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処理水"猛反発”中国は今…放出から3週間 姿消した“迷惑電話”動画 一方で「核汚染水」批判報道続く

2023年9月14日 11:44
処理水"猛反発”中国は今…放出から3週間 姿消した“迷惑電話”動画 一方で「核汚染水」批判報道続く
北京の海鮮市場

8月24日から始まった東京電力・福島第一原発の処理水の海への放出をめぐり、中国は政府やメディアを挙げて「核汚染水」と非難。これに呼応して日本の省庁や店舗などへの迷惑電話や、SNS上でデマの投稿が横行した。あれから3週間、自ら火をつけた批判キャンペーンは逆に、中国国内にもじわじわと負の影響を及ぼしつつある。
(NNN中国総局 森葉月)

■中国メディアの報道に呼応し…依然、市民から“怒りの声”

9月11日、東京電力が8月24日から始めた第1陣の処理水放出を終えたと発表すると、中国メディアも即座にこれを報じた。記事では、放出の間に行われた一連のモニタリングで問題のある値は一切出てなかったことには触れず、依然として「核汚染水」という用語を使っている。

こうした記事に対し、中国国内では批判のコメントであふれた。「世界から日本はなくなってもいいが、海はなくなってはいけない」「一生、日本を許さない」「あと30年も続くのか…」「断固として日本を排除し、日本製品を排除する。日本産の食品すべてを輸入禁止にしてほしい」…。

■放出前から始まった“対抗措置”  人気の「おまかせ」にも影響

中国は、2011年の東日本大震災以降、福島県や東京都など10都県からの全ての食品の輸入を停止していた。しかし、北京の日本料理店からは処理水の海洋放出が始まる1か月以上前から「北海道のホタテに四国のタイも…なぜか税関検査が通らない」と嘆きの声が聞こえてきた。

実は中国は対抗措置の一環として、水面下で日本全国の水産物の放射線検査を実施し、税関検査に時間を要していたのだ。

近年、中国では、日本料理の「おまかせ」コースが人気を博している。北海道のホタテ、青森・大間のマグロを頰張る写真がSNSに投稿され、日本円で一人あたり4万円の値段設定もお構いなしの人気ぶり。日本の海鮮は「美味・安心・安全」が代名詞だった。

しかし、この日本の海鮮が一気に逆風にさらされることになった。7月、日本から輸入したホタテは、前月に比べ97%も減少した。日本の水産物を輸入する業者は肩を落とした。「手元に届くまでに通常の5倍以上、日数がかかり、注文していた300の魚のうち、販売できる状態だったのはわずか10点。損失は4000万円以上だ」

影響は魚類だけに留まらず、処理水の放出前から中国の市場では“日本外し”が加速した。納豆のたれには「かつおエキス」、アイスクリームには「海洋深層水」が入っていると判明すれば、その時点で税関でストップの判断となり、結局、廃棄処分になってしまったという。

■焦り!?…危険性あおるキャンペーン報道で“孤立回避”に躍起

IAEA(国際原子力機関)は「ALPS処理水は、科学的根拠に基づき安全基準を満たしている」と評価。さらに隣国・韓国の尹錫悦大統領も理解を示したことなどから、気づけば中国だけが突出して批判している構図になっていた。

しかし中国は国営メディアを通じて、世界各国が批判しているかのような演出に躍起になった。中でも印象的だったのは、日本から遠く離れたペルーの漁師の声を紹介し、「南米でも放出に反対の声が上がっている」とアピールした動画を放送した、スタジオのキャスターが「“核汚染水”の放出方法をめぐり、日本の世論調査で岸田内閣の支持率が底をついた」と報道した点だ。

また海洋放出が始まった8月24日前後から、中国のSNSではある動画が話題になった。中国の清華大学の研究者らが調査した「核汚染水が240日後に中国沿岸部に押し寄せる」とする研究データだ。

北京の海鮮市場で牡蠣を売る男性でさえ放出翌日にはこの“研究データ”の数字を知っていた。男性は「200数日で中国に到達するなら、商売はもうおしまいだ」と怒りに声を震わせた。中国の官製メディアを通じた宣伝の結果、14億人もの人々が猛スピードで“危険な印象”をすり込まれていく…。私はそら恐ろしさを覚えた。

一方で「処理水を心配する必要はない」といった冷静な意見は、SNS上ですぐに削除。処理水の安全性を科学的に説明しようとする声も検閲の対象になっているとみられる。当局の情報操作は徹底していた。

■科学的根拠のない嫌がらせが横行…迷惑電話に抗議動画 習近平政権も黙認か

「モシモシ!」。片言の日本語で始まる「+86発信」の迷惑電話は、処理水放出の直後から日本全国で確認された。しかし実は、中国に滞在する日本人なども同様の仕打ちにさらされていた。中国にある日本料理店に「日本の食材を一切使うな」と嫌がらせ電話があったかと思えば、寝具を扱う日系企業にも「日本産の材料を使っているのか」など問い合わせがあったという。

さらにSNS上には「殺すぞ! 爆破するぞ!」などと日本各地へ抗議電話をしたとする動画までが多数、投稿された。検閲の厳しい中国でここまで投稿が広がるということは、習近平政権も黙認しているということになる。

中国では今、若者の失業率が過去最悪となっているほか、SNSでの発信が統制され、自由も制限されるなど、国内のさまざまな不満がくすぶっている。こうした国民の鬱憤(うっぷん)を晴らす場として“日本の処理水放出”を利用したようにも見える。

