【将棋】“涙止まらない” 「奨励会三段リーグ」を勝ち抜き新たな棋士誕生
プロ棋士への登竜門「奨励会」。その最後に待ち受けるのが、半年かけて行う「三段リーグ」。上位2人が棋士となるこのリーグに参加できるのは、原則26歳まで。全国から集まった「天才」の夢も砕くこのリーグを、人は「地獄の三段リーグ」とも呼ぶ。今月9日のリーグ最終日の対局を終え、山川泰煕三段と高橋佑二郎三段の2人が棋士となることが決まった。(社会部 内田 慧)
●山川泰煕三段
宮城県仙台市出身の25歳
師匠:広瀬章人九段
将棋を始めたきっかけ:父親に教わって
●高橋佑二郎三段
千葉県船橋市出身の24歳
師匠:加瀬純一七段
将棋を始めたきっかけ:父と兄が指していたのを見て、自分も自然と
2人は4月1日付で四段に昇段し、プロとなる。以下、2人の会見内容。
■昇段を決めた今の気持ちを
山川三段:素直にうれしいという気持ち、言葉以外、出てこないです。
高橋三段:自分も本当にうれしいです。
■奨励会をふり返っての感想を
山川三段:14年くらい奨励会にいたんですけど、いいことはそんなになかったなと、苦しいことばかりの奨励会生活というのが正直なところです。ただ、きょう昇段決めて、その苦しみも全てないような感じになりました。
高橋三段:自分も12年在籍しまして、長く苦しいことばかりでしたけど、そういった(苦しい)ことの方が多いかなと思います。
■きょうの対局をどのように迎えたか
山川三段:自分はひたすら本当に無心で、このリーグ中はひたすら無心で、目の前の将棋に向き合うというメンタルでずっと来ていましたし、きょうもそれが継続できていたように思います。
高橋三段:自分は(対局の)前日の夜はいつも眠れないんですけど、きのう1~2時間しか眠れなかったので、何か考える余裕が本当になくて。きょう1日、自分も本当に無心で次の1局勝つ、そのことだけを考えていました。
■山川三段は広瀬章人九段門下から初のプロ棋士 師匠からはどのような言葉が 報告はしたか
山川三段:最終日を迎える前には、「これが最後の壁である。ここを乗り切れないようでは棋士になっても、この先厳しいから。プレッシャーはあるだろうけど」みたいな言葉をいただいて。先ほど、昇段の報告をした際には、「おめでとう」と、電話口ですが師匠も笑顔だったのかなという印象でした。
■高橋三段は師匠・加瀬純一七段や同門の棋士からどのような言葉をもらったか 報告は
高橋三段:自分は師匠の加瀬純一七段をはじめ、兄弟子の先生方、たくさんいるんですけれども、自分に気を使ってか、「がんばってね」くらいで、自分は逆にプレッシャーを感じずにきょうは指すことができたので、そういった意味ではいい精神状態にしていただいたなと思います。先ほど、師匠の加瀬七段に電話したところ、おめでとうと言っていただきました。
■尊敬する棋士、目指す棋士は
山川三段:幼いころから羽生善治九段の将棋を見て育ってきたので、やはり尊敬する棋士、目指す棋士と言われると羽生九段になると思います。
高橋三段:特にこの1年間、将棋の練習などでお世話になった佐々木勇気八段と公式戦などでも対局できるようになればいいなと思っています。
■前節の三段リーグの対局は2人とも黒星、山川三段は連敗している どのような思いで過ごし、きょうを迎えたのか
山川三段:前回は大阪遠征(関西将棋会館)での対局だったんですけど、連敗して帰りの新幹線もどうやって乗ったかも覚えていないくらいで、世界が白黒に見えるくらいの絶望感を持っていたんですが、他の結果を見て、まだ自力(でのプロ入り)があるということで、どうにか気持ちを立て直して、結局将棋をやるしかないなという思いで、日々を過ごしていました。前節では事前の準備をしすぎたところがあって、精神的に余裕がない状態だったのかなというふうに、ふり返って思ったので、きょうを迎えるにあたって、おとといくらいからあまり将棋の勉強をせずに、自分の心と体のメンテナンスということだけを考えて迎えるようにしました。
高橋三段:私は(前節で)2局目に負けて、1局目の時点で、競争相手の方が敗れているのを見ないようにしたんですけど、わかってはいたので、チャンスだなと思いながらも負けてしまって、自分も帰りのことは覚えていないんですけど、自力圏内に残れているということで、残りの2週間はいろんな棋士の先生方に最後の追い込みということで、たくさん練習将棋ということで教えていただいて、何もしない時間というのを作ると緊張で生活するのが厳しいので、とにかく予定を詰め入れて、あまり緊張する時間もないようにきょうを迎えました。
■山川三段は出身は仙台だが、東京に引っ越して小学生名人となっている、住まいの変遷を教えてほしい また、小学生名人となって奨励会に入ったころ描いていた自分からどのような思いできたか
山川三段:宮城県出身だったが、住んでいたのは小学校1年生までで、その後は愛知に(父親が)転勤して東京に転勤してということがあって、小学生名人をとった時は東京代表ということでした。小学生名人をしたり、(奨励会で)18連勝したりと、それだけ聞くともっと早く昇段していなければいけないなという経歴だと自分でも思うんですが、ただ奨励会生活が長くなるにつれて、最低限棋士になることが、この経歴を持っている自分の義務かなということで、そこは少し意識はしていました。
■高橋三段は対局が終わり、廊下ですれ違った時に、目をぬぐうような姿を見たが、あれは誰かにご報告してどのような感情だったか
高橋三段:恥ずかしながら、対局が終わった直後に涙がこみ上げてきまして、止まらなくなってきました。師匠にも先ほど報告しましたけれども、その時も泣きそうになってしまいました。
