【特集】父の思いを胸に…漁業の明るい未来を目指して「漁チューバ―」の挑戦に密着!
先月発表された去年の県内の漁師の数は、減少の一途をたどっていて、ピーク時の6分の1以下、15%ほどになっています。
後継者不足や経営の不安定さが背景にあるとみられていて、担い手の確保が大きな課題となっています。
こうした中、水産業の明るい未来を創りたいと奮闘する、一人の若手漁師がいます。
漁師をしながらユーチューブの動画作成や干物づくり、そして自ら営業に歩くなど、新たな取り組みにまい進する姿を追いました。
鳥海山を望む、にかほ市の象潟漁港です。
漁師歴11年の、佐々木一成さん35歳。
仲間の漁師3人と共同で漁を行っています。
豊富な種類の魚が獲れる象潟漁港ですが、水揚げ量はこの10年で半分以下に減少しました。
この日、網に入った魚は、スズキが1匹だけ。
親方 齊藤一成さん
「海どうなっちゃってるんでしょうね。アワビもいなくなっちゃたし」
水揚げ量が減っている背景にあるとみられているのが、海水温の上昇に伴う環境の変化。
そして、魚を獲る漁師の数自体が減っていることです。
魚の取引価格が低迷し、経営も不安定となる中、少子高齢化で担い手の減少に拍車がかかっています。
多くの人に漁師の仕事の魅力を知ってもらいたい。
4年前に佐々木さんが始めたことがあります。
漁の様子を撮影し、映像を編集する作業です。
佐々木一成さん
「普段テレビで見るのだとマグロ(漁)とかカツオ(漁)だと思うんですけど、地元でやっている漁業が可視化されたらまた興味を持ってくれる人とかもいればいいのかなと思ってやっています」
「どうも~漁チューバーのカズナリです」
編集した映像は、動画共有サイト YouTubeで公開。
魚のさばき方や調理方法なども紹介しています。
SNSにはいわゆる“映え”そうな料理も。
干物づくりが得意な佐々木さん。
自分で獲った魚を新鮮なうちに加工して、ストックしています。
妻・和美さん
「何か無い時に干物出してもらったり、困った時はすごい重宝しています」
2人の子どもは、佐々木さんが獲った魚を離乳食から食べて育ちました。
妻・和美さん
「これは湧晟が刺身を作ってくれた時の写真です」
「パパの包丁使ってね。切り身にしてちゃんと並べるのね自分で。で、初めて刺身を食べれるようになりました」
自身も幼い頃から魚が大好きだったという佐々木さん。
この日、向かったのは、自宅から2キロほどの場所にある1軒の空き家です。
5年前まで実家だった場所。
改装工事が行われていました。
かつて、父や祖父が獲ってきた魚を調理していた台所。
家族の思い出が残るこの場所で、新たに始めようとしている取り組みがあります。
佐々木さん
「今のところは干物とか乾物的なものを作って販売できればなと思っています」
獲れる魚の量が減り、価格も低迷する中、付加価値のある商品づくりに活路を見出したいと考えています。
リフォームや設備の導入にかかる費用は700万円以上。
大半は漁協からの借金です。
佐々木さん
「資金面では大変なんですけど、やらないよりはやった方がいいと思うので、そこからまた経験すると違うものが見えてくるかなと思うので」
曾祖父の代から続く漁師の一家に生まれた佐々木さん。
高校卒業後は漁師になるのが当たり前だと思っていたといいます。
しかし、父・賢一さんの口から出た言葉は意外なものでした。
佐々木さん
「まず漁師にはなるなと言われて先が見えないって言われて自分の視野を広げろっていうことも言われたんですよね」
「漁業の良いところも感じて来ただろうし、その良い時代を見てきてこれから先衰退している現場を肌で感じていると、なかなか子供の世代に継がせるのは厳しいと思ってたんじゃないのかなって 思いますけどね」
漁師になることをいったん諦め、大学に進んで魚の生態を学んだ佐々木さん。
就職先に選んだのは、神奈川県の鮮魚店でした。
佐々木さん
