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【解説】親は喜ぶ一方で…保育士からの不安「今でもギリギリなのに…」慢性的な人手不足に拍車の懸念 大阪市“こども誰でも通園”試行1か月

2024年8月4日 9:30
【解説】親は喜ぶ一方で…保育士からの不安「今でもギリギリなのに…」慢性的な人手不足に拍車の懸念 大阪市“こども誰でも通園”試行1か月

 大阪市が「こども誰でも通園制度」の試験運用をスタートさせて1か月。子育て家庭の多くが抱える『孤立した育児』への不安や悩みの解消を目的とした制度で、利用者の評判は上々だが、一方で、保育現場からは不安の声が上がっている。慢性的な人員不足の中、日々の業務への負荷がさらに増す現状に対し、現場の保育士や専門家は“危機感”を訴えている。(報告:加藤沙織)

■「病院の日は夫が仕事を抜けて」「1時間でも2時間でも…」保護者から感謝の声も

 大阪市住之江区の認定こども園「住の江幼稚園」では、試行実施初日の7月1日、朝から子どもを幼稚園に預ける保護者の姿が見られた。

 長男を預けに来た母親(38)は「夫の転勤で、四国から引っ越してきたので両親を頼ることができないので、この制度があることを知って利用した。病院に行く時など、夫に仕事を抜けて子供をみてもらってたのでとてもありがたい」と笑顔で語った。

「子ども誰でも通園制度」は、働いていない親でも、生後6か月から2歳の子どもを保育所などに預けられる制度。月10時間まで、1時間300円で利用できる。国が2026年度からの本格実施を目指すのに先駆け、東京都文京区や福岡市、大阪府高槻市など全国の自治体で試験運用が始まっている。

 大阪市でも試行実施から1か月が経過。利用できる時間は限られているが、保護者からの評判は非常に高い。

 改めて園に話を聞いたところ、保育士の女性は「『1時間でも2時間でも家のことをする時間が持ててうれしい』と親御さんは喜んでくれています」と、子育ての支えとして機能していることを実感していた。特に2歳児は、上のきょうだいに在園児がいるケースが多く、登園に慣れてきた子どもも多いという。

■“保育士不足”に拍車 「今でもギリギリ…誰でも来たら回らない」

 一方で、課題が残るのは、保育施設の受け入れ態勢だ。

 住の江幼稚園の市田守男理事長は、受け入れ状況について「うちはたまたま産休の先生が帰ってきて、職員に余裕があったからできているようなもの。よその園の話を聞いていると、『日々の保育に人が足らない』と。この制度をやってくれと言われても手を挙げるところは少ないでしょう」と話す。

 保育現場には、保育士1人が受け持つことのできる子どもの数『配置基準』が存在する。3歳児が保育士1人あたり20人までなのに対し、1~2歳児は6人まで、0歳児は3人までと決まっている。

 さらに、子どもを預かる間、遊びも昼食も昼寝も、子どもから片時も目の離せない保育の現場。子どもを帰らせた後でも、1人1人の生活記録の記入や行事の準備など、保育士の仕事は山積する。

 大阪市は最大約650人を受け入れる方針を発表したところ、0歳児の親からは定員を超える応募があり、市内には800を超える保育施設があるが、受け入れを決めたのは17施設にとどまった。

 ある関西の公立園の保育士は、「今でもギリギリでやっているのに、本当に“誰でも”通園できるようになったら、もう回らない」と深刻な人手不足の現状を語った。

■不慣れな環境に「泣きっぱなし」…保育士の仕事を『圧迫』

 さらに“誰でも通園”の場合、通常の保育とは異なる課題が存在する。

 受け入れを行っている施設で、幼い0~1歳児の中には、母親と離れて不慣れな環境に戸惑い、預かっている時間のほとんどを泣いて過ごす子どももいるという、そうなると保育士はずっと抱っこをしなくてはならないことになる。

 “誰でも通園”を試行実施している施設の保育士も「慣れないお子さんをみるのは当然神経を使う。受け入れには環境も整えなければいけない」と語り、今後の制度改善に期待を寄せていた。

 こうした現状に対し、大和大学白鳳短期大学部の東孝信教授(こども教育専攻)は、「休憩もほとんどなく、日誌すら満足にかけないくらい仕事量が多いのが保育現場の現状で、“誰でも通園”により、さらに手間が増える。保育士の仕事を圧迫するのは事実」と危機感をあらわにしている。

■“ブラック職場”による負のスパイラル…「どれだけ国を挙げて子育てするか」

 ただ、課題解決のためには保育士の増員が必要だが、保育現場を志す学生の数は「ここ数年ずっと減少傾向」だと、東教授は語る。保育現場は“慢性的な人材不足”により“ブラック職場”と化し、それにより保育士のなり手がさらに離れるという“負のスパイラル”に陥っているという。

 東教授は、業務効率化など各施設の経営努力が必要とした上で、「財源が大事。国や地方自治体がどれだけ予算を向けられるか、少子化の時代に、どれだけ国を挙げて子どもたちを育てていくかということになっていく」と、子育て施策を進めるための“土台作り”の必要性を訴えた。

 大阪市では9月から新たに、0~2歳児の保育料について第2子も無償化し、保育ニーズのさらなる高まりが予想される。

 横山英幸市長は2日、「すべての子どもたちに等しくチャンスがある社会であるべき。将来世代に徹底的に投資するということを本気で考えていかねばならない」と話すが、利用者への投資ばかりでなく、負担が増えるばかりの保育現場への投資も“本気”で考えねばならない時が来ている。

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