知られざる「東海道新幹線」 “ママさん運転士”に密着……マル秘テクの「頭の中」 真夜中のレア現場にも潜入!『every.特集』
1日356本が走る東海道新幹線。子育て真っ最中のママさん運転士らに密着し、そのマル秘テクや家族の支えを目撃しました。さらに、10年ぶりに行われた深夜のメンテナンスの一部始終も取材。ニッポンの大動脈を守る仕事人たちの、知られざる舞台ウラです。
ニッポンの大動脈である東海道新幹線。1日に356本(2022年度)もの列車が緻密ダイヤを守り、運行しています。その最前線を担うのが運転士です。運転席では、どんなことが行われているのでしょうか?
朝9時の東京駅。運輸所と呼ばれる部屋に、3人の女性が集まっていました。「本日は639Aから乗務いたします。お体が不自由なお客様が639Aで、東京〜新大阪でご乗車になります」「キーが3点です」「3点よしです」。入念な準備をしています。
3人は、1時間半後に出発する東海道新幹線に乗務するクルー。全員が子育て中のママさんという共通点があります。
JR東海に入社して13年目の車掌、橋本紗登子さん(32)さんは「3歳の息子が1人います」。入社17年目の車掌長、九里あかねさん(37)は「小2の娘と5歳の娘、2人おります。みんなで助け合って頑張ってやっています」と笑顔を見せます。
運転士歴7年で入社14年目の松本実香さん(35)は「5歳の娘が1人います」。東海道新幹線の運転士は、約900人。そのうち約80人が女性で、20年前の4人から20倍になっています。
この日松本さんが操るのは、10時33分に東京を発車する「ひかり639号」。新大阪行きの名古屋まで乗務します。車両がホームに着くと、運転席へ入ります。
すぐさま、「ブレーキハンドル非常位置!」とチェックを開始。機器類に不具合がないか、信号、表示灯類、ブレーキ圧力、パンタグラフなど50以上ある点検事項を声を出しながら、指さし確認していきます。
その頃、車掌の橋本さんは、安全チェックと出発時刻を確認した後、車掌室へ入りました。
出発時刻の10時33分になりました。「信号60、戸じめ点、発車時刻33分15秒、時刻よし」と松本さんは声を出し、列車が動き始めました。
新幹線の運行は、秒単位で決められています。運転は、手前に引くと加速する「マスコン」と呼ばれるアクセルと、8段階のブレーキで行います。
出発直後、まずチェックするのがブレーキの利き具合だといいます。「列車によってもブレーキ力が違いますし、お客様の乗っている人数によっても変わるので」。松本さんは、インタビュー取材にそう教えてくれました。
1つ目に停まる品川駅で、その具合を見極めなければなりません。ブレーキの状況を確かめながら、品川駅に到着です。「10秒延着」と時刻を確認する松本さん。10秒遅れでの到着となりました。秒単位の到着を、停車するすべての駅で繰り返します。
こうした運行を支えるのが、頭の中での計算です。「暗算で次の駅までの時間と距離を(もとに)、今平均何キロで走ればいいかを計算しながら走行しています」と松本さんはインタビューに語りました。
次の駅までの残りの距離から、予定時刻に到着するよう、暗算で常に最適なスピードを割り出します。秒単位の運行は、緻密な計算があってこそです。
とはいえ、松本さんの頭の中は、スピード重視ではありません。「お客様の乗り心地を考えて、無駄なブレーキを極力かけないように」と心がけているそうです。
刻々と変わる制限速度をすべて記憶し、速度が制限される場所に差しかかる前にスピードを落とします。例えば制限時速275キロの場所なら273キロに抑えると、自動ブレーキがかかりません。そうした細かな運転が、安定した、乗り心地の良さにつながるといいます。
