【特集】能登の高校生が気仙沼で過ごした夏 伝えたかったのは未来の姿「きっと支えてくれる存在がある」
震災を経験した9人は地元の復興に携わるなか、「能登半島地震に遭った高校生たちが希望を持つきっかけになれば」と、今回の取り組みを企画した。
大学生の1人、岩槻佳桜さん。
当時、5歳だった岩槻さんは、幼稚園で被災。
それまでと同じ生活ができなくなるなか、前を向くことができたのは「地域の外」からの支援だった。
岩槻佳桜さん
「いろんな人から支援していただいて、こうやって私が生きているんだっていうことを知った。いま立場的にも、何かできることがあるんじゃないかと思って」
震災から13年。
気仙沼の復興の歩みを自分の肌で感じてほしい。3日間の体験プログラムが始まった。
気仙沼生活2日目。
この日は高校生がそれぞれ希望したコースで気仙沼の現状を学ぶ日。
岩槻さんは防潮堤について知りたいと言う高校生に付き添った。
気仙沼市議会議員 三浦友幸さん
「やっぱり当時、防潮堤を作るのか作らないかで、すごい住民が揉めたり対立した」
防潮堤の建設に携わった、気仙沼市議会議員の三浦友幸さん。
住民同士が対立するケースもある中、そうでなかった地域もあったと振り返る。
気仙沼市議会議員 三浦友幸さん
「大谷地区の防潮堤が欲しい人もいるし、いらない人もたくさんいて、みんなの大事な砂浜を残そう、守ろうというところでみんな一致団結して地域が対立しなかった」
結果として、海沿いの国道をかさ上げし、防潮堤の役割と海が見える環境を維持した大谷海岸。
この地域で育った岩槻さんは、実際に現地を案内する。
見せたかったのは大谷海岸の現状。そして、伝えたいことがあった。