松本幸四郎 かなわなかった叔父・中村吉右衛門との稽古 三回忌で思い語る
■初めて演じる叔父の当たり役にプレッシャー
――今月は幸四郎さんの叔父・二世中村吉右衛門さんの追善公演となります。どのような思いで臨まれていますか?
「歌舞伎座で行われる9月の興行にはもともと“秀山祭”という名前がついていまして、私にとって曽祖父の初代・中村吉右衛門の芸道、功績をたたえるという興行です。なので、開催されることがありがたく、うれしいですし、叔父(二世・中村吉右衛門)の追善興行ということで特別な思いがあります」
――今回演じる役について教えてください。
「昼の部では『土蜘』で“叡山の僧智籌 実は土蜘の精”を、夜の部では『一本刀土俵入』で“駒形茂兵衛”を勤めますが、どちらも初役。本当に大作で、傑作で…。叔父の当たり役の一つでもあるので、これ以上のプレッシャーはないと思います。それにもかかわらず、やらせていただくことを決断した僕の勇気を褒めたたえたいっていうか…(笑) 叔父の芸をお見せするには、今いる役者の体を通さなければできないわけなので、自分を通して叔父の芸を見ていただけることを目指して、このひと月は叔父をひたすら思い出しながら舞台に勤めたいです」
――初役の難しさというのはあるのでしょうか? どのように稽古されていますか?
「叔父の『土蜘』にすごく憧れていまして、いつかぜひ叔父に習いたいと思っていたんですが、それがかなわずになってしまいまして。過去の叔父の資料や、叔父の台本をお借りすることはできました。台本に書かれているセリフの言い方や、形の絵、演じる気持ちが書き込まれていたりするので、それで勉強しているという感じですね。」
「もちろん見ている作品ではありますが、実際にそのお芝居に出ていないと分からない部分もあります。体力的な部分が多いですかね。“この役こんなに大変なんだ、苦しいんだ”と思うことがあります」
■舞台に立ち始めて44年 好きな歌舞伎の魅力を伝えたい
――2020年にはオンラインで歌舞伎を上演する『図夢歌舞伎』に挑戦されましたが、コロナ禍を経て、改めて歌舞伎の在り方についてどのように考えていますか?
「今もう本当に模索している真っ最中だと思います。 “歌舞伎にでも行ってみようか”と思っていただける時に、必ずどこかで歌舞伎が上演していないといけないと思っていますので、生でお見せすることの魅力を改めて考えないといけないと思います。とにかく歌舞伎の魅力というか…好きなんですよね。演じることも、先人たちが作ってきた歴史も好きです。それを一人でも多くの人と共有したいという思いです。どうやって一人でも多くの人に見ていただくか、様々な興行形態含めて、演目もあらゆる可能性の行動をしていくことではないかと思いますね」
■息子・市川染五郎への思い 「飛び込んでどんどんやってもらいたい」
――『一本刀土俵入』では息子・染五郎さんと共演。染五郎さんはどのような人ですか?
「たくさん考えて、何か行動を起こしたいという思いはすごくあるなと感じるので、“自分にできるかな”と考えるよりも、実際に飛び込んで行くことをどんどんやってもらいたいって思います。そういうマグマというか…すごく熱いようには見えています」
――染五郎さんにお芝居の指導をすることがあると伺いました。心がけていることはありますか?
「もちろん理屈や、舞台背景、そういうものは必要なことだと思います。ただ表現者なので、それを“どう表現するかということに気をつけて”と言いますかね。もちろんセリフの言い方や、形がどういう形なのかという技術は身につけなきゃいけないですけど、基本的に一人芝居以外、会話劇ですから。どうやって会話するか、どうやって伝えるか、それをどうやって聞いているかという話をしています」
――染五郎さんをはじめとする若手の歌舞伎俳優たちの姿はどのように映っていますか?
「すごく力がついてきていると思いますけど、一つ一つがもっと太くなっていってくれるといいなって思いますね。それにはもっと正統な古典をしっかりやるということもそうですし、新作であればもっとはじけるっていうこともできると思うので。(若手の歌舞伎俳優は)特に20代・30歳前後の年代が多いんですけど、その年代は比較的、コミュニケーションの多い年代。そこで一つ固まりになって何かを生み出してもらいたいなと思います」
――今後、幸四郎さんが挑戦していきたいことは?
「こういうのをやりたいな、ああいうのがあったら面白い、これもできたら面白いなっていうのがちょっとたまりすぎて…“新しいことを探そう”ということは10年ほど前にやめたんです。なので、それを実現していきたいと思いますね。“面白いこと、変なことを考えるね”って言われ続けてきているので、それが“本気だったんだ”ってことをやっていきたいです」
■市來アナの取材後記 「歌舞伎界を引っ張っていく責任感、息子に見せる背中」
とにかく歌舞伎が好きという気持ちを真っすぐに伝えてくれた幸四郎さん。その強い思いがあるからこそ、常に歌舞伎界をけん引し続けているのだと改めて感じました。真剣な表情から一転、染五郎さんのお話をすると、“どこに行っても親子、舞台上でもプライベートでもその関係は変わらない”と、息子を思う優しいお父さんの顔が垣間見えたことも印象的でした。高麗屋を担う幸四郎さんの今後の挑戦に注目です。
【市來玲奈の歌舞伎・花笑み】
「花笑み」は、花が咲く、蕾(つぼみ)がほころぶこと。また、花が咲いたような笑顔や微笑みを表す言葉です。歌舞伎の華やかな魅力にとりつかれた市來玲奈アナウンサーが、役者のインタビューや舞台裏の取材で迫るWEBオリジナル企画です。