令和流 天皇陛下の新たなスタイル
――まずは令和2年の、ことしの天皇陛下の動きについてです。年初から陛下の卸日程が例年よりも少ないような印象を受けますが、井上さんはどんなところに注目していますか?
私はこの9月15日の稲刈りの日に陛下が出された「ご感想」に注目しています。
「本年は、豪雨等による被害や新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、農業に従事されている皆さんの御苦労もいかばかりかと思います。そうした中、実りの秋を迎え、各地で収穫が無事に行われることを願っております。」
この稲作は、昭和天皇から始まった農民の苦労を知るために始まった作業ですけれども、作業のあとにこうしたご感想が出てくるのは極めてめずらしいことだと思います。
実は、陛下は先ほど一覧で見ていただいた4月のコロナのご進講の時もこんな発言をされているんです。
「この度の感染症の拡大は、人類にとって大きな試練であり、私たち皆がなお一層心を一つにして力を合わせながら、この感染症を抑え込み、現在の難しい状況を乗り越えていくことを心から願っています」
また8月15日の全国戦没者追悼式でも新型コロナについて触れられています。
これらをあわせて考えると陛下の「令和流」という一つのスタイルが見えてくるんじゃないかなと思います。
「私たち皆が」「皆さんの」という表現なんですけれども、政治家がしばしば口にする「国民」という言葉は使われないんですね。ご自身も同じ立ち位置にいるんだということをその言葉で表現されているように思います。
実は陛下は即位前の2017年、記者会見でこんな話をされています。
江戸時代、疫病が流行した時に写経をして疫病退散を願った後奈良天皇などの名前を挙げて「国民に常に寄り添い、人々と共に喜び、悲しむということを続けていきたい」と抱負を述べられました。現代の疫病というのがコロナかと思いますけれども、こうした中だからこそ陛下は、ご自身のやり方で一生懸命寄り添おうとされているのだと思います。
一部には、コロナ拡大に対して陛下のメッセージを求める声もありましたが、ご進講や稲刈りなど機会を捉えて「そっと思いを示す」という道を採られていてこれは目立つことを嫌われる天皇陛下のご性格や「令和流」とも言えるやり方が表れているように思います。
――井上さん、これは、どんな瞬間なんでしょうか?
こちらは、天皇陛下が1991年9月にオックスフォード大学から名誉博士号を授与された時の写真です。日本人としては3人目、90年ぶりのことでした。私は、このときこの場で取材していましたが、陛下が本当にうれしそうだったことを今でも思い出します。
――具体的なエピソードは何か聞かれましたか?
タイトなスケジュールの中で夜は、夕食会などがあったんですが、公式日程の合間を縫っておしのびでパブにもでかけられたんですね。留学時代のクラスメートで、「デンカ」のことを「デンキ」と呼んでしまうような親しい友人カップルと3人だけでこっそり一杯やられたそうです。イギリス、とりわけオックスフォードは陛下の「第2のふるさと」だと受け止めました。
――そのイギリスですが、実はことし天皇皇后両陛下の最初の外国訪問地の予定でしたよね?
そうなんです。初めての外国訪問がイギリスになる予定でした。2020年の皇室最大のイベントになるはずだったんですけれども、残念ながら新型コロナウイルスの影響で延期になってしまいました。
――そこで、きょうのテーマがこちらです。「イギリス~天皇3代、青春の思い出の地」
はい。イギリスというのは今の陛下だけでなく、3代にわたって天皇が青春期の多感な時期を「貴重な時間」を過ごされた場所なんです。
まずこちらの映像ですが、天皇陛下の1983年からおよそ2年間のオックスフォード大学留学中のものです。
当時23歳の陛下は、自分でできることは何でもするんだというお気持ちで、自分で財布を持ち、カードを持ち買い物もし、ディスコにいったり、パブでビールを飲んだりと日本では経験できないような生活をされたんです。初めてのコインランドリーで洗濯機の使い方が分からず床を泡だらけにしてしまったなんていう失敗談も自らの著書で明かされています。
また陛下は、このときの経験を「日本の良さを外から見ることが出来た」と振り返られています。
――陛下はイギリスで日本では経験できないような自由な空気も吸われていたんだという風にも感じられますね。そして続いての映像です。
こちらは1953年、当時19歳だった上皇さまが、エリザベス女王の戴冠式に出席するため昭和天皇の名代としてイギリス訪問された時の写真です。
まだ戦後8年で、交戦国だったイギリスの対日感情は決して良くなかったんですけれども、女王は上皇さまを競馬に招かれるなど、イギリス王室は大変あたたかく若き皇太子を迎えたんですね。
――そしてそのお父様にあたる昭和天皇ですが、こちらの写真ですね?
こちらは1921年、軍艦2隻で皇太子時代の昭和天皇がイギリスを訪問したとき、当時の国王ジョージ5世と同じ馬車でロンドン市内をパレードしたときの写真です。
ジョージ5世はこの時、立憲君主制のあり方ということを昭和天皇に説いたようで昭和天皇はながくそれを記憶にとどめていたというように聞いています。
――昭和、平成、令和と3代の天皇が、いずれも若き日にイギリスで特別な思い出を作られているんですね。
そうですね、この1世紀にわたって、日本の皇室に「世界への窓」を開いてきたのがイギリス王室だったと言っても間違いないのではないでしょうか。
一方イギリス王室のメンバーが、日本に来たときも勿論、皇室は大変温かい歓迎をしています。
こちらは1975年にエリザベス女王が来日した時の映像です。当時皇太子だった上皇さまはエリザベス女王を東宮御所に招き、15歳だった陛下を含め、お子様たちも交えて、とても家庭的にもてなされています。
――そして1986年、チャールズ皇太子とダイアナ元妃が来日した時の映像です。
ダイアナフィーバーで話題になりましたが、浩宮時代の陛下が、自ら京都を案内されるなど、やはり特別なもてなしをされているんですね。
――天皇ご一家にとっては、イギリスは本当に身近な国なんですね。
そうですね。ですから、コロナによる訪問延期は残念に思われているでしょうし、両陛下も、静かに心待ちにされているんだろうと思います。
――井上さん、今後の皇室の注目日程は、なんでしょうか?
延期になっていた秋篠宮さまの「立皇嗣の礼」が11月8日に行われると発表されました。「立皇嗣の礼」は国の内外に、次の天皇はこの方です、と宣明する重要な儀式です。1991年には今の陛下が皇太子として「立太子の礼」に臨まれました。「皇太子」というのは天皇の子供のことで、秋篠宮さまは陛下の弟なので「皇嗣」という立場で臨まれますが、位置づけは同じです。
コロナ禍ではありますが、いよいよ秋篠宮さまの「皇嗣」としての活動が、本格化することになりますので、注目したいと思います。