川田利明「“お客様は神様”世代は何やってもいいだろうって」 苦労ばかりのラーメン店を14年間続けられた理由
■過酷な日々をつづった逆説ビジネス本
今回文庫版として発売された『プロレスラー、ラーメン屋経営で地獄を見る』は、“10年続くラーメン屋は1割、開業から3年以内に8割はつぶれる”ともいわれるラーメン業界で、今年15年目となる川田さんが、「ラーメン屋は絶対にやらないほうがいい」と言うほど過酷だった日々をつづった、逆説ビジネス本となっています。
川田さんは、1982年に全日本プロレスに入団。同年、冬木弘道戦でデビューし、1994年には全日本プロレスの象徴ともいえる三冠ヘビー級王座を獲得しました。全日本プロレスでの川田さん、三沢光晴さん、小橋建太さん、田上明さんの激しい闘いは“四天王プロレス”と呼ばれ、ファンを熱狂させました。現在はプロレスラーとしてはリングから遠ざかり、2010年に自身のニックネーム“デンジャラスK”にちなんだ名前のラーメン店『麺ジャラスK』をオープンし、店主を務めています。
■開店初日から予想外の失敗
――本の中ではラーメン店を始めてからのさまざまな失敗談がつづられていますが、オープン初日から失敗はあったのでしょうか。
ゆっくり店を始めて、慣れてだんだん回せるようになったら、「ここで僕は店を出しました」ってしたかったんですけども、その前になぜか知れわたっちゃってて。開店の日にはもう行列ができていて、うまく回せなかった。
――どれぐらいの人数のお客さんが来店されたとかは覚えてますか?
外に行列がすごくできていたのだけは覚えてますね。お客さんが入れるだけ、店内にぎゅうぎゅうにいっぱい入ってきちゃって。お客さんが食べている横で立っているような状態。自分で予想していないことがもう数え切れないぐらい起きて。
あとは、絶対考えられないようなことをするお客さんがいっぱい。なぜか店に入ってくるなりいきなり、厨房(ちゅうぼう)まで入ってきて話し出すお客さんもいれば、普通の店じゃ絶対考えられないことがいっぱい起きるんですよ。ちょっとでも名前がある人って、こういう業種には向かないんじゃないかなって。
■プロレスと飲食店“お客さんとの距離”に違い
――お客さんのエピソードとして、言われて悲しかった、つらかったことはありましたか。
つらかったことはありすぎて話ができないぐらい、つらいことばっかりです。 “お客様は神様”世代に育った人たちって、何をやってもいいだろうみたいなところがあって。自分で辛いやつを頼んでおいて、半分ぐらい食べてから、「やっぱりこれ辛いから普通のラーメン出して」って。普通では考えられないようなことが起きるんですよ。
飲み物も「焼酎ダブルにして」って。ダブルにしてって言ったらダブルの料金じゃないですか。「焼酎ダブルにしてって言ったらダブル料金取られた」って。そういう理不尽なお客さんが毎日のように数え切れないぐらい来てたんで。さっきも言ったけど、厨房の中まで入ってきて話し出す人もいるぐらいなので、それってたぶん普通の飲食店じゃあり得ない。今はそういうのは少なくなったとはいえ、毎日のように一個や二個あるので。
お客さんとの距離が、“リングとお客さん”、“飲食店とお客さん”との距離だと、こっちの方が相当近いんで。仮にリングとリングサイドの人でも、実際の近さじゃなくて、やっぱりそこにはなにか壁はあったはずで。ここはお客さんの方から壁を取り外ししちゃう世界であるのかなって。
■ラーメン店を続けてこられた理由
――これまで失敗や、つらいことがたくさんある中で、川田さんがお店を続けてこられた理由を教えてください。
少ないお客さんでも来てくれて、毎回来てくれるお客さんとかがいて励みになるようなことがあれば、ちょっと続けようかなって。
最近になって、昔の動画を見て、それでお客さんとして来てくれる、俺のことを知らないでしょうっていう10代の子とかが来てくれて。この間なんて、13歳の女の子が、たぶんお父さんが見ている映像を見て好きになってくれたのか、来て感動してくれて。13歳の子に俺、感動してもらえるなんていうのは夢にも思ったことなくて。ちょっとびっくりしたのと、すごく自分の中で“こんなこともあるんだったら、ちょっとはやっててよかったかな”なんてすごく励みになりました。