■相次ぐ“誤算” 「中国経済に裏目に出るとは…」

「8月はジェットコースターに乗った気分だった…」、日本への団体旅行を取り扱う担当者が口にした言葉が、とても印象的だった。8月中旬、コロナ禍で制限していた日本への団体旅行が3年半ぶりに突如、解禁になった。かと思えば、2週間後には処理水放出の影響で日本への航空券の予約はキャンセルが目立つようになる。解禁になったばかりの団体ツアーも、参加人数が足らずにプラン自体が打ち切りに。訪日客の減少は、中国の航空会社や旅行会社に大打撃となる。担当者は「経済の落ち込みを食い止めるために団体旅行を解禁したものの、報道の影響力が想像以上だったのではないか。中途半端に解禁しないでほしかった」と肩を落としていた。

また、中国人の漁師や水産業者へのダメージも大きい。日本の水産物を拒絶するだけでなく、海流に乗り中国産の魚にも影響が出ることを心配した国民の“魚離れ”が加速してしまい、中国各地で魚が大量に売れ残っているという。

当初は処理水への「猛反発」や「キャンペーン報道」で日本にのみダメージを与えるつもりが、結局、自国の水産業にも火の手が及んでしまっている。

■悪質なデマが拡散 自制の呼びかけも“イヤミ節”



中国のSNS上では、処理水放出とは関係のない映像を使ったフェイク投稿や、あたかも関係あるかのように結びつけたデマ情報が次々と拡散された。

「処理水の影響で、日本各地の魚や動物が突然変異した」「放出以降、日本各地で地震が頻発」、さらには『東京のスーパーで刺し身を値引きしたが売れ残る。日本人も海鮮を食べない」といった記事も。しかしその動画を見ると、閉店時間が近づいた際に「値引き」が始まったばかりのタイミングを切り取っているようにも見える。

■迷惑電話やSNS上のデマ いまさら取り締まれば…“弱腰”印象を懸念?

8月31日、東京電力が採取した海水で初めてトリチウムが10ベクレル検出された際、中国共産党系のメディアは「わずか数日で大幅に濃度があがった」と強調した。一方で、それが環境基準値の6000分の1だったことは伝えていない。

さらに日本の水産庁が採取した魚に異常がみられなかったことも「サンプルの魚はたった2匹だった」と対象が少なすぎると強調する表現で伝えられた。これを受けてSNS上では「この2匹を探すのに日本政府は苦労しただろう」と揶揄(やゆ)する声も相次いだ。

ただ、迷惑電話などの行為が大規模な抗議デモなどへと発展していくことを警戒したのだろうか。中国当局も少し、歯止めをかけ始めた。中国共産党系のメディアは8月下旬の社説で自制を促す文章を掲載した。ただしその理由は「日本はいじめの被害者の形を作って、同情を獲得している」という独特なもの…。日本を罰しようという行為が、かえって日本を利することになるからやめよう――という理屈だ。記事では「極端な感情をあおる発言には気を配る必要がある」とも書かれていたが、中国国内の人々の極端な怒りを中国メディアの報道が散々あおってきた現状を見た後だったので、複雑な気分になった。

■放出には反対も…“ばかげた国民と一緒にしないで” 冷静な声も

処理水の放出自体には、依然、およそ8割の国民が反対している印象だ。「安全なら日本人が処理水を飲んでみろ」など批判的な声もあれば、海洋汚染を懸念してスーパーマーケットで食塩が品薄になった際は、取材中、男性客から「日本人のせいだ」と怒鳴られたことがあった。

しかし、何よりも不気味だったのはこの間、当局がわたしたちを先回りする形で取材妨害の手を打ってきたことだ。取材先にインタビューの約束をした後、私たちが実際に訪ねようとすると、その直前に当局者とみられる人物から取材先に圧力がかかるようになったのだ。「日本メディアから何の取材を受ける予定なのか」「あなたの店が入る建物の管理会社の許可がなければ取材を受けてはいけない」といった連絡が取材相手に入ったという。取材の約束は電話などで主に日本語で行っていたのだが、どのように中国当局が把握したのかわからない分、非常に不気味に感じた。当局は日本メディアによる処理水放出をめぐる報道にも神経をとがらせているようだ。

   ◇

中国の友人が処理水について、私にこう語った、「中国人には3つの“あん”がある」。

1つ目の“あん”は「暗示」。メディア報道によって処理水が危険だと暗示にかけられているのかもしれない…と内心分かっている国民もいるという。

2つ目は「安全」。日本人が日本各地でおいしそうに刺し身を食べているから安全なはず…と、どこかで理解しているという。

3つめは「安心」。科学的に問題ないことは頭では理解できても、なんとなく不安な気分は残る。「安全」と「安心」は違うんだとも話していた。

中国の国民に根強く浸透した、処理水への不安。改めて痛感したのは、メディアの影響力の大きさだ。

香港メディアは「日本の国旗が爆売れ! 踏みつけ動画も相次ぐ」といったタイトルとともに、日本国旗を足ふきマットなどに利用する中国国民が増え、販売量が急増したと報道した。しかし実際は中国国内で騒ぎになっておらず、反日運動を助長するかのような動きも一切見られない、事実とは異なるニュースだ。

「岸田首相が食中毒で入院しているんだろう?」と私たちに大真面目に聞いてくる水産業者もいる。そんな彼らの表情を見て、「報じ方1つで、デマもまるで“真実”のように伝わってしまう」と恐怖すら感じた。

多くの中国の人々は連日、洪水のように繰り返された“アンチ処理水報道”によって、漠然とした不安は長く残ってしまう可能性がある。ただ、迷惑電話や不買運動まで支持する人たちは周囲にはいない。街で聞いても「あのような行為は恥ずかしい」と冷ややかな声が多く聞かれた。

今も日本料理や日本の商品を好む中国人は多い。せめて処理水の海洋モニタリングの結果などは正しく伝わるようになり、中国の人々が冷静に事象を見ることができるようになる時期が早く来ればと切に願っている。