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不正を通報したら追い込まれ…公益通報は変わるか【#みんなのギモン】

2024年12月28日 16:53
不正を通報したら追い込まれ…公益通報は変わるか【#みんなのギモン】
職場で「不正」を見つけた…上司には切り出しづらい。そのためにあるのが内外の通報先に通報する「公益通報」の制度です。ところが「通報したら不利益な扱いを受けた」といった事例が後を絶ちません。この現状を受けて消費者庁の有識者検討会がこのたび、「公益通報者保護法」の見直しについての報告書案をまとめました。

今後、法改正に向けた動きが本格化する見通しですが、どんな点が注目なのでしょうか。(報道局 調査報道班 小野高弘

■通報したら周囲から追い込まれ…

記者が話を聞いたのは、関東地方の役所に勤めていたAさん。担当していたのは生活保護に関する業務でした。

100人ほどが働くその部署で2年前、Aさんは生活保護受給者の書類の扱いをめぐり、職員による不正があると気づきました。

「生活保護受給者の書類は毎月確認を行わなければならないのに、放置していたり、中には同僚が書類を偽造したと思われるケースもあったりしました。このため収入が増えて生活保護の必要がなくなった人にも費用が支給され続けていました。部署では他にも不正が相次いでいました」

Aさんは直属の上司に対応を取るべきだと進言しましたが、上司が行動を起こす様子はなく、しびれを切らしたAさんは役所が設定している通報窓口の弁護士に対し、生活保護法違反や文書偽造の疑いがあると通報しました。

「そりゃ嫌ですよ、告げ口みたいなのは。でも公務員である以上、不正は許してはいけない。手を打たなければと思いました」

まもなく第三者委員会による調査が行われ、その結果、不正が指摘された職員は懲戒処分、上司である課長らも処分を受け、役所は再発防止策を発表する事態となりました。

ところがAさんが通報した1か月後、まだ第三者委員会による調査が行われているさなかにAさんは突然、別の部署への異動を命じられました。定期異動の4月ではない9月の異動。役所側の説明は「体制の強化のため」というものでした。

自信を持って生活保護の業務を行っていたAさんは困惑し、配置転換は通報したことへの報復だと弁護士を通じて取り消しを求めました。

それでも役所側は「Aさんの上司である課長もAさんからハラスメントを受けたと申し立てたことなどから、職務環境を正常化する必要があると判断し、複数の職員に異動を命じたものだ」として、不当な扱いではないと主張したといいます。

その上に…。

「一緒に仕事をして信じてきた人から、私が人を何人も辞めさせたという悪質なデマを流されました。退職も検討していると部署内で相談したのですが、その日のうちに他部署の人から『辞めるの?』と聞かれるなど、個人の情報も筒抜けになっていました」

結局、Aさんは周囲から追い込まれるような形で退職するに至りました。

「正しいことをすればいいことがあると自分の子どもにも言ってきたのですが、何も報われませんでした」

■「通報したが後悔した」

食品偽装、不正な会計処理、私的流用…相次ぐ企業の不正を受けて作られた「公益通報者保護法」は、組織内で不正を知って通報した人が報復のような不当な扱いを受けないよう保護するためにあります。

ところが消費者庁が労働者1万人を対象に行い今年2月に公表した調査では、実際に通報・相談した人の約3割が「後悔した」「良かったこともあったが後悔もした」と回答しました。その理由として「上司や同僚から嫌がらせを受けた」「人事評価で減点された」「不利益な配置転換をされた」などと答えています。

一方で不祥事が発覚して問題になった企業からは「通報が行われたにもかかわらず、コンプライアンス部門でなく社長が関係者にヒアリングをして『個人的な恨みによる根拠のない通報だ』と結論づけていた」などといった実態も報告されています。企業内で公益通報制度への理解が希薄なために通報者が声をあげても活かされない現状もあるのです。

