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【ルポ】「廃炉のためには仕方ない」「自分の努力ではどうしようも…」 迫る処理水の海洋放出 地元ならではの複雑な心境

2023年8月8日 20:00
【ルポ】「廃炉のためには仕方ない」「自分の努力ではどうしようも…」 迫る処理水の海洋放出 地元ならではの複雑な心境

政府は福島第一原発の処理水について、今月下旬にも海に放出することを検討しています。福島県では、「受け入れざるを得ない」という声もある一方で、根強い反発も。風評被害も懸念される中、現場から聞こえてきたのは、地元ならではの複雑な思いでした。

■今が旬「ホッキ飯」 いわき市の海鮮料理店では…

7月末、私たちが訪れたのは、福島県のいわき駅前の海鮮料理店。福島など地元の魚介などを使った定食が自慢のお店で、地元で採れたホッキ貝の刺身や、その出汁で炊き込んだご飯「ホッキ飯」が人気のメニューです。

ホッキ貝の刺身を食べた客(29)
「甘みがあってとっても美味しいですね。コリコリとした歯ごたえも好きですね」

ホッキ飯を食べた客(49)
「味もしみこんでて、本当にきっちりとご飯の方もしっかりと味がついていて、いつもの味って感じです」

福島のホッキ貝は今が旬。海鮮料理店の大川勝正社長(38)も「いわきのホッキは身が厚くて、甘みがあって美味しい」と胸を張ります。

■迫る“処理水”海洋放出 今月下旬にも

そんな中で迫っているのが、東京電力・福島第一原発の処理水の海洋放出です。

IAEA(=国際原子力機関)が先月公表した報告書では、処理水の放出計画を「IAEAの安全基準に合致している」と評価した上で、「人々や環境に与える放射線の影響はごくわずかである」と結論づけました。

政府は、処理水について今月下旬にも放出することを検討しています。岸田総理は18日の日米韓首脳会談にあわせアメリカを訪問し、現地で韓国の尹大統領に理解を求める考えです。その後、関係閣僚などと協議し最終的な時期を決める方針です。

■「自分の努力ではどうしようもない」風評懸念する漁師の声

私たちが話を聞いたのは、福島県いわき市の漁師、佐藤文紀さん(33)。7年前に地元に戻ってホッキ貝漁を続けており、先ほどの海鮮料理店でも佐藤さんたちが採ったホッキ貝が使われています。福島県でのホッキ貝漁は6月から始まり、翌年1月まで続くといいます。

今月下旬にも処理水の放出が検討されている状況については、「反対は反対です」と話しつつ、避けがたいことだとも感じています。

「(政府や東電の説明に)納得も賛成もしない。漁業者の理解が得られない限り流しませんって最初は言ってましたけど、結局いずれは流すんだろうなっていうのは感じてました」

佐藤さんが心配するのは、放出による風評被害です。

「専門家の方がちゃんと調べて、安全だっていうなら安全なんでしょうけど、それを証明されたところで、一般の消費者の人が安心して食べられるかといったら、そうじゃないと思うんですよ」
「風評とか魚が売れないってなると、もう自分の努力ではどうしようもない。そうなったときにしっかりとした支援というか、対策を考えてほしい」

政府は、風評被害対策として計800億円の基金を設けています。しかし、佐藤さんは、政府が説明する風評被害対策についても、基準が曖昧なため十分な支援を受けられるか不安だと話します。

「僕らが直に感じる風評被害と、数字だけで見るのとは、多少の違いは出てくると思う。そういったところをどう判断されるのかっていうのは、正直不安なとこではあります」

■「自然と客が来なくなるのでは」海の家が抱える不安

風評被害を懸念する声は、漁業関係者に限りません。

原発から南へ約45キロにある、いわき市の薄磯海水浴場。いまは夏休みを満喫する家族でにぎわい、去年は約9万人が訪れたといいます。

そこで長年、海の家を営んできた鈴木幸長さん(70)。放出はやむを得ないとしながらも、風評被害で観光客が来なくなるのではないかと不安な思いを口にします。

「この商売をしている私たちみたいな人が一番気にしているのは、風評被害なんですよね。やはり(処理水を)流すようになればですね、自然と客が来なくなるのかななんて考えています」

親の代からここで民宿と海の家を営んできたという鈴木さん。政府や東電からの説明はなかったといいます。

政府が風評被害対策のため設けている約800億円の基金の対象には、鈴木さんのような観光事業者は含まれていません。鈴木さんは「どのような補償をしてくれるのか聞きたい」と訴えます。

■「心配だけど、廃炉のためには…」地元の苦渋の思い

一方、こんな声も・・・

地元の魚を使う海鮮料理店の大川勝正社長(38)は、放出すれば「商売に影響が出る」と心配する一方で、廃炉を進めるためにはやむを得ない面もあると考えています。

「やはり廃炉ですね。1日も早く進むのであれば、やっぱりそれ(処理水放出)は受け入れざるを得ない」

求めているのは、一刻も早い廃炉。福島・いわきが地元の大川さんが特に気にしているのは、処理水をためているタンクです。

「今のおびただしいタンクの方がどちらかというと僕は怖くて。あれに何かあったときの方が大変というか、それこそ風評じゃなくて実害というか起きかねない」

処理水には水と性質が似ていて取り除けない放射性物質「トリチウム」が含まれていますが、放出時には100倍以上の海水と混ぜ、環境基準値を大幅に下回る濃度まで薄められます。

これまでに作られたタンクは1000基以上にものぼり、放出ができなければ来年にも保管の限界に達します。原発の廃炉に携わる経産省の関係者は「これ以上は保管する場所がなく、放出できないと廃炉が進まなくなってしまう」と訴えます。

政府が処理水の放出を決定したのは2年前。大川さんは今年の夏に処理水が放出されることをわかった上で、福島など地元の魚を食べられる食堂を今年の1月にオープンしました。

そのときの心境について大川さんは「厳しい状況が続くのであれば、なおさら直接お客様に食べていただいて、安全性やおいしさをアピールしたいと思い、食堂をやろうと固く誓った」と振り返ります。

福島の魚はおいしいと胸を張る大川さん。処理水が放出されても、正しい理解と判断で福島の食べ物に接してほしい、と願っています。

この夏にも海洋放出される福島第一原発の処理水。風評被害を懸念する地元の声に、政府や東電には真摯な対応が求められます。

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