高校生らの提案に1000万円!? 愛知県・新城市「若者議会」とは
こども基本法が4月1日に施行され、こどもや若者に関する政策を決める際には、こどもや若者の意見を聴くことが、国とすべての自治体に義務付けられた。
愛知県新城市には、高校生や大学生らで構成する若者議会があり、1000万円までの予算提案権を与えている。市の活性化、若者の流出防止、学生自身の成長も…新城市で見た、若者の「語る力」、大人の「聴く力」とは?
◇◇◇
3月23日夜、新城市の市議会議場。普段は市議会議員が座る席には、ずらりと高校生らが座り、議長席には制服姿の女子生徒が座って議事進行をしていた。新城市には、市長からの諮問を受けて、新たな政策を提言する「若者議会」という正式な組織があり、この日、昨年度の最終会が行われた。
このような取り組みは各地で始まっているが、新城市の「若者議会」は、若者が意見を述べるだけでなく、毎年度1000万円までの予算を提案する権利が与えられているのが特徴だ。
2015年に設置され、公募で集まった16歳から29歳の委員20人と市外委員5人で構成され、毎年度、新たな政策を市長に提案。政策は市議会の承認を経て、予算がつき、市が実施する仕組みだ。
この日の若者議会では、1年間の議論の末、実際に予算がついて実施が決まった政策の詳細を、高校生らが、市長や市の幹部に対して説明した。
2022年度の提案は以下の3つ。
●市の観光名所を親子が訪ねるといったストーリー仕立ての動画を新たに制作し、YouTube広告に出し、市の魅力を広く知ってもらう
●妊娠・出産の前段階で自身の性について知る「プレコンセプションケア」の充実のため、市内の助産院と連携し、学校での講座と、市民参加イベントを開催。幸せに子育てできる町を目指す
●市の広報誌の若者版を作り、市内の学校の情報のほか、災害時の協力の仕方、外国籍住民などへのアンケートを通じた国際理解なども盛り込み、SNSで発信
これら3つの政策は、去年から市議会議員ともやりとりを重ね、若者議会が内容を固めていったという。最終的には市議会の承認が得られ、合計およそ200万円の予算で2023年度に実施される。
若者による発表後、下江洋行市長は、「みなさんの思いをしっかりと引き継ぎ、責任を持って実施していきたい」と述べた。また、市議会の長田議長は「君たちは、議会にとって町づくりのライバル。君たちには時間があることが強みだ」との言葉を送った。
新城市は2023年度含む8年間で若者議会の提案による43の政策を実施。大きなものとしては、図書館の改装がある。
高校生らが「図書館を家でも学校でもない第三の居場所に」との理念で提案したもので、合計約1000万円、3回にわたって改装し、学生が勉強したり、グループ学習の話し合いの際に集まったりできる机・椅子のスペースを作ったほか、乳幼児向けの絵本などが読める部屋の充実、ゆっくり座れるソファ設置などが実現した。
実施された政策は、市民の交流や観光、就職支援など幅広い。具体的には…。
●高齢者に「おしゃべりチケット」を配布し、高齢者が若者と会話する機会を作り、広い世代の交流を促進
●防災を学ぶ若者の会立ち上げ。防災意識を高める集まりや被災地にボランティアを派遣、その情報を市民に伝えるなど。
●高校生向けに市内の企業情報を写真つきでまとめた冊子を作り、地元での就職を後押し
●市内で撮ったおしゃれな写真をInstagramに投稿してもらい、そこから選んだ写真と撮影場所の地図を載せた観光パンフレットを作成。これは配布後、とても好評で、第二弾も作られたという。
町の人は…。
子育て中の女性「新城市の人口がとても減っている中、若者が市について考える機会を持つのはすごく大事なことだと思う。お金(予算)をつけてもらえることで若者が真剣に考えるきっかけになると思うので私は賛成です」
80代男性「今の若い人の意見も聞いて、(議会の)外からの意見が出るの はいいことだ」
70代女性「議会は何をやっているかよくわからない状態だったので、若者議会は使う予算の名目もはっきりしているのでいいと思う」
新城市は若者議会設置の背景について、市の高齢化率が約37%、山間部は約50%と、少子化・高齢化が深刻な中、若者の流出を食い止めるためにも、若者の声を取り入れる必要があったと説明。大人が思いつかない政策が提案され、市の活性化につながっているという。
実は、若者議会OB10人近くが、市職員(市役所勤務や保育士など)になり、市議会議員になった人もいるという。
若者議会を担当している市職員の加瀬川雄貴さんも若者議会OBだ。大学時代は、新城市を離れていたが、卒業後、新城市に戻り、市役所に就職。
「若者議会に参加していなければ名古屋で就職していただろう。でも若者議会を通じて市が好きになり、市を見捨てることができなくなった」と話す。