消費者庁の有識者検討会はことし5月から公益通報者保護法の見直しの議論を進めていて、12月24日、報告書案をまとめました。政府は来年1月召集の通常国会で公益通報者保護法改正案を提出したい考えです。

気になる点はどうなるのか、見てみると…。

■「通報者捜し」

まず問題なのは、匿名で通報した人に対して“組織の裏切り者”のような見方をして、通報者が誰かを捜す行為です。通報者捜しが行われるようでは公益通報しようとする人は萎縮してしまいます。

通報者捜しはこれまでも指針で禁じられていますが、条文には明記されていません。

このため有識者検討会の報告書案では、法律に規定して禁止すべきだとしています。ただ、違反した場合に罰則の対象とすることは見送られました。

また公益通報を妨害する行為も法律で禁止し、これに反する契約締結なども無効とすべきとしています。

■「不利益な扱い」

不正を通報したことで、報復人事のような不当な扱いを受けないかどうかも大きな問題です。

今の制度でも、公益通報を理由にした通報者の解雇は無効となるほか、解雇以外でも不利益な取り扱いをすることは禁じられていますが、罰則がないために抑止効果は十分ではありません。

実際に、通報した本人が「不当に配置転換された」と訴えても会社側からは「適材適所を考えた定期異動だ」と言われて歯が立たないケースもみられます。

今回の有識者会議の報告書案では、不正を通報した人に対し、報復や隠ぺいなどを目的として解雇や懲戒処分にした場合、事業者側に刑事罰を科すことが盛り込まれました。

また、解雇や懲戒処分を不服として通報者が民事裁判に訴えた場合、これまでは通報者自身が不当な扱いを受けたことを証明する必要がありましたが、報告書案では、通報と処分の関係や処分の妥当性を証明する責任を事業者側に負わせるとしています。対象となる期間は、公益通報した日から1年以内に行われた処分としています。

一方、配置転換や嫌がらせなどの不利益な取り扱いについては、「通報→配置転換」の因果関係を客観的に判断することが難しいことなどから、刑事罰や立証責任の対象に含まれませんでした。

■専門家「通報する人の視点に立って」

公益通報に詳しいウェール法律事務所の藤田裕弁護士は、今回の報告書案の内容についてこう指摘します。

「さらなる刑事罰の導入や消費者庁の行政措置権限の強化が示され、公益通報がしやすい環境になっていくことが期待できる内容です。しかし通報者が民事賠償のリスクにさらされている点について、対応としてはいまだ不十分と言わざるを得ません」

「特に、不利益な配置転換について立証責任を転換する規定の創設が見送られたことは通報者の保護としては問題です。日本弁護士連合会がまとめた統計資料でも、通報後に受けた不利益な取扱いの内容として一番多いのは『事実上の嫌がらせ』で、次いで『配置転換』です。『解雇』の相談件数はさほど多くありません。報告書に記載された見送られた理由はいずれも説得力のあるものではなく、『事業者の人事・労務管理への影響が非常に大きい』といった漠然とした危惧感が述べられているにすぎません」

「また、公益通報のために必要な資料収集・持ち出し行為の免責も見送られたため、真実相当性の立証などで依然として通報者は不安な状況におかれることになります。刑事罰のさらなる導入などに目がいきやすいですが、実際に通報を行う人の視点に立った法改正が実現することを願ってやみません」

藤田弁護士は、公益通報の実効性を高めるために、消費者庁も担当者を増やすなどの体制作りが必要だと強調しています。

今後政府は、法改正に向けた準備を進め、来年2月に改正案を閣議決定した上で通常国会に提出することを目指しています。

みんなのギモン

身の回りの「怒り」や「ギモン」「不正」や「不祥事」。寄せられた情報などをもとに、日本テレビ報道局が「みんなのギモン」に応えるべく調査・取材してお伝えします。(日テレ調査報道プロジェクト

最終更新日:2024年12月28日 16:53