核戦争のリスク高まる中、かつての“秘密の町”は・・・核兵器の材料「トリチウム」増産の動きも
アメリカ・ニューヨークの国連本部でNPT=核拡散防止条約の再検討会議が開かれている。核軍縮に向け、各国が一致することができるのか。ウクライナ情勢を受け、核戦争へのリスクが最も高まっていると指摘される中、アメリカにある“核の町”を取材した。
■“地下核シェルター”工場へ・・・問い合わせが急増
アメリカ・テキサス州ダラスから車で1時間強ほどのところにある高速道路沿いの工場を訪れると、コンテナのような黒い箱が十数個ずらりと並べられていた。実は、これらは攻撃があった時の備えとしての地下シェルターで、溶接や内装作業が急ピッチで進められている。
その中の一つ、広さ46平方メートルの地下シェルターの中を特別に見せてもらった。扉を開けるとキッチン、そしてトイレやシャワーなどの生活スペースがあり、太陽発電機や空気フィルターといった、有事の際に数日過ごすことが出来る機器が設置されている。さらに、クローゼットが隠し扉になった奥にはベッドルームがあり、およそ10人が生活できる空間になっていた。ベッドの上には緊急脱出口も設けられている。地下シェルターの価格帯は、日本円でおよそ600万円から1億円と安くない値段であるが、ウクライナ侵攻で、プーチン大統領が核兵器使用も辞さない姿勢を示す中、問い合わせが急増しているという。
ーーシェルター製造販売会社 ライジング・エス・カンパニーゲイリー・リンチ社長
「核兵器が使用された場合放射性物質から身を守るためにシェルターは設計されています。通常であれば50~100件の問い合わせがあるところ、侵攻直後は300件を超える問い合わせがありました。」
問い合わせはアメリカ国内のみならず、日本や韓国からもあり、ゲイリー社長は「キューバ危機以来こんなことはなかった」と話す。
核への備えの一方で、核兵器増産とみられる動きもある。
■広島原爆を開発した“核の町”は今も核関連施設が立ち並ぶ
広島に投下された原爆「リトルボーイ」に使われたウラン濃縮工場があったテネシー州・オークリッジ。当時、町の存在は秘密にされていたため「シークレットシティ」と今でも呼ばれている。
町の博物館には広島原爆の模型と開発の歴史が展示されているが、広島・長崎への被害への言及はごくわずかに留まっていた。
館内には、さらにこの町で最近製造された核爆弾の先頭の外側部分も置かれている。
実はオークリッジには今もエネルギー省国家核安全保障局の核関連施設があり、周辺には原子力関連企業が集まっている“核の町”なのだ。
かつての“地図に載らない隠された町”にある博物館は、今ではその歴史と原子力や核兵器技術の重要性をアピールしている。
核兵器の材料を製造・保管している施設は「Y12(ワイ・トゥエルヴ)」と言われ、最も厳重に警備され、一般の人は一切近づくことができない。地図に載らない“秘密の町”核施設は、当時と変わらず谷の中にあって、遠くからのぞき見るのも難しいが、戦後76年以上たった7月末の朝の通勤時間帯は、厳重な検問所の前に施設へ向かう車の行列ができていた。
■原発では「トリチウム」増産・・・核兵器増産か
この“核の町”オークリッジから車で1時間ほどの場所にワッツバー原子力発電所がある。元々は電力を作るために建設されたが、今では核兵器に必要なあるものを生成しているという。
地元で核兵器開発に反対するコディさんに案内してもらった。
ーー核開発に反対するコディさん
「原子力発電と核兵器に使用される『トリチウム』の両方を生産しているのです」
ワッツバー原発では、核兵器の材料の一部で破壊的な爆発力を引き出す「トリチウム」を生成している。
トリチウムは半減期が12~13年で、プルトニウムに比べると古くなるスピードが早く、核兵器を維持するために作り続ける必要があるのだ。
原発を運営するテネシー川流域開発公社(TVA)の広報担当者を取材すると「トリチウム生産は核兵器生産プログラムの一環」と答えた。さらにTVAは今年に入って、トリチウムの生成量を増やすことを政府の原子力委員会に申請している。
核兵器開発に反対するコディさんは、「トリチウムを増産してより多くの核爆弾を作ろうとしていると考えられる」と警鐘を鳴らした上で、「核兵器削減の目標からますます遠ざかっている」と嘆いた。さらに「ワッツバー原発は予算の関係で警備担当の人員を削減している」と指摘、「世界で一番警備態勢が緩い核兵器工場」と評した。
■原発従業員・・・「核を持って力を示すことが重要」
テネシー川沿いにあるワッツバー原発の周辺には、人工のビーチがある。原発を運営するTVAが地域住民のために作ったものだ。私たちが訪れた日は強烈な日差しで気温は30度以上となり、近所の家族連れらが川遊びに来ていた。
孫と訪れた女性に近くに見えるワッツバー原発について話を聞くと、「電気を作っている工場でしょ?子どももいつも健康だし、病気になったこともない。」と話し、核兵器の材料が生成されていることは全く知らなかった。
このビーチで泳いでいた、原発で働く作業員にも話を聞くことができた。核兵器の材料の一部となる「トリチウム」を原発で生成していることについてたずねてみると、「中国やロシア、北朝鮮が核開発を進める中で、核廃絶を求める考えは甘いと思う。核兵器を使わなくても、武器を持って自分の力を示すことが重要だ」と答えた。
■「核戦争リスクが高まる今こそ、NPT再検討会議は重要」
スウェーデンのストックホルム国際平和研究所によると、世界にはおよそ1万2700の核弾頭があると推計されていて、アメリカとロシアがその9割を占める。
ことし6月に研究所は「世界の核弾頭数は冷戦後初めて増加に転じる可能性がある」と世界が核軍縮と逆の方に向かいかねないと指摘した。
軍事専門家は、「核戦争のリスクが高まり、無制限の軍拡競争となりかねない今、NPT再検討会議は非常に重要だ」と指摘する。
ーーシンクタンク「軍備管理協会」 ダリル・キンボール会長
「アメリカ・ロシア・フランス・イギリス・中国は、少しずつ異なる方法で古いシステムを新しいシステムに置き換えているのです。。アメリカはその気になれば、そして核開発を制限する条約がなければ、配備されている戦略核兵器の数を大きく増やすことができます。ロシアも同様です。アメリカやロシアが軍拡を行えば、中国や北朝鮮のような国々に核の自制をうながすことがさらに難しくなります。」
NPTに参加した国や地域が、核軍縮に向けて合意を実現できるのか。再検討会議は8月26日まで開かれる。