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「預け先が無い」 自ら保育園をつくった母

2016年6月30日 19:55
「預け先が無い」 自ら保育園をつくった母

 待機児童の増加が深刻な問題となる中、自ら保育園をつくった母親がいる。目指したのは、“保育士さんにもやさしい保育園”。待機児童対策の切り札になることも期待されている保育園とは、どのような所なのだろうか?


■「自分でつくった方がいいんじゃないかって」

 東京スカイツリーにほど近い東京・墨田区の住宅街。道路に面したマンションの1階に保育園がある。中に入ってみると、0歳から2歳の子どもたちが元気に遊んでいた。この保育園をつくり、経営しているのは宮村柚衣さん(35)。きっかけは、自分の子供が保育園に入れなかったことだった。宮村さんはこう語る。

 「ずっと行政の文句ばかり言っていた。うじうじと。だんだん文句を言っている自分が嫌になってしまって、そこまでうじうじするんだったら、もう自分で(保育所を)つくった方がいいんじゃないかなと思って」


■夫のアドバイスが後押しに

 行政書士の事務所で働いていた宮村さんが、出産を機に退職したのは4年前。その後、2人目の子供が1歳になったのを機に働こうと保育園に申し込んだものの、想像以上の厳しさだった。そんなとき、宮村さんは夫からこうアドバイスされたという。

 「(夫は)『自分でやったほうが向いてると思うよ』って」

 決断してからは、子育て支援団体に加わって母親のニーズなど情報を集め、保育園経営の仕組みも学んだ。部屋の改装や家賃などの費用、約1500万円は、独身時代から貯めたお金と借金で捻出。採用したての保育士と家具を組み立てるなど、自分たちでつくりあげた。


■愛情あふれる“茶の間”をイメージ

 そして、決断から8か月後の2014年10月、ついに開園。田舎の愛情あふれる保育を目指して“ちゃのま保育園”と名付けた。宮村さんは、自らつくった保育園のこだわりをこう語る。

 「これ、こだわりです。墨田区で唯一窓があるんですよ。調理室。今日の給食何かな?って見られるんですね。茶の間は横に台所があって、おいしいご飯、みんなで食卓を囲むというのが基本になってるのかなと」


■保育士の働き方に余裕を

 園長を含む8人の保育士は全員が正社員。この保育園は国の基準を上回る人数の保育士を配置している。“手厚い保育”に加えて、過酷で辞める人も多い保育士の働き方に「余裕を持たせたい」との思いからだった。短時間勤務を認めたりシフトを工夫したため、保育士不足の中でも保育士がすぐに確保できた。

 退職後、数年のブランクのあったベテランや、3人の子育て中の園長もいる。この保育園について園長はこう話す。

 「家庭の事情にあわせた勤務にしてくれるので、他の園よりかは働きやすい」

 そして、若い保育士からもこんな声が――

 「他の保育園では(休みが)とれないと保育士の友達から聞きますけど、ここはそういうのはまったくない。全然、休んでます」

 宮村さんは、夫の収入で生活できるため、経営者としての給与はゼロにして、その分、保育士の給与に回しているという。当初は保育士が多いこともあり、経営は赤字だったが、補助金の得られる認可保育所になったことで赤字ではなくなった。


■保育士の希望にできるだけ応える

 取材したこの日、子どもたちは公園に散歩へ出かけた。保育園を始めた当初、保育士が提案した砂遊びの遊具が10人分のセットで2万円と聞いて驚いたが、思い切って購入したという。

 「本当にもう、えいやっていう気持ちで(高いのを)買ったんです。そしたらもう、保育士さんはすごい喜んでくれて」

 保育士の提案でそろいの上着も購入。経営は楽ではないが、保育士の希望には出来るだけ応えるようにしている。宮村さんはその思いをこう語る。

 「保育士さんがやりたいこと、働きやすい環境を設定する。それが私の使命。保育士さんがニコニコしたら子どももニコニコしますよね。子どもがニコニコしたら保護者がニコニコしますよね」

 そして、保護者からはこんな声が聞かれた。

 「お母さんがやっているからこそ、安心できる環境、基本理念があるのかな。いい点が多いと思います」


■妻の挑戦を応援し続ける夫

 午後6時すぎ、宮村さんは経営者から母親に戻り、子どものお迎えに。宮村さんの保育園では2歳までしか預かることができない。そのため今は、4歳と3歳になる2人の子どもは別の保育園に通っている。

 会社員の夫・崇之さんは、夕飯の支度をするなど、宮村さんのチャレンジを応援し続けている。

 「嫁さんを助けていくことが、それ(待機児童解消)につながればいいかな」


■待機児童対策の切り札“小規模保育”

 宮村さんの保育園のような“小規模保育所”は、定員が19人以下と少なく、大きな土地がなくても一定の条件を満たせば“認可”が得られる。そのため、待機児童対策の切り札とされている。こうしたこともあり、宮村さんの元には最近、「保育園をつくりたい」という相談が来るようになったという。

 現状の制度のままで、質の高い保育を行うには限界があるとして、宮村さんは保育士の賃金や働く環境を変えるために、行政のさらなる支援が必要だと考えている。

 「自分の理想とする保育園をつくりたい方のサポートをしたい。福祉にちゃんと思いを持った方の保育園を増やしていただきたい」

 待機児童対策の多くのヒントが詰まった宮村さんの挑戦は続く。