【解説】どうなる?台湾有事 現地で見た“備え” 上陸作戦の壁…“離島奪取”が選択肢?
8月のペロシ米下院議長の台湾訪問後、中国軍機の台湾海峡「中間線越え」は常態化した。「台湾有事」への懸念が高まる中、台湾では「備え」が進みつつある。一方、「攻めにくい」台湾本島の前に“離島奪取”の可能性も?10月に現地を取材した国際部・坂井英人記者が解説する。
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■中国軍機 台湾海峡「中間線越え」常態化
台湾国防部は、12月26日午前6時までの24時間に、中国軍機71機と中国軍の艦船7隻が台湾周辺で活動したと発表した。うち、戦闘機など47機は台湾海峡に設定された事実上の停戦ライン「中間線」を越えて飛行した。
中国軍は、台湾周辺で25日に行った演習の映像を公開した。アメリカで台湾への防衛支援を含む国防権限法が成立したことへの対抗措置とみられる。今年8月に米ペロシ下院議長が台湾を訪問して以降、中国軍機の「中間線越え」は常態化している。
■「台湾有事」起きるならいつ?
「台湾有事」が近い将来、現実に起こりうるとの指摘が出ている。
去年3月、当時の米インド太平洋軍司令官であるデービッドソン氏は「(台湾有事の)脅威は今後6年以内に明らかになると思う」と発言した。2021年の発言なので、2027年までに、ということになる。2027年は、中国の習近平国家主席の党総書記3期目、最後の年だ。
一方で、台湾の安全保障に詳しい防衛研究所の門間理良地域研究部長は、「2027年までに、中国が台湾本島を攻めることはないと思う」との見方を示す。兵力の大規模な輸送や、米軍の介入への対処能力が足りていないという。
その上で、軍の近代化や攻撃能力が整うとみられる2035年から2049年の間は台湾本島を攻める可能性があるとしている。
■防空壕10万か所超 幼児向け“空襲想定ビデオ”… 台湾では「有事が身近」
記者は中国共産党大会開催直前の10月に台湾での「有事への備え」を取材した。ロシアによるウクライナ侵攻が続き、中国軍による台湾を包囲した形の大規模軍事演習が行われたあとのタイミングだったが、「明日にも戦争が起きるかも」というほどの緊張感はなかった。
だが、人々の有事に対する意識的な距離感という点では、日本の感覚との相当な違いを感じた。率直に言うと「有事が身近」なのだ。
たとえば、台北市内の地下駐車場の入り口には「防空避難設備」と書かれた紙が貼られていた。有事には防空壕として利用でき、ここ1箇所だけで13万人以上が収容できるという。
また、台湾では指定された地域の新築や公共建築物などには、防空壕の設置が法律で義務づけられている。各地に10万か所以上あり、台湾の人口(約2300万人)を超える8665万人余りを収容できるとされている。
さらに、近くの防空壕を検索するアプリもあり、教師が、保護者にダウンロードを呼びかけているという話も聞いた。
地区にもよるが都市部で歩いていると2,3分に1回は防空壕の表示を見かけるくらい、多くある印象だ。
また、台北市は9月、中高校生向けに「空襲の際の対応」を説明するビデオを公開した。
空襲警報の聞き分け方などに加え、こんな説明も登場する。
「体は背中を丸め、地面に突っ伏さないでください。両手の親指で耳をふさいで鼓膜を守り、4本の指で目をおさえ、口は少し開けます」
ミサイルなどの爆発の衝撃波に備える姿勢なのだが、日本で知っている人は少ないだろう。この動画はシリーズになっていて、小学生や幼児向けもある。
この様子に複雑な気持ちを抱く人もいるかもしれないが、有事は誰に対しても降りかかるものだ。
■一般の人々にも広がりつつある「備え」
政府や行政だけでなく、一般の人々の間でも有事に備える動きは少しずつ広がっている。
元軍人が教官となりエアガンの扱い方を教える教室は、8月の中国の軍事演習以降、申込みが3割以上増え、2か月先(12月)まで予約が埋まったという。
