尾上右近 「歌舞伎なんてネタバレ」 分かっていても見たいと思わせる右近流の作品作り【後編】
■尾上右近の価値観に迫る質問企画「善悪どっちでしょう!」
右近さんが出演する『三社祭』は、2人の漁師が、三味線や唄に合わせて舞う舞踊劇。その2人が物語の途中で“悪玉”と“善玉”に取りつかれる様子を舞踊で表現します。今回、右近さんに質問するのは、人によって定義が違う“善”と“悪”にまつわる2つの質問。右近さんはなんと答えたのでしょうか。
―― 一つ目の質問です。旅行の時に予定をびっしり立てるのは善か悪か
善です。善っていうのは僕にとって憧れなので、正解っていう意味ですよね? 僕はそうなれないっていう、憧れ。できないことが善。自分ができることを善だと思っているのってちょっと怪しいので、僕からすると予定を立てるってことがまず非常に苦手っていうか。
――旅のしおりとかを作るのは…
あー無理です! 一生無理だと思う。出たところ勝負、行き当たりばったりが好きっていうのもありますね。
――今まで旅行とかされるときはどうされていたんですか?
いや~これが思い出せるんだったらその計画が立てられるんだと思うんですよ。もう思い出せないんですよ、行き当たりばったりだから。(予定が立てられる人に)憧れるし、それが歌舞伎に影響するんじゃないかっていう恐怖感もあります。でも、もうやってきちゃってるんで、この性格をどうにかするというよりも、受け入れる努力をした方がもはや自分の細胞にとってはたぶん健康的だと思います。
■舞台には「自分が一番ネタバレを知らないつもりで出て行く」
――二つ目の質問です。映画やドラマのストーリーを事前に話されること、いわゆる“ネタバレ”は善か悪か
これは完全に善です。歌舞伎なんてネタバレ。歌舞伎の中で生きてきているんで、その価値観は深く根付いているんですよね。“なんでそれ言っちゃうの! これから見ようと思っていたのに…”って、別にそれで見なくなるっていう気持ちが分からないというか、そういうものだと思って見たとしても作品は成立するようにできているだろって思っているんですよ。ネタバレで楽しめないような作品って、作品として素晴らしいのかって言ったら、僕は疑問に思っちゃう。それを超えるぐらいの作りでやっているはずだぞっていう。だから僕からすると全然、善ですね(笑)
――番宣などでメディアに出演されると、「あ、それ以上は…」っていうこともあると思うんですが…
その価値観も分かろうとはするので、言って嫌な気持ちになる人がいるんだったら言わないですけど、僕からすると言われて嫌なことは全然ないし。だって、最終的にこうなるってことをみんな分かっていて見に来ているのが歌舞伎だから。分かっているのに見ちゃうっていうことがなかったら、こんな400年も続いていないわけだし。逆に言うと、分かっているのに見たいと思わせなきゃいけないのが自分の生業(なりわい)だっていうふうにも思います。
例えばで言うと、最終的に自分が切腹をして命果てていかなきゃいけない役の場合、“今日こそ全てがうまくかみ合って死ななくて済む”と、期待して舞台に出ていったりします。芝居は決まっているので、毎日同じ流れにはなるんですけど、自分が一番ネタバレを知らないつもりで出て行くっていうのは必要かもしれないです。
――ではそんなネタバレを含めて、今回の『三社祭』の見どころを教えてください
(共演する)坂東巳之助さん(34)という、共に歴史を刻み続けあっている者同士が一緒に、『三社祭』をやるということ。小さい時からお互いを見てきて、今があることを認め合えた上で、何か一つの作品に打ち込むことができるのは僕たち自身も幸せなこと。やっぱり幸せなものを見たら、人は幸せになると思うんですよ。だから歌舞伎を見て幸せになってもらいたいですよね。それは常日頃から思っているので、それがかなうチャンスでもあるので、見ていただきたいなと思います。
連載19回目となった今回、時々ジョークを交えて現場を盛り上げつつも、真剣なまなざしで答えてくださった右近さん。約3年前に、本連載の初回に出演していただいた際には「人と人のつながりを大切にしながら自分を貫いていきたい」とお話されていたことが、まさに今回の取材でも感じられました。「巳之助さんとは普段は全然話さず、舞台上で一番コミュニケーションをとる」とのことですが、多くを語らずともお互いを信頼し合い、共に戦っている強さがお二人の舞踊に現れていると思います。
【市來玲奈の歌舞伎・花笑み】
「花笑み」は、花が咲く、蕾(つぼみ)がほころぶこと。また、花が咲いたような笑顔や微笑みを表す言葉です。歌舞伎の華やかな魅力にとりつかれた市來玲奈アナウンサーが、役者のインタビューや舞台裏の取材で迫るWEBオリジナル企画です。