養殖マダイの刺身は冷凍にしても美味しい!?魚のおいしさを“見える化”する最新テクノロジーの可能性
去年1月にお伝えした、愛媛のマダイを世界に売り込もうと美味しさの見える化を進めるプロジェクトの“その後”です。
1990年以降、愛媛が生産量日本一を守り続けている養殖マダイ。全国の養殖マダイの半数以上を愛媛産が占めています。
リアス式海岸が連なる西予市三瓶町。マダイの養殖が盛んな町です。
水産会社社員(20代):
「出身は岡山です。仕事で水産業をしたいと思ってて。結局人がどんどん減っていってるんで、環境を変えていかないと若い人達もやらないと思う」
今、水産業界が抱える課題の一つが“漁業人口の減少”。ピーク時におよそ3万人いた県内の漁業者は高齢化や担い手不足によって5000人にまで激減。そのほとんどが60歳以上です。
さらに“トラックドライバーの時間外労働の上限規制”が始まり、活魚の輸送時間が拡大。加えて、飼料の高騰など様々な問題に直面しています。
愛媛から、持続可能な漁業を。立ち上がったのは、南予の水産会社の2代目。タッグを組むのは養殖のスマート化研究の第一人者。
マダイの美味しさを見える化せよ!前代未聞のプロジェクトが最終盤を迎えています。
赤坂竜太郎さん(39)西予市三瓶町でマダイの養殖業を営んでいます。
この日訪れたのは松山市内の加工場です。
赤坂さん:
「中骨も外してます。これが全て商品になります。冷凍です。生食用ですもちろん」
石若さん:
「身がすごいきれいですね」
朝届いたばかりの新鮮なマダイを切り身に加工。真空パックにして急速冷凍しています。
赤坂さん、身として食べられる部分が全体の3割ほどしかないマダイを切り身にして輸送することで、活魚のおよそ20倍の量が運べると試算したのです。
さらに、2024年問題により首都圏への輸送にこれまで以上に時間がかかることを見据え、冷凍で輸送することに。
それに合わせ、鮮度やうまみなど冷凍魚のおいしさの指標づくりをAIを使って行えないか、試行錯誤を重ねています。
ソフトバンク テクノロジーユニットIT石若裕子さん:
「NIRセンサっていう近赤外線センサーで、いろんな波長の光を当てて反射光をとってます。リアルタイムで魚の品質がわかる。しかも魚を傷つけることなくわかる」
赤坂さんがタッグを組んだのが、ソフトバンクでAIの研究開発を進める石若裕子さんです。
石若さん:
「餌止め期間の違いによる化学物質がどう変化するか検証。あと味、テイスティングのテストをやります。それと併せてNIRセンサーで測って分光器の結果がどう変わるのかをやります」
通常、活魚で輸送する場合、鮮度を保つため魚に餌を与えない餌止めの状態にします。
この日用意されたのは餌を止めた翌日、そして4日後、9日後に締めたマダイ。
首都圏向けの場合、出荷までに丸2日餌止めし到着するまで最低でも4日は餌を食べない状態が続くため、活魚で届けても身が痩せて脂肪分が減ってしまうといいます。
一方、産地加工の場合、餌止めはせず、すぐに締めて冷凍。さらに輸送中に熟成が進むため、消費者の所に届く頃には脂がのった熟成マダイの状態に。
味や食感などにどのような変化が出るのか検証します。
石若さん:
「口に入れたときの食感とか口の中のもごもご感が変わってくるので、同じ大きさでお願いしています」
実際に人が食べて評価したデータも欠かせません。
石若さん:
「思い込みが入るとそういう風に味が変化しちゃうのが人なので。そういうものを避けるために何食べてるか分からない状態で食べてもらってます」
石若さん:
「これだとどれがいいですか?」
試食をするのは「銀のさら」など、全国で宅配寿司店を展開する企業のバイヤー。品質規格が確立されることで、味や鮮度にばらつきのないマダイを、全国の店舗に安定して供給することができると期待を寄せています。
この日用意されたのは、締め方や熟成期間の違う10種類のマダイ。何もつけずに試食し、歯ごたえや舌ざわり、甘みや臭みなど10の項目を評価します。
ライドオンエクスプレス バイヤー 鈴木康之さん:
