新型コロナ起源調査へ 次々新説(下)
新型コロナウイルスは、いつどこから始まったのか。アメリカと中国の間で陰謀論のような応酬が繰り広げられるなど、政治的な思惑も交錯する中、中国では「冷凍食品による流入」説などが広がっている。しかし、政治的な思惑も交錯する中、その解明は置き去りにされている。
(NNN中国総局 富田徹)
※「新型コロナ起源調査へ 次々新説(上)」から続く
■海鮮市場初期患者は“国産エビ”を売っていた
WHO(=世界保健機関)で危機対応を統括するライアン氏は「この新型ウイルスが中国から発生したのではないとするのは、非常に推測的だ」と述べた。WHOも含め、「冷凍食品による流入」説は今のところ中国を除いて主流になっていない。最大の理由は、海鮮市場を含む武漢での感染初期の状況がはっきりしないからだ。
私たちは武漢で19年12月11日に発症したという女性に出会った。彼女は武漢市が12月31日に初めて「原因不明の肺炎患者」として挙げた27人のうちの1人だ。中国当局が認定する最初の発症者は19年12月8日に発症したという患者だったが、海鮮市場には訪れていないという。このため、中国メディアは一時、私たちが会ったこの女性が海鮮市場で最初に発症した患者だと伝えていた。
彼女の話によると、女性は確かに海鮮物を扱っていた。ただ、冷凍食品ではなかった。中国国内で捕れた生きたエビを売っていたという。
つまり、海鮮市場で初期に発症した患者は海外から輸入した冷凍食品を扱ってはいなかったのだ。もちろん、これだけで冷凍食品説を否定することにはならない。中国の専門家の研究では、12月上旬に発症し、女性と同じように海鮮市場に関わっていた別の患者がいるとの報告も行われている。ただ一方で、私たちの取材では冷凍食品説を後押しする証拠がみられなかったことも事実である。
■中国の狙いはどこに?
WHOのライアン氏はこうもいさめている。
「ヒトへの感染が始まった場所の調査なしに起源を推測するのは最良の道ではない」
しかし、国際機関による調査が進まない中で、中国政府はじわりと国外からの流入説をにじませつつある。20年12月2日の外務省報道官の会見でも「ウイルスは世界の多くの場所で発生するものだ」と述べた。
今後、中国政府はますます中国以外の冷凍食品から武漢に持ち込まれた説を声高に主張し始めるのか。ただ、この国はそんなわかりやすい方法は選ばないだろう。
政府の公式見解は今も「新型コロナ起源の問題は科学的な調査と研究にゆだねるべき」という線を一歩も出ていない。
中国としては、アメリカのトランプ政権などが繰り返してきた「中国起源のウイルス」との批判に反論できる材料ができれば十分なのではないだろうか。これに加えて中国国内、そして世界の人々の意識の中に、中国起源以外の可能性を少しずつ浸透させて行けば十分な成果だと考えているのではないか。
■WHO調査へ…現場はすでに“消毒済み”か?
21年1月に中国で始まる見通しのWHOの調査は、このコロナ起源論の方向性を定める手がかりを見つけることができるのか。
日本の専門家は「調査が中国主導で行われれば何もわからないだろう」と話した。玉虫色の今の状態が中国にとって望ましいものだという。さらに「華南海鮮市場内の調理器具や下水、さらに近隣の動物まで全て調べるのが普通」といい、消毒が行われていたら解明は進まない、との懸念を示した。
私は11月に武漢を訪れた時、もう一つ印象的な光景を目にした。1月に閉鎖された華南海鮮市場の今の姿だ。フェンスで閉め切られ業者たちは荷物の持ち出しを禁じられるなど、現状保存は行われていると思っていた。しかし、私たちが訪ねた日に、市場の中から消毒器具をもった清掃スタッフたちが出てくるのを目撃した。私たちが中に何か残っているのか聞くと「少しずつ掃除している。海産物などは残っていない。全部消毒している」と話した。また作業が5月頃から始まっていたことも明かした。
つまり、今後WHOの調査団が海鮮市場を訪れたとしても、片付けと消毒を終えた現場しかみられない可能性がある。事前に中国側の手で調査は行われているのだろうが、詳細な資料開示が行われる保証はあるのだろうか。
ウイルス起源の問題は、トランプ政権も中国批判に利用しようとした面も否めない。アメリカのポンペオ国務長官は5月、ウイルスが中国・武漢の研究所から流出した可能性について、一旦は「多くの証拠がある」と述べたが、その後、証拠を示せないまま「確信がない」として主張を取り下げた。
各国の思惑が交錯するまっただ中でWHOの調査は始まろうとしている。政治問題化した状況で調査が十分に行えないことを専門家たちは懸念している。
世界中の多くの人々の命を奪い、日常を一変させたウイルスがいつどのように誕生し広がっていったのか、世界中の人々はその真相だけを知りたいと思っているはずだ。