■プロになろうとしたきっかけ、つらかった時に支えられた人やものは
山川三段:自分がプロになろうと思ったのは、明確にこれとは覚えていないんですけど、将棋がとにかく楽しかったので、強くなるにつれて上を目指していった結果、プロになりたいと思った気がします。
自分は2級時代がすごく長かったんですけれども、その時期に後輩とかにもどんどん抜かされて、その時期につらかったですし、初段に上がってから1回、1級に降級したこともあるので、そういうところもつらかったですね。三段リーグは長いこと…三段リーグはやはりつらかったですね。
それで家族は、特に母親は自身のことを二の次にしてでも自分が快適に将棋ができるような環境作りをしていただいたので、そのあたりは力になりましたし、将棋の方ですと、本田奎六段や斎藤明日斗五段とか同年代の活躍を見て、刺激を得ていました。
高橋三段:自分は棋士を志したのは、父に奨励会というものがあるようだと教えてもらって、自分も子どもだったので、成り行きで入りました。
自分も12年奨励会にいましたけれども、同門の岡部怜央四段が奨励会入会同期で、同じ門下で、同い年ということで、彼と切磋琢磨してきて。切磋琢磨といっても岡部さんの方が昇段のペースは早いんですけど、三段リーグでつらい時も岡部さんに声かけていただいて、たくさん将棋も教えていただいて、今の自分があるのかなと。岡部さんと同門で同期になれたことが本当に運がよかったなと。ターニングポイントかなと思いました。
■山川三段は前期と今期の三段リーグ、非常に好調 何かきっかけが
山川三段:大きかったのは永瀬拓矢九段の研究会に呼んでいただいて、何か言葉で語るという方ではないんですけれども、その背中を見ているうちに、より真摯に将棋に取り組んで、少しでも研究会をしてよかったと思われたいという気持ちも出てきて、それが大きい要因であったかもしれないですね。
■いつごろから研究会に
山川三段:去年の元旦ですね。自分は代打だったんですけれども、そこからしばらくして、固定の研究会とか代打で呼んでいただけるようになって、というのが経緯。本当に研究会中は将棋に打ち込むという空気感がありますし、どういう時でも絶対に研究会をやるというふうに永瀬九段は感じていたので、あれだけのトップ棋士もこれだけ努力しているので、自分ももっとがんばらないといけないということが、力になりました。
■高橋三段の今期好調のきっかけは
高橋三段:佐々木勇気八段や岡部四段、斎藤明日斗五段など、たくさんの棋士の先生に研究会が終わった後、夜に居残り練に付き合っていただきまして、早指しでとにかく局数をこなしまして、その甲斐あってか前期の最後ら辺から手がどんどん伸びるようになって、それが好調の要因かなと思います。三段になったころから棋士の先生に研究会に誘われることが多くなって、棋士の先生方の将棋に対する情熱だったり向き合い方を見て、自分も成長できたのかなと思います。
■趣味は山川三段が「食べること」、高橋三段が「散歩」
山川三段:好きな食べ物はマーボー豆腐が好きでして、自分でも作ってみたり、ラー油から作ってみたりというのも一時期していました。他にも和菓子、洋菓子、お寿司も好きですし、焼き肉も好きですし、正直何が好きかは絞りきれない。
高橋三段:散歩は、普段将棋を指して、家に帰って研究しての往復ですので、その間にできる趣味は歩くことで、非常に気分転換になりますし、最寄り駅から何駅から遠く降りて歩くと、知らない町を歩いて気分転換になりますし、まだ行ったことのないところに行ってみたいと思います。
■自身の将棋のスタイルについて
山川三段:自分では終盤型の将棋と自負しているのですが、もしかしたら、まわりの方が感じている印象は違うかもしれません。最近は序盤の研究にも力を入れているので、そのあたりも注目していただけたら。自分は基本は居飛車党なんですけれども、せっかく棋士になりましたし、良いと感じましたら振り飛車も指したいなと思っていますし、せっかく棋士になりましたので、いろいろな形を指して、認識を深めていけたらと思っています。
高橋三段:自分の棋風、正直あまり序盤型、終盤型というところはわからないんですけど、棋士の先生方についていくために序盤の研究をしていかないといけないという思いから、序盤の研究に力を入れていて、今後は中盤の捻り合いでしたり、最終盤の寄せ合いでも力を発揮できるようにしていきたいと思っている。
■どんな棋士になりたいか目標を
山川三段:棋士になったからには、少し上の舞台で活躍できるようにならないといけないと思いますし、自分の場合、師匠が広瀬九段ということで上の舞台で待っているので、自分もその舞台に上がって、師弟対決を実現できるように研さんを積んでいければいいなと思っています。もちろん普及にも取り組んで、将棋をいろんな方に知っていただければと思っています。
高橋三段:何か一つでも、大きな結果が残すことができればうれしいかなというふうに思います。
■今、将棋界は藤井聡太八冠が席巻している中のプロデビュー すぐに対局はないと思うが、藤井八冠の将棋についてどう思うか、将来的な希望はあるのか
山川三段:藤井八冠の将棋はとても完成度が高いし、本当に序盤・中盤・終盤、すきがない将棋で、理想の将棋の形だなといつも見て思っています。ただ同じ土俵に上がるわけですので、憧れは捨てて、少しでも藤井八冠とあたれる舞台に近づけるようにがんばっていかなければいけないと思っています。
高橋三段:藤井八冠といつか対戦して、今はまだ実力が足りないですけど、もっと強くなって藤井八冠と戦える場所まで早く行きたいなと思っています。