「自分がすすめたお魚を買っていただいて、次の来店する機会に『あの魚美味しかったよ!』って言われたのはすごくうれしくて、あぁ、こういう風に言われるのってめちゃくちゃ面白いなって思いましたね」
就職して1年が過ぎようとしていた2013年の春。
父・賢一さんが病気のため、63歳でこの世を去ります。
佐々木さん
「(父が)当時一緒に働いていた人に、死ぬ… 意識が無くなる30分前ぐらいで『あいつもこっちに呼んで漁師にさせる』みたいなことを言っていたっていうのは聞きましたね」
急きょ、実家に戻り、漁師になって11年。
父の思いも胸に、新たなスタートを切ります。
にかほ市で漁師をしている、佐々木一成さん。
加工品の製造・販売という初めての挑戦を後押ししてくれる心強い味方がいました。
にかほ市を拠点にビジネス支援や地域資源を活かしたまちづくりを行っているメンバーです。
佐々木さん
「干物ってほぼ、冷凍の原料を解凍して加工してもう1回冷凍するんだけど、今回は生の原料を使って干物にして冷凍するから1回しか凍らせないみたいな。“ワンフローズン”とかって言うんだけど」
商品の特徴を聞き取りながら、ブランディングや販売戦略を手伝ってくれます。
商品の魅力を打ち出したロゴマークづくりも。
「ひとりの漁師さんが獲るところから加工して販売までやっていくというのを表現したかったので、切れ目が無くて全部つながっている無限大マークのような感じに作っていて…魚の加工とかそういったところも可能性が無限大にあるよっていうので」
描いていた青写真が少しずつ現実のものになっていきます。
佐々木さん
「広くて使い勝手がこれから良くなっていくのかな~みたいな感じで、ワクワクしています」
魚の適切な処理や衛生管理が求められる加工場。
鮮魚店で働いていた経験が思わぬ形で役に立ちました。
新鮮な魚のうま味がギュッと凝縮された干物。
魚を獲ってすぐに加工できる、漁師ならではの一品です。
完成した干物は真空状態にして包装。
マイナス60度の超低温で冷凍し、品質の高い状態を長期間保ちます。
ジャケット姿で佐々木さんが向かったのは、秋田空港です。
1日平均、3000人以上が利用する秋田の空の玄関口。
佐々木さんが製造した干物を売店で販売してもらうため、生まれて初めて、ひとりで商談に臨みました。
観光客やビジネスマンが行き交う土産物売り場。
約130坪のスペースに、2000種類近い商品が並びます。
その中で、冷凍の水産加工品はショーケースが1つだけ。
秋田を代表する郷土料理や、コンテストで賞に輝いた商品が販売されています。
佐々木さん
「ちょっと厳しい感じでしたね。テスト販売とかそういうのを1回経験してからの方がいろいろアドバイスはいただけるのかなみたいな感じでした」
今回、佐々木さんの干物を置いてもらうことは叶いませんでした。
子どもたちのためにも、水産業の明るい未来を描きたい。
地元の道の駅では、佐々木さんが作った干物を取り扱ってくれることになりました。
今後はサケやサバの干物も販売することにしている、佐々木さん。
新たな挑戦はまだ始まったばかりです。
佐々木さん
「挑戦すればやっぱり挫折はつきものだと思うので、それに負けずに改善していくっていうのと、やっぱり水産業はちょっとキツイとかって思われる状況があると思うので、もっと楽しいこともいっぱいそれ以上にあるんだよっていうことを伝えていければいいかなと思います」
あの日、漁師になることに反対し、外の世界を見て来いと話した、父・賢一さん。
その言葉を信じ、積み重ねた経験がいま、佐々木さんの大きな支えとなっています。
佐々木さん
「先を見た時に今の状況だと難しいところの方が多いのかなって思うので、すぐには漁師にさせないで俺の親父のように『違う世界を見て来い』って言うかなって思いますね」
「自分の子どもだけじゃなくても、若い人たちが『漁師になりたい』って言った時にやってればいいことあるよみたいなふうな状況にもっていければいいかなと思いますね」