将来、もしも銃を使うような状況に備え、扱いに慣れておきたい、という声が多いそうだ。
さらに、大人気となっているのが「有事に備える講座」だ。
民間団体が中国軍兵士の見分け方や、大怪我をした際の止血方法などを教えるものだが、常に満席でいまも3000人以上が受講待ちだという。
■「中国軍上陸」想定の台湾軍演習… 陸軍は“最後の砦”
では、有事の際、直接対処する軍はどう備えているのだろうか。今回は中国軍の上陸を想定した台湾軍の演習も取材が許された。
澎湖島で行われた演習で、登場したのは榴弾砲や対空機関銃、戦車など、陸上の兵器ばかりだった。陸・海・空が連携する大規模な演習も別で行われているが、今回は陸軍のみの演習だ。
前述の防衛研究所・門間氏によると「台湾の空軍戦力・海軍戦力がある程度削られたあとに最終的な防衛手段として陸軍兵力がある。それを重視した形の演習」と言うこともできるという。
■荒波の海峡、限られる上陸地点… 台湾は攻めにくい
実際、台湾への侵攻はどのくらい現実味があるのだろうか。
中国にとって台湾統一は一度も放棄したことのない目標で、上陸作戦で鍵となる強襲揚陸艦の建造を続けるなど、能力の強化を続けている。一方、そもそも台湾本島は「攻めにくい」という側面もある。アメリカの研究者、イアン・イーストン氏の著書「The Chinese InvasionThreat(=中国の侵略の脅威・2017年)」という本では、中国軍の内部資料などを基にした、台湾侵攻シナリオや、その問題点も紹介されている。
まず、台湾と大陸を隔てる台湾海峡は、一番狭いところでも100キロ以上ある。毎年通過する台風に加え、霧や波の状態などを考慮すると、着上陸作戦が行えるのは3月下旬から4月いっぱいと9月下旬から10月いっぱいの年に2つの時期だけだという。さらに、大規模な兵力が上陸するにはある程度の広さの浜辺が必要で、水深や、岸から沖に向かう傾斜角度なども重要な要素だ。
台湾軍の分析では、上陸作戦に適した地点は14か所しかないという。台湾軍はそれを熟知した上で、守りを固めていることになる。最近の海岸のコンクリート化や侵攻ルートを考慮に入れると、上陸可能な地点は5から8箇所に減っているとの指摘もある。
海という障壁や、地形など、自然条件が軍事作戦に与える影響は大きい。さらに、電撃作戦、つまり不意打ちも難しい。実際に侵攻する場合、中国大陸で大規模な兵力の移動など多くの兆候が見られるはずで、それらは完璧には隠せないとみられている。
台湾側が緊急の動員を決めれば、24時間以内に20万から30万人の予備役を招集できるとされ、警戒態勢も引き上げられる。台湾側が油断しているところに一気に攻め込むということは考えづらいということになる。
■台湾本島の代わりに“離島奪取”の選択肢も?
一方、台湾本島以外への侵攻となると、話は変わってくる。前述の門間氏は2027年までに中国が台湾の離島、具体的には東沙島を占領する可能性はあるとの認識を示した。
南シナ海の離島・東沙島は、台湾が支配しているが、中国により近いところに位置している。ここは日本の海上保安庁にあたる組織の職員や軍の部隊も駐留しているが、合わせて数百人程度とみられ武装も貧弱だ。
今の中国軍なら2,3日で落ちるだろうとされるが、実行すれば力による一方的な現状変更であり、中国は国際社会から厳しく非難されることになる。ここは専門家の間でも意見が分かれるところだが、門間氏は中国の習近平国家主席が「毛沢東に並ぶ名声を勝ち取りたい」との強い思いから、動くのではと見ているという。
習氏が業績として誇れるのは反腐敗運動だけで、建国の指導者である毛沢東氏に比べるといかにも弱く、そうなると台湾統一しかない。現段階で台湾本島が難しいとなると、「東沙島の奪取が選択肢になる」と分析している。
台湾とも中国とも隣接し、国内に米軍基地を抱える日本にとって台湾有事は他人事ではない。米中対立の大きな火種であり続ける台湾の動向には、今後も注意が必要だ。