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【解説】なぜ日銀は政策修正をしないのか~大規模な金融緩和策維持

2023年6月16日 17:05
【解説】なぜ日銀は政策修正をしないのか~大規模な金融緩和策維持
日本銀行は金融政策を決める会合で、大規模な金融緩和策の維持を決定。円安・物価高の傾向が止まらず、さらに賃上げの動きも高まる中、なぜ日銀は政策修正をしないのか。植田総裁の会見を経済部・宮島香澄解説委員が読み解きます。

    ◇◇◇

──植田総裁の2回目の金融政策決定会合と記者会見でしたけれども、どんな内容だったでしょうか。

印象としては落ち着いた会見だったと思います。

前回、初めての会見の時は、その段階でも植田総裁はかなり慎重な発信はされていたんですけれども、その前の黒田総裁の時にいろいろサプライズがあったということもありまして、聞いている記者や関係者は、もう今にも修正があるんじゃないかという構えで聞いていたんですね。そこに大きなずれがあったんですけれども、今回はその後のコミュニケーションが多分うまくいっていて、大方の人が今回は政策の変更はないだろうと思っていました。

お互いに共通の前提の中で会見が進んでいますので非常に落ち着いた印象を受けました。

──会見のポイントとしてはどうでしょうか。

会見の内容をまとめますと、まず、これまでの大規模な金融緩和策を維持しました。

そして日銀の声明文に、これまでと全く同じように「不確実性が極めて高い中、粘り強く緩和を継続する」ということが書かれました。これは今までと変わらないんですけれども、引き続き不確実性と粘り強く緩和するということを継続しています。

それから物価安定の目標達成については、「なお時間がかかる」というふうに言いました。植田総裁は9日に国会でこの言い方について、「まだ少し間がある」というふうに言ったんですね。関係者の中では、これはもしかして少し認識が変わったんではないかという見方もあったんですけれども、今回の会見の中では、前と同じように「なお時間がかかる」と言っていますので、やはり粘り強く金融緩和を続けるということを示しています。

また今回、アメリカのことで質問がありました。14日、アメリカで金融政策の決定がありまして、利上げはしなかったんですけれども、その先に、まだこの先さらに利上げがあるんだなというところが注目されました。つまり、アメリカは、思ったより景気は強いのかもしれない、その分さらに引き締めをする可能性があると。引き締めをすると、その先にマイナスの影響が出てくる可能性があるということが14日も取り沙汰されていました。

それに関しまして、植田総裁もアメリカの利上げの影響について「マイナスが全部出尽くしているわけではない」ということを話しました。

それから、これまで金融政策に関しては副作用がずっと話題になってきたんですけれども、これについては12月の政策の修正もありまして、「市場機能は改善した」と話しました。ただ、これに関しては、まだこれも不確実性があるので、状況を見守るということです。ただ少し改善したので、副作用のためにすぐに金融緩和を変えなければいけないというプレッシャーがかかる状態でもなくなったのかなと思います。

それから会見の途中ですけれども円安が進みました。

──会見終了時は141円18銭から大体19銭ぐらいですね。

元々今回、政策修正はないだろうということで、15日も1回、円安が進んだんですけれども、一旦ちょっと円高に戻って、16日の昼ごろの政策の決定を見てからは、会見中もどんどん円安が進んでいました。これは皆さんの想定通りで、当面、金融政策は変わることはないだろうと。それで円安に進むというのは、素直に受け止めた結果だと思います。

──想定通りでサプライズなしということで、植田新体制のこの慎重なスタートということだと思うんですけれども、日本の市場参加者にも伝わっているということなんでしょうか。

そうですね、植田さんは会見でもかなりコミュニケーションに気を遣っていると思います。いろいろな質問に関して、多少長くなりますがというようなことをおっしゃりながら丁寧に説明をされているので、私が聞いていても非常に理解しやすいと思っています。

──そうはいっていても、また円安も進んでいますし、食料品などの値段もどんどん上がっている。記者会見の中でも物価の番人という言葉も出てきていますけれども、そういった今の状況を日銀に止めてほしいといった声もあるのではないでしょうか。

まさに問題とされている円安物価高はどんどん進んでいますので、質問にも出ました。なぜ政策修正をしないんですかということを、お話ししたいと思います。

まず、物価の安定と経済成長のどちらを優先するかという議論が世の中にある、タカ派ハト派と言われているんですけれども、植田さんは、それよりはもっと現実的に状況を見るタイプなんだと思うんです。つまり、まず政策ありきで物事を考える、自分のロジックありきなのではなくて、ちゃんと景気の循環メカニズムを見て、それをしっかりと確認しながら慎重に金融政策をしたいんだとみています。

