コロナ禍の外国人労働者「特定技能」の苦悩
■「日本に行けない」
「日本に行くと危ないから。あと飛行機もないし、日本に行けない」
2020年8月、ベトナム人のヴォン・スアン・ティ・トゥイさん(23)は、私たちの取材にこう話し、寂しげな表情を浮かべました。
実家が農業を営んでいるトゥイさん。日本で技能実習生として3年間働いたあと、ベトナムへ帰国。さらに高い技術を身につけるため、新たな在留資格「特定技能」を取得し、千葉県の農家で2020年の春から働く予定でした。
しかし、予想もしなかったコロナ禍が直撃。日本へ渡航するめどが立たなくなったほか、ビザの発給の手続きも停止してしまいました。今はインターネットで日本の感染者数の記事を読んで一喜一憂する日々を過ごしているといいます。
■「特定技能の力がないと回らない」農家も危機感
トゥイさんを受け入れる予定だった、千葉県にあるベジフルファーム。田中健二社長も「早く来てくれるほうが良いことは間違いない」と話しています。
千葉県で小松菜などを栽培している田中社長は、現在11人の外国人を雇用。全員、技能実習生を採用していましたが、これまでに農業の就労経験があり即戦力として働ける特定技能に期待を寄せていて、特定技能の外国人労働者として初めてトゥイさんを採用しました。
しかし、コロナの感染拡大で、トゥイさんの来日予定が大幅に狂ってしまったのです。田中社長は、「必ず外国人の数は必要になる。特定技能などの力をお借りしないと多分回らないと思う」と話し、大規模に農業を行う上で、外国人の労働力が必要不可欠だとしています。
■5年間で「34万5000人受け入れ」しかし現実は…。
トゥイさんが取得した新たな在留資格「特定技能」は、日本の人手不足に対応するため入管庁が飲食や介護など14業種に限り2019年4月に創設しました。一定の日本語能力と業種に応じた技能があれば、最長5年の在留を認め、日本人と同等の賃金で働くことができるようになりました。
政府は、2023年度中に34万5000人の受け入れを見込み、人手不足の“救世主”として「特定技能」に大きな期待を寄せていたのです。
ところが、コロナ禍で見通しは大幅に狂い、2020年10月末現在で、特定技能の在留人数は1万0361人にとどまっています。入管庁は受け入れ見込み人数34万5000人は変更しないとしていますが、担当者は「コロナウイルス感染拡大前は一律で、どの分野も人手不足が起きていた。感染拡大後は分野によって大きな差ができていて、特定技能人材の受け入れが厳しい分野も出てきている。各分野の声を聞いた上で、必要があれば受け入れ見込み人数の修正を検討する」としています。
■「彼女と結婚するはずだったのに」
一方、コロナ禍前に特定技能の在留資格で日本で働き始めた外国人も、様々な悩みを抱えています。
中華料理店「大阪王将」で働くベトナム人のヴ・ミン・トゥアンさん(25)は2017年にベトナムから来日し留学生として専門学校を卒業後、「特定技能」の在留資格を取得。2019年12月から「大阪王将」で働いています。
飲食店では、外国人労働者への依存度が高いにもかかわらず、技能実習生といった既存の枠組みも使えず、慢性的な人手不足から留学生のアルバイトが実質的な労働力になっていました。即戦力の人材により長く働いてもらおうと、「大阪王将」では初めて、特定技能の在留資格を持つトゥアンさんを採用したのです。
コロナ禍でも雇用は維持され、仕事は減らなかったといいますが、トゥアンさんは、別の心配を抱えていました。
「寂しいです。恋人、家族に会いたい」「彼女と結婚したかったのに、それもできない」
特定技能の在留資格では、家族の帯同が認められていません。トゥアンさんは、将来、自分の飲食店を持つ夢を持って日本で働いていて、年に1~2度ベトナムに帰り、家族や恋人に会うことを楽しみにしていました。コロナ禍でベトナムに帰ることができなくなり、慣れない異国の地で頼りにできる人もおらず、孤独感にさいなまれています。
■重要性を増す支援機関
不安に駆られる彼らの支援に奔走する1人の男性がいました。特定技能外国人の支援機関「YDNホールディングス」で働く小林竜さんです。
特定技能で働く外国人については、日本での生活支援が義務づけられていて、企業から委託された「登録支援機関」が様々な支援を行っています。
小林さんは特定技能におけるコロナ禍の影響について、「2月以降でガラリと様相が一変した」と話し、影響の大きさは計り知れないとしています。
特定技能の求人について、2月からホテルや宿泊関係の仕事がなくなり、緊急事態宣言が出た4月以降は外食の仕事が全くなくなったそうです。コロナ禍前は右肩上がりで訪日外国人が増加していたことに加え、オリンピックを見据えていたため、大量の求人が出ていた外食や宿泊、観光の求人は現在も壊滅的に。
一方で、感染が拡大して以降は農業や介護、食品製造の求人はむしろ増えていて、業種による差が大きくなっているといいます。そこで、外食や観光などで、内定を断られた外国人のためには、資格外活動という形でアルバイトできるビザの取得を勧めて収入面をサポートしたり、農業や介護など需要があるのに来日できていない外国人のためには、農家などに直接出向いて入国後の手続きを今から進めたりしています。
また、日本に在留している外国人に心配事がないか定期的に面談をするなど、多岐にわたるサポートに追われていました。小林さんは、「心配になった時に、彼らが連絡を躊躇(ちゅうちょ)するような関係性では心が離れてしまう。小さいことでも、不安な時は迷わず電話やメールを送ってくれるような関係性を築くことが大切」と話し、外国人が日本で安心して働けるように、今日も各地を飛び回っています。
■外国人と共生していく未来を
千葉県の農家で働く予定でしたが、来日できなくなっていたトゥイさんに2020年11月末、朗報が舞い込んできました。ベトナムのハノイで、一時停止していたビザの発給が復活し、ついにトゥイさんにも特定技能のビザが発給されるというのです。早ければ年明けに来日ができるといいます。
「皆が優しいし安心して仕事できる」と話し、日本での仕事について期待に胸をふくらませるトゥイさん。
コロナ禍はまだ厳しい状況が続いていますが、人材獲得競争が激化する中で、トゥイさんのように「日本で働きたい」と話す外国人は貴重な存在です。トゥイさん・トゥアンさんのような外国人労働者が安心して日本で働くために、小林さんのような支援機関の重要性は増しています。
そして、労働力としてだけでなく日本で継続的に働き、共に生きていく生活者として外国人労働者を支えるという視点でより一層の支援策を計れるかが、今後重要になります。