「今回10種類食べましたけど、10種類の中でも脂身があるのも感じるし薄いものもあるし柔らかい硬いというのは感じる」
石若さん:
「熱加えるとタンパク質が変わるので」
ライドオンエクスプレス 原島一郎さん:
「刺身だったらこれ寿司だったらこれ。焼きだったらこれみたいなのが出てくると面白い」
鈴木さん:
「それこそ熟成じゃないですが、捌いてから数日たったものがおいしいとかあると思うので、どのタイミングがベストかは実験で測ったもので分かればいいかなと思います」
石若さん:
「がんばります」
2年にわたって開発が進められてきたマダイの品質規格づくり。そのお披露目にあわせて、勉強会が開かれました。品質規格のアプリ開発には、AIを使った波形の分析などを専門とするスペインの企業も携わりました。
ベルビオテクノロジーズ社 ジャウマ・パドレルさん:
「今とったデータがスペクトルです。このスペクトルを学習したAIに入れて分析します」
赤坂さん、自ら育てたマダイにどんな数値が出るのか初めて確かめます。
ジャウマさん:
「ここに見えてるのがスペクトルで、魚の成分の中でどれが重要かがこの中で分かります」
マダイの切り身にセンサーを当てることで大量のデータを学習したAIが分析、どんな成分が含まれているか瞬時に表示します。
石若さん:
「こっちが味と風味」
ジャウマさん:
「うまみ。この旨味の計算式は日本で開発されたものです」
石若さん:
「この数字でクオリティのレベルを出している。8.38というのが…鮮度の数値がここに出てます。鮮度は低ければ低いほど新鮮です」
鮮度を表す値もリアルタイムで測定できるようになりました。
赤坂さん:
「我々の認識と大体合ってますね。鯛という絶対的な基準がある中でそれに合致するような数字なのかなと」
赤坂さん、納得の表情です。
ベルビオテクノロジーズ社 カルロス・プイジャナーCEO:
「魚市場でこういう風にクオリティを測ることはないのですごい興奮してます。可能性があると思う」
さらに冷凍マダイのポテンシャルを探ろうと招いたのが、国連のレセプションなど世界を舞台に活躍する杉浦シェフ。数々の一流食材と対峙してきた“トップシェフ”の評価は…
National Executive Chef 杉浦仁志さん:
「こちらの冷凍魚は生と大きな開きがあると言えば、そこまでないという所まで技術は近づいていると思います」
Q品質規格ができたことで可能性は広がる?
「絶対に広がります。今、門出が開く瞬間を私もご一緒しているんじゃないかと思います」
マダイのカルパッチョなど6品。それぞれ冷凍と生の2種類が用意され、参加者はどちらが冷凍かを伏せた状態で、美味しいと感じた方に投票します。
試食会にはプロジェクトを支える県の職員や、“神経締めの達人”として知られる、今治のカリスマ漁師藤本さんの姿も。
神経締めの達人 藤本純一さん:
「僕たちは目指す所が違うというかまた別の美味しいが好きですけど、一般的には(冷凍魚は)美味しくなってるんじゃないですか。冷凍は悪いものではないので調理方法次第で」
愛媛県 デジタル戦略局 片岡洋平さん:
「冷凍と生魚ってそんなに変わらないという実感を得られたので、世界で出しても売れるんじゃないかと強く思いました」
果たして投票の結果は…
石若さん:
「結果をいいます。真鯛のセビーチェ。生が6、冷凍が9。冷凍の方が評価高かったです」
6品中4品が“冷凍”の方が美味しいという結果となり、料理によっては「生のマダイを勝っている」という反応も聞かれました。
赤坂さん:
「冷凍を扱う高い技術があれば高いクオリティができると確信したし、品質規格によって冷凍や熟成の品質を明示化することで、我々の中であたりの出来、はずれの出来がはっきりしてくる。愛媛のマダイって産地で食べたら美味しいんですけど、これまで海外に出ていけてなかったものが世界に出ていける希望になった」
最新のテクノロジーで魚の“おいしさ”を見える化する。赤坂さんたちのプロジェクトは水産業の未来を、ニッポンの一次産業の未来を大きく変える可能性を秘めています。