【コラム】アメリカ大統領選 “ハリケーン対応”が勝敗の分け目? 激戦州ノースカロライナの被災地を歩く(前編)
アメリカ国内で200人以上の死者を出した、ハリケーン「へリーン」の上陸からまもなく1か月。うち96人が死亡した最大の被災地であり、大統領選挙の激戦州であるノースカロライナ州を訪れた。現地で見た被害の甚大さと、復興への見通しは?
(NNNニューヨーク支局長・気象予報士 末岡寛雄)
■今も色濃く残るハリケーン「へリーン」の爪痕
アッシュビル空港を降りて車をおよそ20分走らせると町の中心部に近づく。秋晴れの10月下旬の日曜の昼下がり、大音量で音楽が鳴り響くパブの横を通りすぎ、川沿いの道へと下ると周辺の景色が茶色に一変した。道路の両脇にがれきが積み上げられ、商店には人影が全くない。
近くにあった期日前投票所にいた地元の人に話を聞くと、「スワンナノア川」に沿った地域の被害が甚大だという。地図を見てみると、スワンナノア川はアッシュビル中心部を貫く川の支流。合流ポイントに足を運ぶと、巨大な木々がなぎ倒れていた。大雨で本流が増水したことで、支流の流れがせき止められて氾濫する「バックウォーター現象」が起き、一面水浸しとなり被害が広がったと考えられる。
合流ポイントから支流沿いに上流へ車を走らせた。道の両側にはガレキが積みあげられ、タイヤから土埃が舞う。およそ30分後、合流ポイントから16キロ上流にある川の名前を冠した町「スワンナノア」に着くと、川沿いにある住宅地は壊滅的な被害を受けていた。災害から1か月が経過したが、家や泥だらけの車が今も放置されたままになっている。住宅街の狭い道路には重機が入り、流された家の残骸をひっきりなしにトラックに積み込んでいた。
■トランプ前大統領 “ガレキの前”で復興をアピール
そのガレキが積み上がる町を、トランプ前大統領は10月21日、選挙運動を行うため訪れた。早朝の秋晴れの澄み渡った空の中、崩れた住宅や流された車が広く見渡せる“絶好の場所”にトランプ氏用の演台がポツンと設置され、主の到着を待っていた。
アパラチアの山々に囲まれた町は一日の気温差がすごい。朝の気温は3度でマフラーとコートが必要な寒さである。それが日が高くなるにつれ、気温は20度まで上昇。マフラーとコートを脱ぎ捨てると上空に警備のヘリコプターが旋回し始め、トランプ氏の黒塗りの車列が我々の視界の先に入った。
沿道には地元の被災者ら数十人が集まっている。主役のトランプ氏の到着にも歓声は起きない。沈黙が支配する中、トランプ氏の車は演説場所の空き地へと到着した。銃撃事件以来の警備の関係か、沿道からトランプ氏の姿は全くうかがい知ることはできない。被災者らの前に歩みよったり手を振ったりすることもなく、ガレキの前に設置された演台に向かった。トランプ氏はテレビカメラに向かい、自身が大統領になった暁には災害復興を約束すると述べるとともに、与党・民主党の災害対応への批判を展開してアピール。沿道に詰めかけた人は皆、スマートフォンのライブ配信に聞き入っていた。
■トランプ氏が返り咲けば…今、一番必要な「家」が買える
トランプ氏を見るために駆けつけたというヒスパニック系移民の男性と出会った。家族・親戚10人以上で暮らしていたトレーラーハウス14台がハリケーンで全て流されてしまい、今は教会の牧師宅の地下ガレージで他の家族とともに身を寄せ合って暮らしているという。
男性が今、一番必要だと語ったのは、家族で暮らす「家」。インフレのせいで物価が上がり、家を借りるお金もない。「トランプ氏が大統領になれば、家が買えるようになる」とトランプ氏への期待をにじませた。男性はすでに期日前投票を終え、トランプ氏に票を投じたという。
■アメリカの避難所…日本との“意外な違い”は?
男性と別れた後、被災地のアッシュビルにある最大規模の避難所を訪れてみた。見本市やイベントで使われる巨大な倉庫のような建物の中にベッドが並べられ、被災者およそ150人が身を寄せて生活を送っていた。
日本の学校の体育館に設置される避難所とは違い、隣との間隔は十分とられている。そのせいか、段ボールの仕切りなどは全くなかった。担当の赤十字ボランティアによると、ピーク時は300人が利用していたのが、1か月で半分に減ったという。仮設住宅も少しはあるそうだが、ほとんどの人は避難所から近隣のホテルなどに入るのだという。避難している人の水や食料などの物資は潤沢にあるが、洋服などを購入するための寄付金が欲しいと現状を話してくれた。
避難所の前には“臨時のバス停”が設置されていた。一日4本、連邦緊急事態管理庁(FEMA)の臨時オフィスへのバスが出ているという。配車アプリ大手「ウーバー」とも契約し、車を失った被災者が買い物、投票、復興のための手続きに不便がないようにしているという。
連邦緊急事態管理庁の臨時オフィスは学校施設を借り上げて運営されていた。仮設のテーブルが備え付けられていて、被災者にとって必要な保険の申請書類、免許の再発行、証明書類などをワンストップで対応できるようになっている。一日200人ほどの被災者が訪れているという。ハリケーンの被害は、大統領選挙にどの程度のインパクトを与えるのか。
<後編へ続く>
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■筆者プロフィール
末岡寛雄
NNNニューヨーク支局長。「news every.」「news zero」のデスクやサイバー取材などを担当し、災害報道にも携わる。気象予報士。趣味は音楽鑑賞。