「ロシアを愛するからこそ、勝たせてはならない」 毒殺未遂・投獄――自由を手にしたロシア反体制活動家が訴える“未来”
政治犯として禁錮25年の判決を受け収監されていたロシアの反体制活動家ウラジーミル・カラムルザ氏。刑務所内からの寄稿が評価され、今年5月、優れた報道などに贈られる「ピューリッツァー賞」に選ばれました。さらに8月にはアメリカやロシアなどの大規模な身柄交換によって解放され、自身も「奇跡だ」と話します。ロシア政治を間近で見てきた中で、命を懸けてまで訴えたいこととは?
■「映画を観ているような気分」
ウラジーミル・カラムルザ氏はロシアとイギリスの国籍を持つロシア野党の政治家で、2023年、政権批判などの罪で禁錮25年の実刑判決を受けました。ウクライナ侵攻以降、政治的な発言をめぐる判決としては最も重いものでした。
状況が一変したのは今年8月。ロシアとアメリカなどの間で行われた身柄交換によって奇跡的に解放されたのです。「3か月前まで、私は政治犯としてシベリアの刑務所で服役していました。この3か月間、まるで映画を観ているような気分です」。解放後のカラムルザ氏は、ロシアで今なお収監されている政治犯の釈放などを求め、世界各国で活動しています。
10月に公表された国連人権理事会の報告書で、ロシアの人権状況に関する箇所のテーマは「拷問」でした。国連は、15日以上連続での独房への収監を「拷問」にあたるとして禁止しています。報告書では収監中の今年2月に死亡した反体制派指導者ナワリヌイ氏に対し、刑務所で拷問や虐待が行われていたと指摘し、カラムルザ氏のケースも取り上げています。
カラムルザ氏の場合、2年3か月に及んだ服役期間のうち、実に11か月を独房の中で過ごしました。壁と格子に囲まれた2m×3mの独房に、たった一人。そしてその状況がこの先20年以上続く…。そんな絶望的な状況の中でも正気を保つことができたのは、スペイン語の勉強と、全国の支援者との手紙のやり取りだったといいます。国連の報告書では、ロシアで収監されている政治犯の数は1300人以上にのぼるとしています。
■ウクライナとの戦闘…“北朝鮮軍の参戦”が意味することとは?
11月には北朝鮮軍がロシア西部に派遣され、ウクライナ軍との衝突が発生していると伝えられています。カラムルザ氏は、北朝鮮軍の参戦はロシアの悲しい現状を表していると話します。
「かつてロシアは国際社会から尊敬される民主国家でした。しかし25年間のプーチン体制をへて、今やロシアの同盟国はアフリカの独裁政権数カ国とイランの原理主義政権、そして北朝鮮の時代遅れの政権だけです」
そして、こうも分析しています。「第二次大戦後のヨーロッパで最大の軍事衝突となったウクライナとの開戦からほぼ3年が経過し、経済資源、軍事資源、人的資源など、あらゆる資源が枯渇しつつあります。プーチン大統領が軍事増強を北朝鮮の“友人”に依頼せざるを得なくなったという事実は、ロシアの資源枯渇の事実を物語っていると思います」
2014年にはウクライナ情勢を受け、G8(=主要8か国)がロシアの参加を停止。プーチン大統領には国際刑事裁判所から「戦争犯罪」の疑いで逮捕状が出ています。また今年開催されたパリオリンピック・パラリンピックでは、ウクライナ侵攻を理由にロシアは国としての参加を認められませんでした。
ロシア国民はプーチン体制やウクライナ侵攻を支持しているのでしょうか。カラムルザ氏は厳しい表情で「抑圧的な独裁政権下で、それは無意味な質問です。意見を述べただけで投獄されるような国では、真の世論を判断することはできません」と、きっぱりと話します。
ロシアではウクライナ侵攻が本格化した直後の2022年3月、法改正により軍に関して意図的にウソの情報を拡散すれば犯罪とみなされるようになりました。 国連人権理事会は声明の中で、このような言論の自由を抑圧する法律の撤廃を求めています。
今年3月にはプーチン氏が大統領選挙で5回目の当選を果たしました。この選挙戦には、反戦を主張するナジェージュジン氏が立候補を目指しましたが(のちに立候補は認められず)、これに対するロシア国民の反応は想像を超えたものだった、とカラムルザ氏は回想します。
「当時、私が刑務所で受け取った、ある若い女性からの手紙を覚えています。彼女はこの反戦を訴える候補者の推薦状に署名するために長時間並んだことを説明し、『同志がこれほど大勢いるとは思わなかった』と結んでいました。こうした現実の光景は、ロシア国内に政権や戦争に反対している人々がどれほど多いかを示しています。これはとても重要なことです」
大統領選はプーチン氏が圧倒的な得票率でしたが、カラムルザ氏はロシア国民の行動に希望を持ち続けています。
■刑務所で受賞した「ピューリッツァー賞」 賞金を…
カラムルザ氏は服役中の今年5月、刑務所から寄稿したコラムで、報道などの分野での優れた功績に対して与えられるピューリッツァー賞を受賞しました。身の危険を顧みずに独房から妻への手紙を通じて寄稿した、ロシアの民主的な未来を語る情熱的なコラムが評価されたのです。
「プーチン政権は私をシベリアに縛りつけ、私から声を奪おうとした。でも声を出し続けることは私にとって重要だったのです」
8月に解放されたことを受け、10月にはニューヨークでの授賞式に出席することができました。賞金1万5000ドルは、ロシアの政治犯の家族への支援に充てるため、寄付しました。
現在、祖国を離れて暮らす彼に「いつかロシアに帰るつもりがあるか?」と尋ねたところ、インタビューの中で最も強い言葉で返事が返ってきました。「もちろんです、疑う余地がないほど明白です」。
ロシアで2度の毒殺未遂を経験し、“生存確率5%”と宣告されたこともあるカラムルザ氏。妻と子供たちとの平穏な暮らしを犠牲にして現在でも活動を続ける、その強さの裏には何があるのでしょうか。
「ただ頑固なだけです。ロシア人が行動を起こさない限り、変化は訪れないでしょう。私は行動をしないわけにはいかないのです」
カラムルザ氏が今、日本を含む国際社会に求めることは、ウクライナへの支援継続、ロシア国民への働きかけ、そしてプーチン政権後を見据えたロシアの民主化移行の国際的ロードマップの整備。「ロシアを愛するからこそ、ロシアを戦争に勝たせてはならない」。ロシア国民によるロシアの民主化を信じて、カラムルザ氏は国際社会への訴えを続けます。