街から薬が消えた日~もう一つの医療崩壊~
今、多くの患者が困惑している。薬が街から消えているのだ。てんかんの治療薬、心疾患、抗がん剤、アレルギーの薬などその数3000品目とされる。なぜそのような事態になったのか、医療関係者らを取材して見えてきた理由とは。
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■命を守る薬が消えた
映画監督・和島香太郎さん38歳。15歳の夏に突然けいれんを起こし意識を失った。病名は若年性ミオクロニーてんかん。それから和島さんは常に薬を持ち歩いている。
毎日定時に飲む錠剤、バルプロ酸。毎日飲まなければ、発作が再発し、場合によっては命の危険につながりかねない。発作の再発を防ぐ薬は、和島さんにとって「あって当たり前、なくては生きていけない存在」だという。
その薬が今、街から消えてしまう危機にさらされている。薬がないのだ。なぜなのか?
薬には先発薬と後発薬(=ジェネリック医薬品)がある。ジェネリック医薬品の製造1社が、水虫治療薬の中に誤って睡眠導入薬を入れてしまったことで厚労省の指導を受け、多くの薬が製造をストップ。バルプロ酸はそのうちの一つで、供給が追いつかなくなったというわけだ。
それならば、正しい製法、環境でルールを厳守して作れば、再び十分な供給量を取り戻すことができるはずだ。
■料理人が違うと料理の出来が違う?
こうしたことはてんかん以外の薬にも起きていた。
ある心臓外科医が明かしたのは心疾患で使う薬についてだ。関係者によると薬の需要の見込み不足からジェネリック医薬品が突然入手困難となった。その影響でほかのジェネリック医薬品も不足したというのだ。
ただ、もし別の医薬品があったとしても簡単に代替品に切り替えることはできないという。例えば心不全の薬として使っている薬に2種類のジェネリック医薬品がある。この2種類は現場では使い分けられている。1種類は服用すると血圧が下がってしまう、よって低血圧の人には使えない。もう1種類は服用すると脈が遅くなる、よって脈がもともと遅い人には使いづらい。
かといって価格が高い先発医薬品はジェネリック医薬品の推奨によって、ジェネリック医薬品が出回った時点ですでに製造ラインを大幅に縮小している。いずれにせよ増産は困難なのだ。
厚労省は、ジェネリック医薬品は先発品や他の後発薬と効果は原則同一としている。だが、医療関係者は「同一成分を使って効果は同じでも、製造方法まで一緒ではない。同じ材料を使って料理しても料理人によって味は違う。それと同じだ」と例えた。
■抗生物質にアレルギー…身近な病気の薬がない
こうして消えていく薬はまだまだある。
日本テレビが入手したある資料。東京に300床ほどのベッドがある中堅の病院で作られた、薬が「ない」あるいは「足りない」リストだ。100種類以上の薬がリストアップされ「在庫なし」「出荷停止」「再開未定」など記載されている。
リストを見てさらに驚いた。抗がん剤、抗血栓薬、抗生物質、糖尿病の薬にアレルギー治療薬、骨粗しょう症の治療薬。私たちの身近な病気を治療する薬が並んでいた。
原因はさまざまだが、新型コロナの影響で原材料が手に入らなくなったケースも多いという。問題は今も広がり続け、厚生労働省の調査では、12月上旬の時点で3000品目以上の薬が入手困難だという。
ある薬局関係者は日常が変わったという。朝一番に卸業者に連絡し「きょうはあるか?」「ない」「きょうはどうか?」「ない」の繰り返し。昼休みもこうした薬の確保に追われ「患者さんに向き合うことができていない」と嘆く。
ある医師は「東日本大震災でもこんなことにはならなかった」と明かした。
■中国、ヨーロッパ…海外に頼る日本の薬事情
これを受け、病院間では薬の取り合いが起きているという。今回ジェネリックの製造工程にだけ問題があれば、その工程だけを改善し、再発防止のため、チェックの仕組みを変えればいつかは解消する。
しかし、問題は根深い。コロナ禍で原材料が輸入できなくなるのは、車や電気製品だけでなく、薬剤も同じことだ。
実は薬も原材料の多くを海外からの輸入に頼っている。抗生物質はほぼ中国からの輸入だという。よって、例えば中国で原材料の品質に問題が生じると、あっという間に薬が消えていく。抗がん剤はヨーロッパに頼っているという。
今回、コロナの影響で原材料の供給に大きな影響が出た。医療関係者の間では、この状態は2年続くのではないかと危惧されている。国民の命を守る薬がこのような状態になることは許されるのだろうか。
ワクチンを日本はすべて海外からの輸入でまかなった。海外に頼った結果、ワクチンを打ち始めるのが遅くなった。ある医師は「医療は安全保障の問題としての側面がある」という。だからこそ、本当に必要な時に必要な薬が届くよう、政府は責任を持って命を守ってほしい。
私にある医師から一通のメッセージが届いた。「今度はパーキンソン病の治療に必要な薬が不足し始めました。薄氷を踏む思いです」。それは医師の願いというよりも叫びに聞こえた。