3月23日の若者議会で、委員一人一人が1年間活動してきた感想を述べた際にも、「何もない所だと思っていたが、市の魅力がわかり、好きになった」「地域に貢献したい」という声が多く聞かれた。
そして、若者議会は市長への提案をする組織だが、自ら活動するメンバーもでてきた。2022年度の若者議会で「教育・子育て」班の委員長だった菅沼大輝さんは、「わかものーず」という会を立ち上げて活動中。コロナ禍でなくなってしまった市民の交流を復活させようと、3月には市民が参加できるイベントを開催し、500人以上が参加したという。
なお、市には、若者による事業に補助金を出す制度があり、高校生が行う場合10万円が補助される。
若者の意見を聴くことで、市の活性化にもつながるという若者議会。今後、各地でこのような取り組みの広がりが期待されるが、コツや注意点を探った。
新城市の若者議会の委員は公募されるが、高校の先生から声がかかって参加を決めたという学生が多くいた。そして、意外なことに、彼らの多くは「元ははずかしがり屋」「人前で意見を積極的に述べるタイプではなかった」と述べていた。
高校生ら委員をサポートするため、委員のOBらがメンターという役割で議論の際などに加わる。それがポイントの一つでもあるという。
川合正敏係長によると、年度ごとにほとんどの委員が交代するため、若者議会の初回はすごろくやゲームで親しくなる場を設けるほか、最初の数回は、メンターが司会役やホワイトボードに意見を書き込む役などを担う。どんな意見を出しても、ちゃんと聴いてもらえるという雰囲気の中、高校生らが徐々に自信をつけていき、数か月後には司会なしでも、意見が次々に出るように変わっていくという。
若者議会の委員になって以来6年間、ずっとかかわっているメンターは、「いかに話しづらさをなくしていくかを考えている。まずは体を動かしてわいわいしながら楽しむ。その中で、しっかりと話すところは話していくメリハリが大切」と話す。
話し合いの場面では、市職員は口を出さず、見守る役割に徹していた。
川合係長は、「市の課題などを最初にあまり提示しない方がいいかもしれない。市の課題などを伝えると、背伸びした議論になってしまう。もっと、アイデア先行型で、暮らしの中の困りごとから入っていくといいのではないか。行政側が議論を回し始めると答えがいつもと同じになってしまう」と言う。
メンターも「誰もが、不便に思うこと、ここがちょっとなあと思うことがあるはず。じゃあどうしていきたいかなど話していくと、似た意見を持つ人が出てくるので、その子たちをつなげて、班を作ってあげるなどしている。自分の意見は言わず、サポートに徹する」と話す。
市の課題に合わせて意見を出してもらうのではなく、若者発の意見を待つのは、時間や手間がかかり、効率がいいとは言えないが、新城市は、そうした「聴く姿勢」を大切にしていた。
また、印象的だったのは、若者議会で集まって話している時の委員たちがとても楽しそうだったことだ。
若者議会には、話し合いのルールがある。
●相手を否定しない
●自分だけ話さない
●聞き上手になろう
●思ったことは言ってみよう
●楽しく、気軽に
委員の一人、藤井成俊さんに「若者議会で得たものとは」と尋ねると、「自分の意見を変えることが出来るようになったこと」と即答した。
彼は「もともとは、自分の意見を押し通しすぎることもあったが、色々な人と交流して話すうちに、自分の意見が間違っていると受け入れることができるようになった」「若者議会には、人の意見を否定しないでよく聴くというルールがあり、どうしたらそれができるかと考えて試すうちに、ほかの人の意見の方がいいと思えることも出てきて、自分の意見を変えてもいいんだと気づくことができた。堅苦しくなく、やわらかい雰囲気だと自分の本当の意見を正直に言える。メンターのように、友達のような、頼れる大人がいると話しやすいのではないか」と教えてくれた。
こども家庭庁が示した、こども・若者の意見を聴く際の注意点などをまとめた報告書には、
●意見を言える安心安全な雰囲気作りが必要
●大人が聞きたいテーマだけを聞かない
●意見とは気持ちや言葉にならないものも含む
●声をあげにくいこども・若者がいると理解し、多様な手法を検討する
などと盛り込まれている。
人は「意見を発信する力」「語る力」を持っているが、それらを急に発揮できるわけではなく、話したり、聴いたりする機会を重ねるうちに、その人なりのペースや方法で、おのずと語りたいことがわき上がって来るものなのかもしれない。
周りの人は、強制でも無視でも急がせるのでもなく、待ち、聴く、こうした姿勢は、こども・若者の意見を聴く場合だけでなく、大人同士でも必要だと言える。
こどもも大人も、誰もが、安心・安全な雰囲気の中、感じたことを表現し、お互いにそれを否定せず、話し合える社会は、きっと誰もが生きやすいのではないか。
こども・若者の意見を聴くことは、新たな可能性を秘めたチャレンジでもある。