職域接種が本格化「つながり」が鍵に
6月21日、職場や大学などで新型コロナウイルスワクチンの「職域接種」が本格的に始まりました。企業からの申し込みが殺到したこともあり、現在は新規の申請受付を一時停止していますが、企業の担当者が明かす職域接種の裏側とは。
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■「商人」に戻る第一歩
「産業医や接種会場などを自ら確保して接種を行うことは可能ですか?」
政府が「職域接種」の検討を本格的に始めた今年4月。商社大手の伊藤忠商事に経済産業省からこう問い合わせがありました。現在、世界62か国に拠点を持つ伊藤忠商事。「商人としてお客様のところに行きなさい」という社風で、社員が世界各地を飛び回っています。
しかし、世界的なパンデミックの影響によって、海外でのビジネスが停滞したり、海外転勤のスケジュールが大幅変更になったりするなど業務に支障が出ていました。だからこそ接種の機会を心待ちにしていました。
■「恩返しがしたい」
社内に発足した接種のプロジェクトチームの会議で「7500人」が社内スタッフで対応して接種できる人数だと試算。実は、社員や本社ビルの受付スタッフ、警備員、社員食堂の従業員などに限れば、約6000人分の確保で足ります。
しかし、会議で集まったメンバーから「隣接する保育士だけでなく、委託先の保育士全員も対象に加えてはどうか」という声が口々にあがりました。去年春の緊急事態宣言から、本社に隣接する保育所は閉所することなく出勤する社員の子どもたちを預かってくれていました。
「コロナ禍でも懸命に働く保育士に恩返しがしたい」
今回、業務提携する保育所の運営会社に登録している全国の保育士約1500人も接種対象に加えました。
■「もし私が感染したら」
本社ビルに隣接する保育所に勤める植田沙也佳さんも21日にワクチンを接種した保育士のひとり。
「もし私が感染したら、子どもにも保護者にも、たくさんの人に迷惑がかかってしまうと思うと…」
保育所内では子どもが手にするおもちゃや扉などをこまめに消毒したり、子ども同士が密にならないように気を配ったりと、長引くコロナ禍、ずっと不安を抱えていたといいます。
21日のワクチン接種当日、「少し緊張しますね」と言葉少なに接種会場に向かう植田さん。接種した左腕が重たく感じたということですが「全然痛くありませんでした」と明るく応じてくれました。大きな副反応もなくほっとした様子が印象的でした。
■小規模ベンチャー企業の従業員も
企業に職域接種を認める条件として政府は、「1000人規模の人で2回接種できること」としています。この条件が小規模の会社にとっては高いハードルとなっています。そのため、様々なところで中小企業やベンチャー企業などを「一緒に接種」する取り組みが行われています。
流通大手各社では、スーパーのレジ係や売り場担当など、接客に携わる従業員のほか、ショッピングモールに入居するテナントの従業員も対象としました。
IT大手のDeNAは23日、従業員や家族だけでなく、この夏に本社の移転先となるビルに入居しているベンチャー企業にも接種対象の幅を広げました。自治体から接種券が届くのを待っていたベンチャー企業に勤める男性は、「来月、子どもが生まれるのもあって、なるべく接種を早めに終えておきたかったのでよかった」と話していました。
■「打てるところから打つ」
聖路加国際大学公衆衛生大学院の小野崎耕平教授は、日本の働く人の7割を占める中小企業や小規模事業者は、大企業のようなテレワークがしにくいケースなどもあり、感染のリスクが相対的に高くなるとした上で、「打てるところから打っていく。職域接種ができる企業側がその医療資源や機会を中小企業に広げていく」「経済団体の力も借りて一緒に進めていくことが重要だと思います」と話します。
■接種進む中、課題も
しかし、現在は新規の申請を一時休止する事態に。河野大臣はワクチン接種の要望が急速に増え、一日の配送可能量をオーバーしているとして、一度精査する時間を設けて作業の計画を立てるとしています。
■遅れを挽回し感染拡大を抑え込めるか
海外に比べて、接種開始で出遅れを指摘されていた日本。感染力が強いといわれるインドで確認されたデルタ株が迫り、また五輪によって人の流れが増えることも予想されることから、感染拡大の心配は常につきまといます。
自治体による接種と企業や大学などの職域接種。この二正面作戦で感染拡大を防ぐことはできるのか。新型コロナウイルスとの戦いは大きな局面を迎えています。