些細なことでも異変に気付いたら即対処しなければならない緊張感と、暗算。それを繰り返しながら、名古屋駅に到着しました。線路脇にある停止位置目標と、運転席にある目印がピタリ。「5秒早着」と松本さん。定刻の5秒前、12時13分55秒に到着しました。
松本さん
「本当にやりがいのある仕事だと思います。特に年末年始でお客様が多く乗られている時は、今からこの方々が大切な人に会いに行くんだなと思うと、気が引き締まります」
名古屋でこの日1回目の乗務を終え、次の乗務に向けてスタンバイします。
一方、車掌の橋本さんは休憩を挟み、折り返し東京へ向かいます。橋本さんは、夫と3歳の息子の3人家族。子どもがまだ小さいため、育児社員用の泊まりのない勤務(日勤行路)を選択しています。
橋本さん
「開通よし! ブザーまるトよし!」
東海道新幹線の車掌は、約500人。そのうち約100人が女性です。車内を預かる責任者はいつ何があっても冷静に対処できるよう、イメージトレーニングが欠かせないんだとか。
橋本さん
「お客様にご案内いたします。この列車は、ただいま途中の小田原駅を時刻通りに通過いたしました」
橋本さんと運転士の松本さんは、大阪出身。よく、子育て話に花が咲くそうです。
橋本さん
「怒ります? 家で。お子さんに」
松本さん
「怒る怒る」
橋本さん
「関西弁で怒るんですか?」
松本さん
「家やったら関西弁やから、出てるかもしれん。息子さんは、新幹線は好き?」
橋本さん
「新幹線は好きです。パパが運転してる列車にも乗ったことあるし、将来は『運転士さんになる』って。夫が喜んでます」
休憩中、関西弁を交えた2人のトークが盛り上がります。
車掌の橋本さんとは異なり、運転士の松本さんは泊まりのある勤務を選択しています。泊まり明けの松本さんに話を聞きました。
出勤は前日の午前11時でした。東京~新大阪を往復した後、東京から三島まで乗務。三島で宿泊し、この日は東京まで車掌を務め、デスクワークをしてきたといいます。
松本さん
「今から娘を迎えに行って、帰宅して、ご飯作って、お風呂に入れて、寝かしつけるって感じです」
夜、自宅にお伺いすると、「こんにちは〜」と可愛いお出迎えが。夫の将さん(38)と、長女のめいちゃん(5)が待っていました。
夫の将さんと松本さんは8年前に職場結婚。松本さんは出産・育休を経て4年前、31歳の時に、夫の後押しもあって現場に復帰しました。
共働きのため、家族の時間をいかに作るかを常に考えているといいます。松本さんはキッチンに立ち、「作る時間があまりないので、30分以内を目指してできる料理を作っているという感じですよね」と言います。
子育てはもちろん、掃除・洗濯など家事全般は、夫婦で分担しています。
車掌時代、運転士の姿を見て「私も新幹線を運転したい」と、その道を目指した松本さん。現場に復帰すると決めたのは、めいちゃんが2歳になる直前でした。
「妊娠して産休・育休に入る前から、新幹線の運転士に戻りたいなという気持ちはずっとありましたね。でも家族の協力がないと、やっぱり復帰できないので…」と松本さんは振り返ります。
夫の将さんも仕事上、帰宅が遅いことも多いといいます。松本さんが泊まりの日は、めいちゃんをおばあちゃんに預けていますが、当初は大変だったんだとか。
将さん
「復帰当初はずっと泣いていました。『寂しい』って言って。祖母の所へ連れていくのも一苦労でした」
――ちょっと前は悲しかった?
めいちゃん
「うん」
将さんは、当初から妻の復帰に賛成でした。
「新幹線の運転士は限られた人しかなれない仕事だと思ってますし、なりたい人も多くいる中で、やれるチャンスがあるんだったら復帰してほしいなと、僕自身思っていました」
「家族が協力できる範囲で復帰が可能であれば、後押ししたいなという気持ちではいました」
直近の2週間だと、松本さんの泊まり勤務は2回ほど。運転士にカムバックしたママを、めいちゃんはどう思っているのでしょうか。
――お仕事を続けているのはいいですか?
