裁判員を守れ!安全確保の課題・対策を解説
市民の司法への参加を目的として7年前に裁判員制度が始まったが、新たな課題が出てきている。中央大学法科大学院・野村修也教授が解説する「会議のミカタ」。8日のテーマは「裁判員を守れ!」
先月、全国の裁判所の長が集まる定例会議「長官所長会同」が開かれた。この中で、寺田逸郎・最高裁長官は「先日、ある裁判員裁判において被告人の知人が裁判員に接触するという事態が発生しました」と述べ、今後、裁判員の安全に万全を期していく方針を示した。
――「裁判員に接触する事態」とは、具体的にどういった出来事だったんでしょうか?
福岡地裁小倉支部で今年5月、知人男性の背中を日本刀で突き刺したとして、指定暴力団「工藤会」系の組幹部の男が殺人未遂の罪に問われている裁判員裁判での出来事。
初公判を終えた裁判員が裁判所を出たところ、裁判を傍聴していた被告の知人の男2人が裁判員に対し、「あんたらの顔は覚えとるけね。よろしくね」などと声をかけた。
怖くなった裁判員が申し立てをしたところ、裁判は判決期日が取り消され、一時中断となった。また、裁判員6人のうち4人と補充裁判員1人が辞任する事態となった。
その後、裁判員に声かけをした被告の知人の男2人は裁判員法違反の疑いで逮捕・起訴された。この容疑での逮捕は全国で初めてとなった。
――具体的にはどういった罪なのでしょうか?
裁判員法で定められている「裁判員等に対する請託・威迫」の罪だ。
「請託」とは刑を軽くしてほしい、逆に重くしてほしいなどとお願いすることで、金品などの授受がなくても罪になる。
「威迫」とは要するに脅すことで、「刑を軽くしないと痛い目にあうぞ」などの脅し文句はもちろん、「電車のホームでは気をつけて」といった間接的な表現も含まれる。
――そもそも、暴力団員を被告とする事件について裁判員裁判から外すことはできなかったのでしょうか?
裁判員法では「裁判員等に危害が加えられるおそれがある場合は、裁判員裁判から除外することができる」と定められているが、実際には除外はあくまで例外的対応で、裁判員制度の開始以来6件しかない。
裁判所側としては、裁判員制度を定着させるためにも「対象事件はできるだけ裁判員裁判で裁く」という方針で臨んでいるものとみられる。
その一方で、裁判員候補者に選ばれた人の中で辞退した人の比率は制度開始から年々上がり続けている。辞退率が上昇する中で、今回の「声かけ」のような事件は、この傾向に拍車をかける可能性がある。
――だからこそ、裁判員の方の安全を守ることが必要となりますね?
今回の会議のミカタのポイントは「経験者の声に耳を傾けて!」。最高裁は全国の地裁・高裁に対し、裁判員の安全確保について改めて確認を促す異例の通知を出した。
通知では「一般来庁者と裁判員の出入口を別にする」「送迎を行う」などの具体的な対策が示された。
さらに、傍聴人に対し、「裁判員等への接触が法律で禁止されている」という告知を法廷の入り口に掲示したり、開廷前に口頭で知らせるなどの対策を取ることを新たに求めた。
しかし、それだけではなく、実際に裁判員を経験した方の声により耳を傾ける必要がある。多くの裁判員経験者からは「いい経験になった」との声が上がった。
一方で、6日に福岡地裁で開かれた意見交換会では、裁判員経験者から「傍聴席から裁判員が見えないようマジックミラーを設置してはどうか」など、具体的な提案も出た。
裁判所はこれらを踏まえ、より改善をしていくことが必要なのではないか。裁判員を守るということは、裁判員制度自体を守ることになり、ひいては市民が参加した「開かれた司法」を実現していくことにつながると思う。