元宝塚トップ・安蘭けい「歌は最大の武器でもあり弱点でもある」――「今は歌との距離を冷静にみている」現在地とは
■アイーダ役で務めた「エトワール」
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本日のキーワードは「エトワール」。出演者がシャンシャンを持って大階段を下りるパレードの最初にソロ歌唱をする役柄。エトワールはフランス語で「星」という意味で、主に歌の上手い娘役が担当するが、まれに男役が務めることもある。劇場を包み込む高らかな歌声が華やかなパレードの始まりを告げると、クライマックス感に客席のテンションも一気に上がる。
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(安藤アナ):安蘭さんは男役ですが、『王家に捧ぐ歌』ではアイーダ役。そしてエトワールを務められました。
エトワールは本当に歌が上手い人がやるという枠。私は男役でしたし、なかなかチャンスが回ってこなかった。そうこうしているうちに2番手になり、もう無理かなと思っていたのですが、このアイーダで(エトワールを)させてもらい、また夢が叶った瞬間でした。
(中島アナ):(元星組トップ娘役の)遠野あすかさんも受験生の頃から(「エトワール」が)夢だったと話されていました。ただ、(自分が)満足に歌えたのは数公演だけで、歌う直前は早替わりをして階段を駆け上がって息も上がっているような状態だという話をされていたんです。エトワールには特別の難しさ、緊張感はありますか。
そうですね。でもこの頃は男役の2番手という責務があったし、私は自分の立場もありつつのエトワールではありました。ただ、最後のパレードで一番先に下りて公演の主題歌を歌うことは、みんなができることではないので、とても大切に歌っていたとは思います。大階段でスポットを浴びるのはスターにならないとできないこと。エトワールはスターの位置なので、みんなが憧れるところだと思いますね。
■それぞれの「正解」がある
(中島アナ):退団後についても聞いていきます。宝塚での代表作『スカーレット・ピンパーネル』に退団後も出演されています。宝塚では(主役の)パーシー役で退団後にはヒロインのマルグリットを演じました。さらに『王家に捧ぐ歌』ではアイーダ役。同じ公演を辞めてからもされるのはあまりないことだと思いますが、演じていかがでしたか。
男役は退団して女優になるシフトチェンジが難しいと言われていますが、私は退団一発目が宝塚でも演じていたアイーダ役でした。だからファンの人から見ても劇的な変化もないし、ファンの人にも優しい。宝塚を卒業して女優になった私をハードルを上げずに見られるのかなと、女優の導入としてはとても良かったなと感じています。
(中島アナ):そして退団後のことについて遠野あすかさんにお話を伺いました。
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(安蘭さんのマルグリットは)もう正解を見させていただいてありがとうございます。(『スカーレット・ピンパーネル』は)難しい作品ですし、マルグリットは難しいお役だと思うんです。最後まで私は「これでいいのだろうか」という部分もあったんですけど、安蘭さんのマルグリットを見て、正解を拝見させていただき腑に落ちました、みたいな感じですね。
周りから(安蘭さんの相手役で)もう本当に幸せなんだよと当時から言われていたんですけど、辞めてみて振り返ってみると、安蘭さんとあんなに近くでお芝居させていただいたり、歌わせていただいたり踊らせていただけたことって、本当にタカラジェンヌ冥利に尽きることだったんだなって、宝塚に入れて良かったなって思います。
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(中島アナ):「正解を見させていただいた」とのことです。いかがですか。
そんなことないんです。当時、観に来たときも言ってくれたけど、正解なんかないんだから。あすかのマルグリットも本当に素晴らしかった。私のパーシーであすかのマルグリット、ちえ(柚希礼音)のショーヴラン。その形がとても良かったんです。退団後も石丸(幹二)さんのパーシーで、私のマルグリットで石井一孝さんのショーヴランでそれぞれのトライアングル、形があってその作品の正解があるだけで、あすかも正解なんだよ。
(中島アナ):(在団中のパーシー役と退団後のマルグリット役という)相手役を両方演じることはなかなかないと思いますが、どんな気持ちですか。
初めは石丸さんのパーシーを見ながら、「私こうだったな」と思ってしまっていたんですね。でもやっていくと、自分のマルグリットに焦点を合わせる。あすかのマルグリットも思い出しながら、石丸さんのパーシーだったらこういうマルグリットになるかなと作っていきました。私にとってはあすかのマルグリット、見本のマルグリットがいたので、「あすか先生、ありがとうございます」という感じでした。
■一人芝居でセリフが飛んだ
(安藤アナ):「スカーレット・ピンパーネル」のみならず、安蘭さんはたくさんの作品にご出演されています。印象に残っている作品は?
