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中国の若者に広がる“寝そべり主義”とは

2021年6月5日 20:56
中国の若者に広がる“寝そべり主義”とは

今、ある言葉が中国のインターネット上で広がりをみせています。それが「タンピン」です。(タンは身へんに尚 ピンは平)元は中国語で「横たわる」という意味ですが、“あえて頑張らないライフスタイル”を意味するキーワードとして使われ始め、若者の間に流行し社会現象になっているのです。

■SNS投稿から社会現象に 若者の支持広がる

発端はことし4月、あるネットユーザーが中国で人気のSNSに投稿した「タンピンは正義だ」と題する文章でした。

「2年以上仕事がなく、ずっと遊んでいるけれど、私は何も間違っていない。いつも周囲との比較や伝統的観念から圧力を受ける。人間はそうあってはならない」。

さらに、自らを古代ギリシャの哲学者と重ね…

「私はディオゲネスのようにたるの中で日光浴をし、ヘラクレイトスのように洞窟で“ロゴス”について思考することができる」

そして、こう締めくくりました。「“タンピン”は私の賢明な行動です」。

投稿された文章は、仕事や結婚などあらゆる場面で圧力を受ける現実から逃れ、タンピン、つまり、何もしないで“横になっている”ことこそ人間の正しい姿だと主張したのです。

その後、投稿は削除されましたが瞬く間に拡散し、今も中国の若者の間で大きな反響を呼んでいます。

「タンピンさえしていれば資本は我らを搾取できない」

「タンピンは新時代の非暴力・非協力運動だ」

いつしか元の投稿者は、“悟り”を開いた「タンピンの達人」などと呼ばれ、ネット上には、競争せず、頑張らず、欲張らず、ストレスのない生き方をうたう「タンピン主義」や、「タンピン学」「タンピン族」という言葉まで出回るようになりました。

これまで経済の右肩上がりが続いてきた中国では、猛烈に働き地位や財産を得て裕福な家庭を築くことが人々の目標となってきました。

しかし、低賃金や「996」(朝9時から夜9時まで、週6日勤務)とよばれる過酷な勤務などが社会問題化。「90後」「00後」(それぞれ90年代と2000年代生まれ)とよばれる世代には、親が望む出世や結婚などに関心をもたない人が増えており、「タンピン」はそうした若者たちの心をとらえたのです。

■共産党系メディアは批判 広がる若者との温度差

一方、中国共産党系の新聞などは相次いで論評を掲載。広東省の『南方日報』は先月、「タンピンは恥だ。正義感はどこに?」と題し、厳しく批判しました。論評では、「地下鉄の混雑、住宅価格の高騰、熱心な教育…若者のプレッシャーや混乱は想像に難くない」と一定の理解は示しつつも、「中国では勤勉である限り自己実現ができる」として、次のように強調しました。

「奮闘すること自体が一つの幸福であり、奮闘する人生こそが幸福な人生だ」。

「奮闘」は、習近平国家主席が発言の際にたびたび使ってきた言葉の一つです。国営新華社通信のウェブサイトは、「新時代は奮闘の時代」と記し、“心に響く金言”として習主席の奮闘語録を紹介しています。

「全ての偉大な成果はたゆまぬ奮闘の結果」「強者は常に挫折から奮起し、気落ちすることなどない」「奮闘する人生こそが幸福な人生だ」

党指導部が繰り返し呼びかける「奮闘」という言葉に、「タンピン主義」を掲げて背を向ける若者たち。両者の間にはあきらかな温度差がうかがえます。

中国では近年、就職難や都市部の物価の高騰など、これから社会に出る若者たちをとりまく環境は厳しさを増しています。また、若者たちの発信やコミュニケーションの場であるはずのSNSも、当局により厳しい情報規制が行われており、若い世代には閉塞(へいそく)感も漂っています。

さらなる成長路線でアメリカと肩を並べる経済大国への道を突き進もうとする習近平指導部。しかし水面下では、社会に疲弊した若者たちの“静かな抵抗”が広がりを見せ始めています。