心臓移植までの橋渡しではない「補助人工心臓」のいま2
重い心臓病の患者にとって、心臓移植の待機期間が年々長くなっている中、新たな治療法が注目されています。「デスティネーションセラピー」の治療を受け、学校や会社に復帰したり家族と旅行に行ったりすることが出来るなど、QOLが上がるとされていますが、日本では患者が治療を受けることを躊躇(ちゅうちょ)するケースも多くあるといいます。
――小野教授「植え込み型の補助人工心臓は、簡単に言えば心臓の横に血液を心臓の代わりに体に送るポンプをつけるということですよね。血液は血管の外に出たら固まります。人間がケガをしたときに、血が固まらないと死んでしまいますので、そのために、これまで長い進化の過程で人間を守るために血液は血管の外に出たら固まる状況ができたわけですが、逆にこういう人工心臓の金属の通路の中で血が固まると困ります。そのために血液を固まりにくくする薬を飲んでもらいます。すると薬を飲んでいない人に比べれば、出血しやすくなります。出血は、脳の中での脳出血。もう一つは胃腸での出血。この二つが多いことが知られています」
「日本人は、欧米人に比べると胃腸の出血はすごく少ないです。一方で、脳出血は比較的日本人は起こしやすいと言われています。ですので合併症として、やはり一つは出血が怖い。また、薬で血の塊を防いでいるんだけど、運悪く血の塊ができて頭に飛んでしまうと脳梗塞になります。脳の合併症というのは怖いものになります。日本で植込型補助人工心臓による治療が始まった2011年頃は、この脳出血とか脳梗塞というのは多少見られました。その後は新しい装置の開発や、合併症が起こりにくくなるように薬の飲み方をうまく調整する管理の方法であるとか、様々なことがこの10年あまりの間に進歩してきて、最近はこの脳の合併症というのは、ゼロにはできていませんがだいぶ減ってきました」
「もう一つは、やはり金属の塊を体に入れて、植込型補助人工心臓をずっと動かし続けます。そのためには電気信号を送らないと動かないわけですね。電気信号を心臓の横にあるポンプに送るために、だいたい小指ぐらいの太さのケーブルが、ちょうどおへその横くらいから出てきていて、そこから体の外にあるバッテリーをつないだコントローラーと呼ばれる駆動装置を動かすのですけれども、ケーブルが皮膚から出ているところなどからバイ菌が入ると感染症を起こします。この感染症というのは、一番頭を悩ます合併症でした。最近は少し減ってはきたんですけども、やはり何かの加減でバイ菌が付いちゃうとなかなか治らなくて、非常に厄介な合併症です。他にもいくつかの合併症がありますけれども、さほど多いものではないので割愛します」
「もう一つ、この補助人工心臓が安全に動いているか確認する必要があります。そのため、手術の後6か月間は『ケアギバー』と呼ばれる介護者が必要になります。例えば、身内がいろんな事情でもういなくて誰かに面倒見てもらうのも、いろんな事情でちょっと難しいとなると、現在のシステムでは、なかなかすぐに植え込み型の補助人工心臓は使えない、そういう社会的な背景があるケースもあります。今後改善していかなければいけないのは、色々な理由で家族がいらっしゃらない1人で生活をされている方をどうするか、今後は訪問看護師が患者さんの『ケアギバー』としての役割を一定程度果たせるようにしていくのが、一つの方法になります。ただそのために、訪問看護師に補助人工心臓を管理をする資格を取って頂く、また別の意味での教育訓練が必要になります」
「今の訪問看護の診療報酬点数で、そのような高度な医療を要求することが果たして認められるのか、また費用的に十分に見合うのか。これはどちらかというと、医療制度の問題になってしまいますが、根本的に見直す必要があるということです。単純な教育だけではなくて医療制度まで変えるとなると、少し時間がかかるのかなという印象は持っています」
「さらに、脳出血や脳梗塞の後遺症でマヒが残り介護が必要となった場合、家族が仕事などもあり、日中は介護施設でみてもらいたいと思っても、植え込み型の補助人工心臓を装着しているために入所できないといった問題もあります。また、現在は都市部の大学病院を中心に全国に7施設でこの治療が受けられますが(※注)、合併症などで状態が悪くなった時に、大学病院のような大きな病院で治療するほどの重い症状でなくても、大学病院に入院しなければならず、医療現場をひっ迫させている現状もあるといいます。取り扱える施設を全国20か所を目標に拡大予定だといいますが、手術後の患者の生活を地域で支えていくシステムの構築も急がれています」
(※注)「デスティネーションセラピー」として植え込み型の補助人工心臓の手術を受けられるのは現在全国で7施設ですが、心臓移植までの橋渡しとしては全国45施設で手術を受けることができます。また、この他に植え込みの手術はできないものの、外来管理ができる施設が全国で26か所あり、「デスティネーションセラピー」として補助人工心臓の手術を受けた患者さんであっても、これらの実施施設・管理施設に通院することも可能です。