全部、それぞれで印象に残っています。あえて選べとそこまで言うのならば。一人芝居、一人ミュージカルだった『レディ・デイ』。それと『サンセット大通り』かな。サンセットは3回やらせてもらったし、『レディ・デイ』一人で歌って芝居して。セリフが覚えきれなくて、本番中にパーンってセリフが飛んじゃったりした日もありました。今までそんなことなかった。歌詞が飛ぶことはありましたけど、誰かが助けてくれるじゃないですか。(一人なので)誰も助けてくれない。
セリフが出てこないから、もう舞台袖に引っ込んだんです。あまりにも出てこなさすぎて、引っ込んで台本を見て。でも台本を見ても全部私のセリフなので、どこから言えてないかが見つからないんです。ちょっとパニックになっていました。
その時、ピアニストの方がジャズピアニストの方だったのですが、彼も舞台上に出ている体で出ていらっしゃって。そのピアニストの方が間を埋めるように曲を弾いてくださったんです。本当に不思議だったんですけど、それを聞いてそこから字が自分に入ってくるようになって、落ち着いて舞台に出たんです。なかなか人がたくさんいるカンパニーでは経験できなかった経験をできた作品だったので、とても印象に残っています。
■歌は武器であり弱点でもある
(安藤アナ):ファンから見る安蘭さんの魅力はやはり歌声だと思います。安蘭さんにとっての「歌」はどういうものですか。
ただ好きな歌を歌っているという感覚から、年を経ていくにつれて、私にとっての位置付けがいろいろ変わるんです。例えば「人生」を歌っている時もあるし、ある時は歌うことがつらい時もある。歌が「友達」だったり「恋人」だったり、ケンカした彼氏みたいだったり。いろいろあって一概には言えないです。でも歌は私にとって一番の武器でもあるし、一番のウイークポイント、弱点でもあるかもしれない。それがなくなったら、何が残るんだろう。自分にとって武器でもあり、そこ突かれるともう痛いところなので。難しいかな。
両面があるんです。歌は好きだけど「歌っていない時って楽だな」みたいな。本当に面白くて、ミュージカルをやっている時は、例えば、自分が苦手な音域がある曲だったりすると難しいからクリアするために練習する。でも本番も上手く歌えなかったりするんですけど、それでも歌う。そうすると、どんどん歌が自分にとって重荷になってくる時があるんです。
でも、ストレートプレイで全く歌がない作品に出ると「ああ歌いたい。こんなにつらい芝居を歌1曲あればそれで表現できるのに」と思う。歌は最大の私の武器だけど、歌い過ぎると苦手分野に入りそうになってしまうんです。だから純粋に歌が好きという時から、今は時間が経って、歌との距離を冷静にみている感じですね。
(中島アナ):この秋に上演される舞台『血の婚礼』。こちらもミュージカルではない作品で、歌が入っていないということです。
そうなんです。中にポエムのような場面があるので、そこは音楽が入ってくるのかもしれないですけど。まだ(稽古が)始まっていないので、どうなるのかなと。ちょっとドロドロした話で「今この時期になんでこんな話をするの」という話。でもプロデューサーに聞いたらちゃんと今やる意味があって、それは見ていただいたらわかると思います。母親役です。最近、母親役が多くて、自分は子供はいないけれどしっくりくるんですよね。友達にも「子供産んだ?」とか「何人いるの?」と言われるぐらい。母性があふれ出ちゃうんです。
■人生を見直したい
(安藤アナ):これからはどんなことに挑戦したいと思われますか
映像や映画にも今まで何回か出させてもらってはいますが、数が少ないので、もう少し映像にも挑戦したいなと思います。でも自分が出ているのは見たくないので、やっぱり舞台が好きなんですけど。
あと、この年になってまだ言うのかということかもしれないのですが、人生を見直したいんです。何回も見直しているんですけど、自分の人生をもう一回見直して、何回目のステージかわからないけれど、また別のステージが何かあるのかなと。「自分に自分で期待する」みたいな。今まで順調に仕事をさせていただいている中で、少し自分を俯瞰して見る時間がこのコロナであった。人生の節目として、それがもう少し形として、何か新しいものが生まれたらいいなという感覚です。
(安藤アナ):最後にこちらの質問です。宝塚で学んだことで一番生きていることは何ですか。
『協調性、そして我慢強さ』です。私(宝塚に)入っていなかったら、協調性がまったくなかったと思います。本当に単独行動が大好きで、団体戦が嫌いなんです。我慢強さ、忍耐力はあったんですけど、宝塚に入ったら我慢強さはとても鍛えられましたね。
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『アプレジェンヌ 〜日テレ大劇場へようこそ〜』は日テレNEWS24のシリーズ企画。元タ カラジェンヌをお招きし、日本テレビアナウンサーで熱烈な宝塚ファンである、安藤翔アナ(妻が元タカラジェンヌ)、中島芽生アナ(宝塚音楽学校を4回受験)の2人が、ゲストの宝塚時代・退団後の生き方に迫ります。次回は元月組トップスターの珠城りょうさんです。