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【特集】「心臓病の子どもを救いたい」小説『下町ロケット ガウディ計画』が現実に!モデルとなったメーカーと医師、異色の開発チームの挑戦 業界の“タブー”を破る発想の転換でたどり着いた、小児医療の新たな可能性

2024年1月12日 20:00
【特集】「心臓病の子どもを救いたい」小説『下町ロケット ガウディ計画』が現実に!モデルとなったメーカーと医師、異色の開発チームの挑戦 業界の“タブー”を破る発想の転換でたどり着いた、小児医療の新たな可能性
「心臓病の子供を救いたい」繊維メーカーと医師 異色チームの挑戦

 子ども用の医療機器開発に挑む町工場を描いた、池井戸潤氏の小説「下町ロケット ガウディ計画」。小説のモデルとなった中小企業と大阪の医師らがチームをつくり、その物語が現実になろうとしています。その背景にあるのは、子ども用医療機器の開発が遅れているという課題。異色の開発チームが示した小児医療の新たな可能性を取材しました。

「先天性心疾患」の子どもの負担を減らすためにつくられた「シンフォリウム」

 小児の心臓血管外科医・根本慎太郎さんが大切にしている言葉があります。

「実力の差は努力の差・実績の差は責任感の差」
「真剣だと知恵が出る・中途半端だと愚痴が出る」
「本気でするから大抵のことはできる・本気でするから何でも面白い・本気でしているから誰かが助けてくれる」

長年追い求めた悲願の医療機器の開発が大詰めを迎えたある日。苦労を共にした仲間を前に、根本医師はこう切り出しました。

(根本医師)
「夫婦が結婚して子どもほしいよね。で、妊娠しました。で、女房の腹がどんどんどんどん大きくなって、いよいよだ」

開発の成果を我が子に例えた根本医師、これからが正念場だと語ります。

(根本医師)
「今度はどうするかというと、親はその子どもがどういう風に育っていくか、どこまで育っていくのか、どういう風に育つかというのを今度は心配しないといけない」 

過酷な手術を繰り返す子どもの負担を減らすために作られた新たな医療機器。その名も「シンフォリウム」。開発の裏側から見えた小児医療の新たな可能性とはー。

説明を受けるたびに息子は何度も涙を…成長に応じて何度も手術を必要とする「先天性心疾患」

この日、根本医師は子どもの心臓手術に臨みました。患者は、生まれつき心臓に異常がある「先天性心疾患」の1歳6か月の女の子です。心臓に見つかった穴を塞ぎ、狭くなっている肺動脈を切って広げます。「先天性心疾患」の赤ちゃんは「100人に1人いる」といわれています。心臓の穴を塞ぐため、一時的に心臓の動きを止めます。代わりに人工心肺が子どもの命をつなぎます。

 穴を塞ぐため縫い付けるのは、フッ素樹脂でできている「パッチ」と呼ばれる“つぎ当て”です。この「パッチ」は伸びないため、子どもが成長して心臓が大きくなると交換しなければいけません。負担の大きい心臓手術を数年後には再び、受けなければならないのです。「『シンフォリウム』があれば、こんなことしなくていいのに」と根本医師は言います。そして、問題は他にも…。

(根本医師)
「(パッチは)異物なのね。異物に対して『これは自分の身体じゃないから攻めよう』というような、いわゆる免疫というか炎症というのが働く」

既存のパッチは2年も経てば素材が劣化し、カルシウムなどが付着して骨のように固くなり始めます。一方、開発中のパッチ・「シンフォリウム」は、ほとんど異常がみられず交換の回数を減らすことが期待されています。

 加藤廉基君(取材時15歳)は、先天性心疾患があり心臓の弁の代わりにパッチを使って命をつないできました。廉基君が初めて手術を受けたのは、生後13日のこと。当時の写真を観ながらお母さんが振り返ります。

(母親)
「廉基君とこれが初めてのご対面。本当は入ったらあかんねん、子ども。でも、根本先生が『お兄ちゃんたち見てないでしょ』って『いいですよ、連れてきて』って」

 それから15年が経ち、廉基君が高校1年生になった2023年6月、2回目の手術の日が訪れました。パッチを交換する手術は、再び胸を開くため痛みを伴い、一時的に心臓をとめるなど負担も大きくなります。廉基君は、医師や看護師から説明を受けるたびに何度も涙を流したといいます。

(母親)
「麻酔が効くまで、『お母さんそばにいていいですよ』って言って。ずっと手を繋いで麻酔が終わってから私は退室しました。今回根本先生がこういう先天性の子どものために開発してくださって、例えば、生きている間5回手術をしないといけないところを1回だけでも減らせる、4回で済むかもしれない、それだけでも本人の負担も少ないだろうし、私達の気持ちも怖さも減るというか…」

「結構無理難題があって…」中小繊維メーカー、大手化学メーカー…医師の“熱意”に応えた人たち

 子ども用の医療機器開発を題材にした小説があります。題名は「下町ロケット ガウディ計画」。心臓に病気がある子どもを救うため、医師と中小企業が壁を乗り越えながら医療機器の開発に奮闘する物語です。小説に登場する中小企業のモデルとなった実在する会社が、繊維の産地・福井県にあります。

 繊維メーカー「福井経編興業」は2024年で創業80年となる。社員の数は約90人、ニット生地の国内生産量は業界トップレベルで約2割のシェアを占めます。高い技術が評価され、その生地はラグビー日本代表のユニフォームにも採用されました。しかし、外国製の安価な生地に押され、会社の先行きを案じていた10年ほど前、社長は一本の電話を受けました。