特に日銀は、金融政策を修正したら、それが失敗だったとしても、やり直すっていう手があまりないんですね。今、金融政策を動かした時、失敗が許されないっていう気持ちはすごくあるのだと思います。政策ありきではなくて、一つ一つ丁寧に説明をしながら、景気や物価や賃金の状況をちゃんと見て、政策をやっていくというスタンスだと思います。

植田さんは5月19日の講演で、市場のある質問に答えました。なぜ物価上昇が2%をここのところずっと超えているのに緩和を続けるのかと。

これについてのお答えは、「持続的、安定的な目標の実現を目指しています」と。まだその状況ではないんですという説明をされています。

それから、賃金のベアが大きく上昇して目標の達成の可能性が高まっているんじゃないですか、だったら少し動いてもいいんじゃないですかという質問が世の中にあるんですけれども、これに対して、「賃上げの動きについて、中小企業も含めて今後も継続し、定着していくのかを見極める必要がある」と言っています。

つまり、確かに大企業などでは大きな賃上げも見られるんですけれども、これが中小企業までちゃんと浸透して、全体が底上げされているのかということは、まだまだだという認識を持っていると思います。

この賃金情報については、16日の会見でも、「賃金の決定する行動には変化が出てきた」と。賃金をちゃんと上げないと、人が来てくれませんよっていうことで、動きは変わってきたと。けれども、これが景気と賃金と共に上昇する状態になっているか、好循環についてはまだ時間がかかるということですね。まだ確実でない部分がいろいろあるということです。

今回の声明文でも「内外の経済や金融市場を巡る不確実性が極めて高い」とあります。

──具体的には、金融政策が修正できない理由というのはどんな心配があるんでしょうか。

四つほどあげてみます。

まず、①「地方銀行の経営の状況」があります。日本はこの春から、新型コロナウイルスの時にやっていた企業支援の、いわゆるゼロゼロ融資という、実質的に無利子で無担保の融資の元本の返済がいよいよ本格的に始まっています。

そうすると、その中小企業向けの融資は不良債権になる部分も結構出てくるかもしれないということで、地方の銀行、金融機関が心配されているんです。この段階で金利を上げますと、債券を持っている地方の金融機関にとって大きなダメージになるということで、これはやはり心配なんです。地方の金融機関の債権の状況は、金利がどうなるかでかなり慎重に見ていく必要があると認識していると思います。

それから②「総選挙の可能性」です。これにつきましては、15日に岸田総理が、今国会中に解散に踏み切ることはないと話しました。ただ、いつになるか。日銀と政府はそれぞれ独立しているんですけれども、影響を与えますので、日銀が総選挙が近いという時に金融政策を大きく動かしたということは今までもないんです。昨日の今日ですから、一方で、今ないということで、9月に総選挙かもしれないなら、一部の人からは政策修正をするなら7月がいいんじゃないかという声はあります。

ただ、今日16日の総裁の会見を見たところでは、すごくすぐにやるつもりには私は見えませんでしたけれども、でも総選挙も影響はあります。

それから会見で何度も出ました、③「アメリカやヨーロッパの情勢」です。アメリカは去年からすごいペースで利上げをしてきて、これは1980年代以来の上げ方なんです。今までアメリカで大きく金利を上げた時には、その後しばらくして、大きな不況になったことが何回かあるんです。それは大変なリスクだと捉えられています。出てくるまでにはタイムラグがあるということで、16日の総裁の会見でも、しばらく先の状況に関してまだ不確実性が高いんだという話が繰り返し出てきました。

今回、一旦アメリカは金利を上げるのを止めたのですが、その後また上げるという情勢なので、経済がその先、悪くなる可能性も出てくるわけです。こういったことを慎重に見極めなければいけないということです。

四つ目は、④「アメリカの銀行」の話です。3月以降、アメリカの金融で破綻があったりして金融不安がありましたけれども、これを受けてアメリカの金融の当局が規制と監督を今までよりも厳しくする方針になっています。金融当局が厳しくすると、銀行の貸し渋りなどが考えられ、銀行で取り付け騒ぎになる可能性もゼロではありませんし、景気にとってはマイナスの影響です。こういった海外のこの二つの不安というものはこの日の会見でも出てきました。

日本の状況や、こういった心配があるので、物価や円安で、政策をすぐに動かしてほしいという声があったとしても、そう簡単には踏み切れないということなんです。

──これだけの理由があってなかなか動きづらいということなんですね。

次の7月の決定会合では、展望リポートで先の見通しが出ます。この数字の内容によっては、日銀のその先の行動について発言があるかもしれないということで、注目したいと思います。