇襲が発端となり、イスラエルはガザ地区でハマス掃討を目的とした戦闘を続けている。
――去年10月7日に行ったイスラエルへの攻撃を後悔していないか?
「もし誰かに攻撃されたり嫌がらせを受けたりした場合、自分たちを守ろうとして、それで傷ついたとしても後悔することはないと思います。失敗しても、自分たちを守ろうとしたことに誇りを持つはずです」
――“イスラエルによる占領”が続く限り、同じことを繰り返すのか?
「もし国際的な視点でこの紛争を、正義と国際法に基づいて解決する意思があるのであれば、それが私たちの望む方法です。それが私たちの選択です。しかし、もしそうでないなら…その通り、私たちは占領に対する抵抗を続ける準備ができています」
――イスラエル軍は「ハマスは最高幹部だったハニヤ氏やシンワル氏を失って弱体化している」と主張しているが?
「ハマスは指導者を失った後も、常にさらに強くなっています。次々と若い人々が出てきて創設者たちと同じ目標を持ち、やる気に満ちて活動しています。ですから、イスラエルが私たちの指導者を暗殺することで一時的に運動を弱体化させることはあっても、長期的にはハマスの進むべき道やその目的を変えることはありません」
さらに、こちらをひたと見据え、強い口調でこう続けた。
「私たちは決して降伏しません。白旗を掲げることはありません。私たちの国家目標である自由、尊厳、独立を達成するその日まで、闘い続けます」
■ガザ住民「子どもたちを第二のハマスにはしたくない」
ガザ地区の住民は今、ハマスに対してどのように考えているのか。難民キャンプで暮らすアフメド・ジューダさん(29歳)にオンラインで話を聞いた。
「ガザ地区の大多数の住民は、去年10月7日の前であろうと後であろうと、ハマスに反対しています。闘う方法や時期について、ハマスが成功したとは思えません。それどころか、17年以上にわたってガザ地区で私たちを支配下に置き、“イスラエルへの抵抗”という口実で私たちの首を絞めようとして失敗したのです」
長男のメヘル君は今回の戦闘が始まる前に生まれました。ジューダさんは「子どもたちを第二のハマスにはしたくない」と語った。
「ガザ地区の大多数は今、どんな犠牲を払ってでも、停戦を望んでいます」「(戦闘開始から)1年2か月以上経った今、ほとんどの人が破壊の影響を受けています。殺されて通りを引きずり回され、子ども、女性、男性、民間人の何万という遺体を目の当たりにし、家も破壊されました。私たちはもう、ハマスの考え方から抜け出したいと思っているんです」
戦闘が起こる前はPRの仕事をしていたジューダさん。建てたばかりの新居で家族3人幸せに暮らしていた。
「戦争を止めるのは人々の責任ではなく、ハマスの責任です。ハマスが戦争を始め、実行したのですから。パレスチナ人のためにどんな方法、どんな犠牲を払ってでも、この戦争を止めなければなりません」
ジューダさんの生活は戦闘が始まって、一変。去年10月13日、イスラエル軍の空爆が自宅の隣の家を直撃した。ジューダさんの父親が頭にけがをし、ジューダさん自身も足を負傷した。3日後、ジューダさん一家はヌセイラトの難民キャンプへ身を寄せた。
今年4月、避難先のラファの難民キャンプで次男のジェッド君が生まれた。このわずか5日後、イスラエル軍がラファへの攻撃を始める。
ジェッド君が生まれて7日目、ジューダさん一家は再びラファを後にし、ヌセイラトの難民キャンプへ。一家はこの1年あまりの間にキャンプからキャンプへと移動を繰り返してきた。そして今月10日、ジューダさんは知人から、自宅が完全に破壊されたと聞かされた。
国連によればガザ地区に残されたガレキは4200万トン。東日本大震災で岩手、宮城、福島の3県で発生したがれきの、およそ2倍にあたる。
「パンをもらうために並んでいた13歳の女の子が、目の前で息ができなくなって亡くなってしまいました」
ジューダさんは、飢餓に苦しんでいるガザ北部では、こうした悲劇が頻繁に起こると話す。
「トランプ氏にとって戦争を終わらせることは殺戮を止めることにすぎませんが、ガザ地区の私たちにとっては、その後にまだ多くの“戦争”を生きることになるんです。食料、仕事、住まい、教育、健康…」
「私たちは、子どもたちを学校に戻し、人々を家に戻し、生活を取り戻したいと思っています。それこそが平和をもたらすのです。しかし、路上で眠る人々の姿はさらなる暴力や過激主義を招き、さらなる危機を生み出すでしょう」
「トランプ氏は本当に紛争を終わらせ、大量虐殺を止めたいと思っているのでしょうか? その気になれば、紛争を止めることができるはずです。しかし、もしトランプ氏がそれを望まないなら、紛争や移住など、私たちパレスチナ人にとっての困難が続くでしょう」
ガザ地区の保健当局によれば、この1年あまりの間におよそ4万4000人が亡くなった。その多くが女性や子どもたちだ。餓死者も出ており冬が目前に迫る中、人道危機はいっそう深まっている。報復の連鎖を断ち切り、一刻も早く停戦を実現することが必要だ。
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鈴木あづさ
NNNロンドン支局長。警視庁や皇室などを取材し、社会部デスクを経て中国特派員、国際部デスク。ドキュメンタリー番組のディレクター・プロデューサー、系列の新聞社で編集委員をつとめ、経済部デスク、報道番組「深層NEWS」の金曜キャスターを経て現職。「水野梓」のペンネームで作家としても活動中。最新作は「金融破綻列島」。