直撃取材とコトバから読み解く ゼレンスキー大統領訪米の成果と課題
ウクライナのゼレンスキー大統領がアメリカ訪問を終えた。ロシアの侵攻に対抗するため、アメリカと世界に支援継続を訴えた4日間の訪米の成果と課題を、本人への直撃や演説での言葉から読み解く。(NNNワシントン支局 渡邊翔)
■「グローバスサウス」への訴えが目立った国連総会での演説
9月19日、ロシアによる侵攻開始後、初めて対面で国連総会に出席したゼレンスキー大統領。一般討論演説では「我々が本当の意味で団結することで、すべての国に平和をもたらすことができる」などと、国際社会に改めて支援の継続を訴えた。
この演説では、新興・途上国、いわゆるグローバルサウスの国々を意識した発言が目立った。ロシアが食料やエネルギーを「武器化」し、価格の高騰を招いていると指摘したほか、気候変動問題にも触れ、「侵略者を打ち負かすために一致団結して行動することで、いち早くグローバルな課題への対処に集中できるようにしなければならない」と強調した。
ウクライナへの軍事支援・経済支援という面で見れば、欧米諸国の支援継続が重要だ。しかし、国連で多数を占め、「大きな声」を持つグローバルサウス各国の支持を得ることも、望まぬ「政治的妥協」での和平に追い込まれないためには不可欠だと言える。
今回のゼレンスキー大統領の演説について、シンクタンク「国際危機グループ」のリチャード・ゴーワン国連担当部長は、「途上国に重要な問題を意図的に強調し、全体として巧みな戦略だった」と評価した。
またゴーワン氏は、ゼレンスキー大統領が行ったグローバルサウス各国と個別の首脳会談が「演説よりも、むしろ重要だったかもしれない」と指摘する。会談した国の中には南アフリカやブラジルといった、ロシア・中国を含む枠組み「BRICS(新興5か国)」の首脳もおり、直接、ウクライナが提案する和平案への支持を訴えた。
■去年とは異なる国連総会のムード…得意の演説が「裏目」に出た場面も
国連総会への出席初日を終えた際、手応えを尋ねる記者の問いかけに「非常に良かった」と力強く語ったゼレンスキー大統領。しかし、国連総会では支援継続を訴える難しさも垣間見えた。
会場で演説を取材して感じたのは、侵攻の長期化という「現実」だ。去年はビデオ演説にも関わらずスタンディングオベーションが起こったが、今年はなし。熱気に欠けるような印象も受けた。映像を比較すると、演説を聴く各国の代表者の数も、若干ではあるが去年より減った。侵攻が長期化する中、グローバルサウスの国々には、開発支援や食料問題など、ウクライナ侵攻以外の様々な課題についてもしっかり議論したいという声が少なくない。ロシアと西側諸国との対立から距離を置いて「両方と上手くやりたい」という思惑もちらつく。
また、「言葉の力」を武器にしてきたゼレンスキー大統領の演説内容が裏目に出る場面もあった。自国の農業保護のためにウクライナ産穀物の禁輸を続ける隣国・ポーランドを念頭に「欧州の友人の一部」が「モスクワの役者のための舞台設置を手助けしている」と批判。予定されていたポーランドとの首脳会談はキャンセルになり、ポーランドのモラウィエツキ首相はウクライナへの武器供与の停止にまで言及した。総選挙を控えているポーランドの国内事情の影響もあるとはいえ、時には友好国にも厳しい言葉を向け、強気に支援を求めてきたゼレンスキー大統領の従来のスタイルが、侵攻の長期化や「支援疲れ」の広がりとともに通用しなくなっていることを再認識させる出来事だった。
■最大の支援国アメリカにも不安 野党共和党に直談判も…
「支援疲れ」への対応は、最大の支援国・アメリカでも目下、大きな課題だ。連邦議会では、下院の多数派を占める野党・共和党の強硬派がウクライナへの240億ドル(3.5兆円)規模の追加支援策に反対。議会で予算がまとまらず、政府機関閉鎖に追い込まれる可能性が高まっている。
こうした中、21日に連邦議会に乗り込んだゼレンスキー大統領。当初求めた議会での演説は、共和党のマッカーシー下院議長に拒否され、マッカーシー議長ら下院の与野党指導部、さらに全上院議員との会談は非公開で行われた。会談後、記者の「共和党からの支援は得られると確信できたか?」という問いに「とてもよい会談ができた」と答えたゼレンスキー大統領。しかし、マッカーシー議長らとの会談直後、記者団の前を通る際に一瞬、複雑な表情で目を伏せる場面もあった。マッカーシー議長は会談後「私は国内の財政を優先したい」と語っており、直談判がどこまで奏功したかは定かではない。
来年に大統領選を控えるアメリカでは今後、共和党がウクライナ支援の是非を争点にし、与野党の対立が激化することが予想される。もし共和党のトランプ氏が大統領に返り咲けば、現在のような軍事支援は得られないとの見方が強い。ゼレンスキー大統領にとって、さらに厳しい局面が待ち受ける可能性もある。
■批判意識しアメリカへの「感謝」強調…米国民に響くか
ワシントンでの一連の日程でもうひとつ目を引いたのが、ゼレンスキー大統領が「アメリカへの感謝」をたびたび強調したことだ。バイデン大統領との首脳会談、さらにその後の国立公文書館での演説で、何度も「Thank you」と連呼した。
「好むと好まざるとにかかわらず、人々は感謝の気持ちをみたい」「我々はAmazonではない」イギリスのウォレス前国防相が今年7月、”目に見える感謝が少ない”とウクライナ側に注文をつけたのは記憶に新しい。
こうした中「大統領はワシントンでは、とにかくアメリカの人々に支援への感謝を伝えたかった」(ウクライナ政府関係者)という。ウクライナの負傷兵を治療したアメリカ人医師など、特に多大な支援に関わったアメリカ人に勲章を授与し、目に見える形で感謝を示す場面もあり、何とか大規模な支援の継続を確保したいという切実さがにじんだ。
「ウクライナを支援し続けることがより厳しくなっているという新たな現実を覆い隠すことはできなかった」アメリカメディアにも厳しい評価が並んだ今回の訪米。しかし、ゼレンスキー氏がワシントンを去った後に、ひとつの進展があったことが明らかになった。バイデン大統領が首脳会談で、射程300kmの長距離ミサイル「ATACMS」を供与する方針を伝えていたと報じられたのだ。反転攻勢のために再三、供与を求めてきたウクライナ側の念願が叶った形だ。
ワシントンでの最後の演説後、記者の「十分な支援を得られたか」との問いに力強く「イエス」とほほえんだゼレンスキー大統領。アメリカと国際社会からの支援を維持するために、正念場が続く。