(福井経編興業 高木義秀社長)
「大阪医科大の根本って言う先生から電話があって、『僕は小児心臓外科医です』と『毎日のようにオペを子どもにやっているけども使い勝手も悪いし、我々が本当に今欲しいものを一緒に一回作りませんか』という話になって」

命にかかわる医療機器の開発は、不具合を起こした場合、訴訟などのリスクも伴います。根本医師は高木社長に「一度手術を見に来てほしい」とお願いしました。

(高木社長)
「本当に先生の“ゴッドハンド”っていうとあれですけど、神の手で。すごいなドクターっていうのと、それ以上に子どもたちがこれに耐えたというのがすごいことですよね。あれを見た時に、これはもう仕事というのではなくて、こんな手術を二回も、ぼくら見るだけでも涙が出るような頑張りをやってる、それを二度と起こさせたくない。みんなを助けたい、という気持ちがものすごくここで思いました」

 2014年、繊維メーカーによる医療分野への挑戦が始まりました。生産管理部の櫻井さんは、技術を見込まれ開発メンバーに選ばれた1人です。

(開発メンバー 櫻井潤さん)
「根本先生だったりとかから、こんなものを作ってほしいという依頼があって、それに対してけっこう無理難題といいますか、そういうことがあって…」

 シンフォリウムに求められたのは、「組織になじむ素材であること」・「体や心臓が大きくなるのに合わせて、パッチが2倍ほどのサイズに伸びること」・「強度を保つこと」でした。

(開発メンバー 山田さん)
「実際作ってみたら糸に戻っちゃうという症状が出て。これじゃダメだよねと」

大きく伸ばすと強度が足りず生地の状態を保てない。強度を上げると、今度は大きく伸びない。作っては失敗を繰り返す中、開発は時間との戦いでもありました。

(山田さん)
「いつまでに作らなくちゃいけない、とかいろいろあったので」

高木社長はシンフォリウムの開発に必要な無菌室を作るなど、多額の設備投資も行っていました。早く実用化しなければ、開発費用がかさみ回収するのが難しくなります。また、子ども用の医療機器は患者の数が少ないため、実用化しても利益になりにくいと言われ、参入する企業はわずか。それでも、彼らは諦めませんでした。

 行き詰った時に、根本医師を勇気づける、ある言葉があります。

(根本医師)
「『成功とは失敗を重ねても、やる気を失わないでいられる才能である』。失敗だ、とにかくやれ、失敗だ、やれ…とやってる間に成功に行くこともあるよね。しょっちゅうこの言葉を見てるわけじゃないよ。なんかうまくいかないことなんて山ほどあるじゃん。そういう時に目に飛び込むようにしてる」

 成功への道のりは長く、壁は高い。それでも救いを待つ子どもはたくさんいます。子どもから送られた手紙に描かれた似顔絵をみながら根本医師は話します。「こんな感じでお子さん本人から(手紙が)来るというのは面白いよね」。

 「シンフォリウム」の開発を支えた会社が他にもあります。化学メーカー大手の「帝人」です。帝人の担当者・松尾千穂子さんを根本医師はこう評します。

(根本医師)
「(松尾さんは)どこにでも行くんだよ。アメリカの中でもトップの人、ほぼ全世界のトップに直談判に行って『この人に会ってきました』って。写真見せてもらったんだけど、『俺らでもこの人喋れないのに』って言う人に、そこら辺の椅子に座って喋ってるの、しゃがんで」

帝人は、開発が実用化した後の収益を確保するため、販路を広げようと世界各地でシンフォリウムの可能性をアピールしました。日本の市場だけではビジネスが成り立たないからです。シンフォリウムが成功例となれば、遅れている子ども用の医療機器開発を後押しする“道しるべ”になるとも信じていました。

「業界ではこんな作り方タブーだよね」発想の転換で、ついにたどり着いた成功

 そして、臨床試験が始まった2019年。開発チームは発想の転換から成功にたどり着きました。

(開発メンバー 山田さん)
「業界ではこんな作り方タブーだよね、というやり方なんですよ。『これを逆にこうしたほうが、ちょっとそういう伸びるのができるのではないか?』というので始めたのがきっかけなんです」

シンフォリウムは2種類の糸で編まれた生地です。1つは体内に吸収されてなくなり、もう1つは、吸収されずに残って2倍ほどの大きさに伸びる仕組みです。心臓の組織になじみながら、体が成長するのに合わせて伸びて広がるため、パッチ交換のための手術の回数は少なくなります。臨床試験を経て、2023年7月、シンフォリウムの製造・販売が国に承認されました。

 開発の着手から9年、チームのメンバーが一堂に集まりました。医療保険の適用や販売価格の調整…。
国との話し合いに向け医師が助言し、メーカーが知恵を出します。

(根本医師)
「彼らは彼らで役人の中で持ってきたものがあると思う、そこにフィットするようにしなきゃならない」
(帝人担当者)
「適正な価格ではありながらも、やっぱり我々として利益が出るというのはしっかり主張すべきだと思う。それだけいい製品だと思ってますので」

(根本医師)
「運命共同体みたいなところがある。誰が崩れてもだめだし、誰かが崩れたら終わりだしというところがあって。そこがこの1枚の、たった1枚の布を世の中に届けるということが、どれだけ大変かということ。このチームワークがないとできない」

 そして今、開発チームは新たにシンフォリウムを使った心臓の人工弁の開発を始めています。

(廉基君の母親)
「すごく忙しい方なんですよね、手術もしてそうやって開発もする。そういう先生がいてくれるおかげで未来が明るい」

根本医師が大切にしている言葉があります。

「本気でするから大抵のことはできる。本気でするから何でも面白い。本気でしているから誰かが助けてくれる」

(「かんさい情報ネットten.」2023年10月20日放送)