「ナイスネイチャ」が切り開いた未来 馬の一生と向き合う“養老牧場”に密着 馬産地・浦河町
熱いレースで人々を魅了する競走馬。
そのほとんどを生産している馬産地・北海道で、引退した馬に寄り添う牧場があります。
馬の一生とどのように向き合うのかー。
牧場の思いに迫ります。
緑広がる放牧地で静かに過ごすのは、かつて競走馬として活躍していた「引退馬」。
ここは浦河町の渡辺牧場。
引退馬を専門に飼育している「養老牧場」です。
厩舎には見学客がー
(見学客)「おだやかでかわいい」
かつての競走馬たちが穏やかに暮らす姿を見て…
(見学客)「ちゃんと見てくれている牧場だと幸せそうに見えるなと思います」
早朝3時半、まだ暗いうちから馬の世話は始まります。
丁寧に馬のブラッシングをしているのは渡辺健太さん31歳。
この牧場の4代目です。
(渡辺健太さん)「これが毎日の日課ですね。この子は前歯がないので、のこさず食べるためにあえて食べさせている」
渡辺牧場で飼育している引退馬は17頭。
人間なら60歳を超える高齢の馬がほとんどです。
エサとなる干し草は食べやすいよう専用の機械で粉末状に。
お湯でさらに柔らかくしてから与えます。
ほかにも、目薬を差すなど体調管理には余念がありません。
馬の多くは「里親制度」を利用して飼育されています。
ファンなどが「里親」としてお金を出しあい1頭のオーナーになる制度です。
健太さんら家族は、馬の体調管理や敷地内の草刈りなど、朝3時半から夜10時ごろまで馬の世話にかかりきりです。
(渡辺健太さん)「かわいいかわいいばっかりじゃないですよね。オーナーさんから少なくないお金をもらって養っているので、使命感みたいなものはありますよね」
しかし、すべての競争馬が静かな余生を送れるわけではありません。
1年に生産される競走馬はおよそ7800頭いますが、現役引退後は多くの馬が行方不明に。
食肉になる馬も少なくないといわれています。
1930年ごろから家族経営で競走馬を生産してきた渡辺牧場。
こうした馬産地の現実と向き合ってきました。
牧場近くの山にはー
(渡辺健太さん)「これは僕が生まれる前の代々の馬たちですね」
渡辺牧場で生まれた馬たちの墓です。
1990年ごろから、自分のところで生まれた馬を引退後に引き取り、最期を看取るようになりました。
牧場の子として生まれ、引退馬とともに成長してきた健太さん。
馬の最期と向き合う難しさを誰よりも知っています。
(渡辺健太さん)「肉に出るのが当たり前なんだという割り切り方も大事な職業といえば大事な職業。迷惑がられることも少なくないし、当時としたらイレギュラーだし、たぶんここだけしかないかという活動だった」
2000年ごろから「里親制度」が知られはじめると、渡辺牧場は飼育費をもらって引退馬を預かるように。
その後、養老専門の牧場として再スタートを切りました。
線香を手渡されたのは東京から来た夫婦。
ある引退馬の四十九日の墓参りに来ました。
(東京から来た会員)「いまでも生きて笑っているような感じ。そんなイメージを頭に浮かべ手を合わせた」
エサのニンジンをおいしそうにほおばる馬。
ことし5月に35歳で死んだ「ナイスネイチャ」です。
渡辺牧場生まれのナイスネイチャは、1990年代に活躍し重賞レースを4勝。
有馬記念では3年連続3着となり「ブロンズコレクター」と呼ばれ、根強いファンが多い馬でした。
現役後はNPO法人の「引退馬協会」が里親となり、多くの会員に愛されました。
(東京からの会員)「亡くなったあとも忘れずに来られる場所があるのは幸せだと思う」
(渡辺健太さん)「余生を見て下さるファンの方に出会えて天寿を全うできるのはすごくまれなこと。多くの方に愛された馬だなと実感しています」
ふるさとで一生を過ごしたナイスネイチャ。
実は、意外なところで引退馬に貢献しています。
おととしリリースされたスマートフォン向けゲーム「ウマ娘 プリティーダービー」。
実在の競走馬をモチーフとしたキャラクターが登場し、若い世代に人気となっています。
ナイスネイチャもウマ娘のモデルとなり話題に。
引退馬協会が誕生日に寄付を募ったところ、なんとおよそ1億7000万円が集まったといいます。(2017年~2023年)
寄付はほかの引退馬の飼育費などに使われ、100頭以上の支援につながる見込みです。
(引退馬協会 加藤めぐみ専務理事)「ウマ娘がきっかけでこれほどまでの脚光に浴びたというのが予想しなかったことだが、引退馬支援のすそ野が広がったと感じている」
寄付をもとに新たな活躍の場を目指す馬が去年まで地方競馬に出走していた「ニットウイロンデル」。
いま挑戦しているのが「再就職プログラム」です。
このプログラムでは、ナイスネイチャが集めた寄付で引退した競走馬を「乗馬用」に再トレーニング。
乗馬クラブなどに無償で譲渡します。
第2の人生ならぬ第2の「馬生」を支援する狙いです。
トレーニングは健太さんの妻・麗美さんが担当しています。
(渡辺麗美さん)「競馬って早く走ることを要求されるけど、乗馬は逆にゆっくり走ることを要求される」
競馬を「スピードスケート」とするならば、乗馬はいわば「フィギュアスケート」。
繊細な動きで馬場をゆっくりと回ります。
(渡辺麗美さん)「動きがきれいなので、馬場馬術とかで活躍してくれるのではないかと」
ナイスネイチャが切り開いた馬の一生の新たな選択肢。
健太さんは引退した馬たちの受け皿が広がることを期待しています。
(渡辺健太さん)「その子の余生を見てくれるようなオーナーさんになってくれる人とのめぐり合いの場が少しでも増えれば、その子が乗馬を引退した後でも“第3の馬生”が待っている未来が作れるような手伝いをしていけたら」
馬の一生と向き合い続けてきた渡辺牧場。
引退馬と人の新たな未来が始まりつつあります。