北朝鮮「三重苦」でも存在感強める金与正氏
経済制裁、相次ぐ水害、新型コロナウイルス。北朝鮮にとって2020年は「三重苦」の年だった。国内の問題が山積する中でも、対外的な存在感を強めている人物がいる。朝鮮労働党・金正恩(キム・ジョンウン)委員長の妹、金与正(キム・ヨジョン)第1副部長だ。
■体制批判のビラに激怒 南北の象徴爆破を予告
2020年3月、与正氏は北朝鮮メディアを通じて初めてとみられる談話を発表。飛翔体を発射したことについて「自衛的な行動だ」と主張し、懸念を表明した韓国に反発した。この談話の発表で、公式的にも重要な立場にあることが示されたかたちだ。そして、2020年6月に出された新たな談話によって存在感を強めることになる。
2020年5月末、韓国の脱北者団体が、北朝鮮側に体制批判のビラを散布した。これに対し、与正氏が発表した談話の表現は強烈だった。「人間の値打ちのないくずのような連中が、最高尊厳にまで触れ不作法に振る舞った」ビラが「最高尊厳」つまり、金委員長を批判している点を強い言葉で非難した。そして、後日再び出された談話では「連中と決別する時になった」とビラを巡る韓国側の対応を批判。その上で「近く跡形もなく崩れる悲惨な光景を見ることになる」と北朝鮮の開城(ケソン)にある南北共同連絡事務所の爆破を予告したのだ。そして、この3日後、北朝鮮は実際に南北融和の象徴である連絡事務所を爆破した。
北朝鮮としては予告通りに爆破することで、与正氏の権威を高める狙いもあったとみられる。だが、与正氏は翌7月に米朝関係についての談話を発表して以降、沈黙を続けることになる。
■軍事パレード演出を担当 国政全般に関与
2020年10月10日、朝鮮労働党の創立記念日に大規模な軍事パレードが開かれた。2020年は党創立75年となる節目の年。新型のICBM(大陸間弾道ミサイル)や新型のSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)が公開されたが、今回はこれまでとは異なる演出が多かった。
真夜中の開催で、ライトアップされた戦闘機や花火を用いたショーを披露し、華やかさを演出。撮影にはドローンや小型カメラとみられる機材などを使用し、生中継ではなく非常に作り込んだ録画映像として放送した。軍事パレードをより効果的に国内に対して知らしめ、国民の士気を高める狙いがあったとみられる。
翌月、韓国の情報機関は創立記念行事について、与正氏が統括する役割を担当したとの分析を明らかにした。つまり、異例ずくめの軍事パレードは、与正氏の演出だったというのだ。金委員長は、2020年8月に党の創立記念日は「特色あるものにするように」と指示を出していて、「最高尊厳」である金委員長からの指示を妹の与正氏が具現化したことになる。党創立75年という北朝鮮にとって重要な記念行事を任されたとみられている与正氏。韓国の情報機関によると、外交や安全保障だけでなく、国政全般に関与するようになっているのだという。
■コロナ対策批評に「妄言」約5か月ぶりに…
一方で、対外的には沈黙を続けていた与正氏。その与正氏が2020年12月になって、およそ5か月ぶりに突如、談話を発表する。韓国の康京和(カン・ギョンファ)外相を名指しし、こう述べた。「我々の非常防疫措置についてせん越にも批評した」さらに康外相の発言を「妄言」だと非難した上で、「我々はいつまでも記憶し、正確に計算に入れる」などと強硬措置をとる可能性もにじませた。
北朝鮮が非常に力を入れているとされるのが、新型コロナウイルス対策だ。世界的に感染が拡大している中で、北朝鮮は感染者はゼロだとの主張をくり返している。この“感染者ゼロ”という主張に対し、康外相は国際会議の場で「信じがたい」と発言。さらに“感染者ゼロ”にもかかわらず、対策に集中しているのは「少し奇妙だ」などと指摘していた。
北朝鮮メディアは金委員長が直接、指示を出し、新型ウイルス対策を強化していることを報じていて“感染者ゼロ”は、いわば「最高尊厳」である金委員長の功績。それを否定する情報は絶対に許せないということで、与正氏が久々に登場し強い言葉で非難したとみられる。韓国メディアは、与正氏が金委員長の「アバター」、つまり、分身として怒りをあらわにしたとも伝えている。それだけ、金委員長からの信頼が厚いと言える。
■5年ぶりの党大会 与正氏の役職引き上げか
北朝鮮は、2021年1月に最高指導機関と位置づける党大会を5年ぶりに開催する予定だ。金委員長はこの場で新たな「経済発展5か年計画」を示すと表明している。韓国の情報機関はこの北朝鮮にとって重要な党大会の場で、与正氏の役職が引き上げられる可能性があると分析している。
党大会では、2020年に相次いだ水害からの復興や新型ウイルス“感染者ゼロの成果”を強調するとみられる。また、北朝鮮はこれまでアメリカのバイデン次期大統領について言及していないが、党大会で米朝交渉など対外政策の新たな方針が示される可能性がある。
ただ、これまでトランプ大統領との関係に頼ってきた北朝鮮は、対米政策の練り直しに苦悩しているとの見方もあり、どれだけ具体的に示すのかは不透明だ。
2021年、新たに動き出すとみられる北朝鮮。存在感を強める与正氏がどのような役割を果たしていくのか注目しなければならない。