めいちゃん
「いい!」
――やめないでほしいですか?
めいちゃん
「うん!」
松本さん
「娘への愛情はやっぱり…」
めいちゃん
「たっぷり〜」
松本さん
「たっぷり注いで、後悔しないようにはしたいですね」
松本さんには日々、肝に銘じていることがあります。「日本を支えている乗り物を運転させてもらっているので、誇りに思って、正確に安全に皆様が安心できるように今後も運転していきたいと思います」
運行の現場で安全を支えるプロフェッショナルがいる一方、ハード面で安全を守る仕事人たちもいます。
最終電車が走り去った、午前0時前。静岡・湖西市のとある場所に、28人の男たちが集いました。彼らはメンテナンスのスペシャリストたち。深夜に人知れず行う作業は、始発が走る前までに終わらせるのが絶対条件です。
向かったのは、新幹線が走り去ったばかりの線路。「保守用車接近です」「接近!」。やって来たのは、黄色と水色にペイントされた車両。それが、何台か連なっています。
この日のミッションは、高度な技術と、28人のチームワークが不可欠な特殊なメンテナンスといいます。
移動すること約10分。保守作業用の車両が止まりました。車両の上に登ると、コルク栓のような、大きなドラムのような物体が見えました。
新幹線鉄道事業本部・豊橋電気技術センターの長谷悟所長
「あれはトロリ線になります」
パンタグラフが接触することで、電車に電力を供給するトロリ線。これから始まる作業は、数年に一度行う、トロリ線の張り替え工事です。この区間では10年ぶりといいます。
連なっていた作業車両が少しずつ離れ、それなりの距離を保ち始めました。この日張り替えるトロリ線は、1本の長さが1500メートルです。
長谷所長
「(1台ずつ)それぞれ役割がありまして、6台が連なって作業を行っています」
新品のトロリ線を積んだ1号車が動き出しました。その後を、張り替えを担う2号車が追いかけます。その2号車の作業員は、トロリ線を吊るす「架線」にヒョイヒョイと何かを付け始めました。
「新しいトロリ線を、仮ハンガーを使って仮置きをしている状態になります」と長谷所長。2号車の作業員は移動しながら新しいトロリ線をS字ハンガーで架線に引っ掛け、まずは仮置きをしていました。
約50メートル間隔でトロリ線を支える支柱があるため、頭がぶつからないよう、巧みにかわしながらの作業です。
続く3号車の作業員は、仮置きした新しいトロリ線にわずかでもねじれがないかを触りながら確認する役割です。20分後、新しいトロリ線1500メートルの仮設置が完了しました。
次に始まったのが、仮設置したトロリ線を伸ばす作業。「はい、3トン」という声が響きました。1500メートル離れた6号車と1号車が両端からゆっくりと引っ張り、伸びる分だけ伸ばします。伸ばし切って固定することで、その後の伸びが防げるといいます。
それが終わると、進行方向をチェンジ。いよいよ、新旧のトロリ線の交換がスタートします。2~5号車が各担当エリアで、古いトロリ線を固定金具から外し、新しいトロリ線を留めていきます。
すべてを固定すると、2号車で仮のS字ハンガーを余さず回収しながら、1号車で古いトロリ線1500メートルを巻き取っていきます。
午前4時すぎ、すべての作業が終了しました。これまでのトロリ線が、ピカピカのトロリ線に生まれ変わりました。
新生テクノス株式会社・新幹線豊橋営業所の大瀬良浩幸さん(工事指揮者)
「新幹線が定時できちんと走れるように、無事故無災害でこれからもやっていきたいと思っています」
朝6時半。「通過ヨシ!」と一番電車が無事に通過するのを見届け、任務完了です。
ニッポンの大動脈の東海道新幹線。安全安心で快適な運行は、こうした多くの仕事人たちによって、守られているのです。
(5月1日『news every.』より)