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あたいはやっちょらん 鹿児島・大崎事件 「95歳の叫び」

2023年6月3日 12:57
あたいはやっちょらん 鹿児島・大崎事件 「95歳の叫び」

1979年、鹿児島県大崎町で男性の遺体が見つかり、義姉の原口アヤ子さんが殺人犯とされた。物的証拠はなく共犯者の親族の自白だけで有罪に。冤罪を訴えるも再審の扉は開かず、認知症が進み入院生活を送る。95歳、話すことができない原口さんの心の叫び。

95歳、無実の叫びは、まだ…。

記者
「これからも原口さんの思いを伝え続けますからね」

原口アヤ子さん。「大崎事件」で犯人とされ、10年間服役しました。

原口さん
「本当に何にもやっていないのに、なぜこんな間違った罪を下したのでしょうか。本当に悔しい」

“殺人犯”と呼ばれ、半世紀近くを生きてきた原口さんの人生。

無実を訴え続ける理由。そこには、2人の娘の存在がありました。

原口さん
「あんたたちが一生、殺人犯の母がいたということがなくならないでしょう。一生ついていくでしょう。娘とか孫、孫の子どもまで関わるから。罪だけは晴らさなきゃ生きていけない…」

娘・京子さん
「『やっちょらんもんはやっちょらん』それははっきり言っていました。悪いことは悪いことだと、教えてくれていましたから」

原口さんが犯人とされた「大崎事件」。1979年10月、鹿児島の小さな集落で42歳の男性が遺体で発見されました。殺人・死体遺棄の疑いで逮捕されたのが、四郎さん(仮名)の義理の姉・原口アヤ子さんと、親族の男性3人です。

弁護団によると、原口さん以外の3人は知的障害がある、いわゆる「供述弱者」だったといいます。原口さんの逮捕の決め手となったのは、親族3人の証言。

『原口さんから犯行を持ちかけられた』という自白を、警察が引き出したのです。

逮捕された親族の男性たちの肉声が残されていました。

<逮捕された親族・二郎さん(仮名)の弁護団への証言・1985年>

二郎さん
「(警察が)したやろうが、したやろうがと」

弁護士
「警察が(供述調書を)書かせた?」

二郎さん
「はい」

また、甥の太郎さん(仮名)も。

太郎さん
「(警察に)やったろうが、と言われて…。やっていないんですよ、自分は」

親族3人の供述が認められ、主犯とされた原口さんは、懲役10年の実刑判決を受けました。親族3人にはそれぞれ、懲役1年から8年の実刑判決が下されます。

原口さんは佐賀の刑務所で、10年間の懲役刑。真面目な働きぶりが認められ仮出所の勧めを受けますが、断ります。罪を認め、反省することが条件だったから。

原口さん
「『言った方が軽い刑で出られるから、早く言わんね、子供さんも喜ぶから』って言われたけど、私はやっていないのにやったと、罪を受けたくなかったから。絶対言わないと思った」

出所して5年。原口さんの新たな戦いが始まりました。1995年、初めての再審請求を行います。

原口さん
「無実が解決するまで、自分が健康である限り頑張って無実を晴らしたい」

自白頼みで物的証拠もなかったこの事件。現場から指紋やDNAなども見つかっていません。

冤罪の訴えは7年もの審理を経て、この時は裁判のやり直しが認められました。

原口さん
「良かった。裁判をするようになったから良かった」

しかし、原口さんが訴える再審請求は二転三転と混迷していきました。3度目の再審請求では、地裁、高裁までが再審開始を認めたのに、最高裁が棄却したのです。

原口さんは年齢を重ね、次第に笑顔も見られなくなっていました。

『健康である限り、無実を証明したい…』

しかし、認知症が進み5年前に入院。コロナ禍も重なって、面会謝絶に。

今年になって、特別に取材が許されました。万全の感染対策をとり、原口さんと対面することができました。

記者
「はじめまして。私はずっと大崎事件の取材を続けているんです。ずっとお会いしたかったです」

呼びかけに懸命にうなずく姿は、まるで、何かを叫んでいるようでした。

6月5日。4度目の再審請求の判断が高裁から出ます。その10日後、6月15日に原口さんは96歳になります。


2023年1月29日放送 NNNドキュメント’23『あたいはやっちょらん 鹿児島・大崎事件 「95歳の叫び」』をダイジェスト版にしました。