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【コラム】まもなく70年ぶりの戴冠式…そのとき一体何が?「ベビーバンク」に駆け込む人々【ロンドン子連れ支局長つれづれ日記】

2023年4月3日 16:46
【コラム】まもなく70年ぶりの戴冠式…そのとき一体何が?「ベビーバンク」に駆け込む人々【ロンドン子連れ支局長つれづれ日記】
イギリス王室のTwitterより

チャールズ国王の戴冠式が間近に迫ってきた。

故エリザベス女王が2022年9月8日に逝去してから約8か月間の服喪期間を経て、5月6日にウエストミンスター寺院で行われる。

王室を離脱したヘンリー王子とメーガン妃が正式に招待されたが、果たして出席するのか?「王子」と「王女」の称号を使用することが決まった長男のアーチー王子とリリベット王女は来るのか?(ちなみに戴冠式当日はアーチー王子の4歳の誕生日でもある)などなど、さまざまな憶測を呼ぶ中、急ピッチで準備がすすめられている。

「ビッグヘルプアウト」もその一つ。

戴冠式後の最初の月曜日におこなわれるイベントで、イギリス国民は、誰しも何がしかのボランティア活動に参加することが奨励されている。

生涯を公務に捧げる国王に敬意を表しておこなわれるもので、戴冠式をきっかけにボランティアが社会の中心的な役割を果たしていることに気づいて欲しいという願いがこめられているのだという。

実際、イギリスに来て驚かされたことの一つが、社会にボランティアが根付いていることだ。

スーパーマーケットには必ず食品を寄付するボックスが置いてある。家庭から不要品を持ち込むだけでなく、たった今店で買ったばかりのものを置いていく人もいる。時折「今はパスタ、ティッシュ、生理用ナプキンが不足しているので、ご協力お願いします」などと張り紙がされていることもあり、わざわざそれを買って寄付していく人も…。

町中にはチャリティーショップが建ち並び、一般の人が寄付したものが驚くほどの安値で提供されている。観光客でも誰でもウェルカムなので、ふらっと立ち寄ってみると思わぬ掘り出し物が見つかるかもしれない。

もっかイギリスのインフレ率は常に10%超え。およそ40年ぶりの高水準が続いている。

食品全体では、この1年間で18・2%も上昇、天候不良による輸入品の不足などからトマトやピーマンが店頭から消え、食品価格の高騰に拍車をかけた。この一年間で植物油は65%、パスタは60%も値上がりした。

ロシアによるウクライナ侵攻で高騰したエネルギー価格もあいまって、この冬「Eat Or Heat」という言葉が流行語になったほどだ。食べ物か暖房か、二者択一を迫られている人が多いというのだ。

飢えと寒さで亡くなる人も出た。

そんな中、「ベビーバンク」に駆け込む親が増えているという。

オムツを頻繁に替える余裕がなく、ひどいオムツかぶれになる乳児。ベッドを買う余裕がなく、引き出しの中に寝かせられている赤ちゃん。光熱費の高騰でオーブンが使えず、冷たいものしか食べさせてもらえない子ども。オムツのかわりに母親の生理用品を代用している赤ちゃん……。地元メディアで紹介されたイギリスの子どもたちの惨状は見るのも辛いほどだ。

イギリスには、無料で食品を提供する「フードバンク」や、教会や公民館などで暖房代の節約のためにあたたかい居場所を提供する「ウォームバンク」など、さまざまな「バンク」があるが、「ベビーバンク」というのは初耳だった。

経済的に余裕のない家庭におもちゃや衣類、オムツなど様々な生活必需品を提供していて、子どもが5歳になるまで3か月に1回、一度に40点まで受け取ることができるのだという。

「ウォームバンク」同様、暖房費を節約するため、暖をとるスペースも用意されている。運営する民間団体によれば1日に30組ほどの家庭が来ているが、人々が一様に感じているのは「恐怖」だという。

暖房をつけるのが怖い、電気をつけるのが怖い、食べ物を買えなくなるかもしれない、子どもを手元で育てられなくなるかもしれない……そんな恐怖が人々の心を支配し、今や叫びとなって噴出している。

毎日のように繰り広げられるイギリスのデモやストライキ。

医師や看護師、救急隊員、教師、公共放送BBCの職員などもストライキに突入。地下鉄全線が止まり、公立学校の多くが休校になるなど、市民生活にも大きな影響を及ぼしている。

だが、街を歩いていると、こんな光景にも出くわす。

リッツホテルが建つ目抜き通りにつながる駅。毛布にくるまって暖を取るホームレスに話しかける若い女性がいた。目の前には、小銭をいれてもらうための紙コップが置かれている。ちょうどそばでバスを待っているところだったので、自然に会話が聞こえてきた。ホームレスの男性は耳が遠いらしく、彼女が大声で話しかけていることもあって、クリアに聞こえてくる。

「いつからここにいるの?」
「さあな、大昔だ」
「毛布ぬれてるけど、寒くない?」
「見ての通りさ、寒いに決まってる」
「食べ物は?」
「なんとかやってるよ」
「フードバンクには行ってる?」
「そんなもの行かなくても、この通りならちょっと探せば食べ残しとか飲み残しのワインとかいっぱいある」
「おなか壊すかもしれないでしょう」
「腹は丈夫だ」
「これ、ちょっとだけど、足しにして」

そう言うと、彼女は小さく折りたたんだ紙幣を目の前の紙コップに入れるのではなく、そっと男性に手渡した。

実は、彼女が特別天使のように優しい人、というわけではない。日本大使館の近くなので、取材がてらよくこのバス停を利用するのだが、この男性はいつもここに座っている。そして、必ずと言っていいほど、誰かが声をかけているのだ。

イギリスのバスはきわめて時間に不正確なので、20分以上待たされることもあるのだが、その間ずっと話し込んでいた男性もいた。

バスに乗り込んでからも見ていると、スーツの上に上質なコートを着たサラリーマン風の男性は、コートが地面について濡れるのもかまわず、しゃがみこんだままホームレスの男性と話し続けていた。

ロンドンの中心部では、光の洪水の中、ハイブランドの店でショッピングを楽しむ人々が毎晩そぞろ歩く。その一方で、極度の貧困にあえぎ、あたたかい家で暮らせない空腹を抱えた子どもたちもいる。

イギリスの光と、その裏にある見えない影……かつて乳児院に息子の小さくなった服を届けていたとき、なぜ日本にはこんなにも社会的養護の子どもが多いのか、と胸をえぐられた。

社会のひずみはいつも最も弱い者に対して容赦なく牙をむく。一体誰のせいだと嘆き、怒りたくもなる。だが、そんな厳しい世界にあって、一筋のあたたかな光をともすことができるのもまた、人間だ。

ロンドンではようやく春めく陽気にさそわれて、マグノリアの花が咲き始めた。さっそく今週末、衣替えと共に、息子の小さくなった衣類をベビーバンクに届けようと思う。

■筆者プロフィール

鈴木あづさ:
NNNロンドン支局長。警視庁や皇室などを取材し、社会デスクを経て中国特派員、国際部デスク。ドキュメンタリー番組のディレクター・プロデューサー、系列の新聞社で編集委員をつとめ、経済部デスク「深層ニュース」の金曜キャスターを経て現職。「水野梓」のペンネームで日曜作家としても活動中。最新作は「彼女たちのいる風景」。