“EV覇権”争い激化主導権狙うヨーロッパ
2021年は世界がEV(=電気自動車)化に向け大きく踏み出した1年となった。EVが世界的に主流になるにはまだ課題もあるが、22年は“EV覇権”をにらんだ争いが、さらに激化しそうだ。
(NNNロンドン支局 山田智也)
■北欧の“EV先進国”
EVが世界で最も普及していると言われるのが北欧のノルウェーだ。戸建ての多くに充電設備があり、集合住宅での整備も進む。ガソリンの給油機ではなくEVの急速充電機がメインのスタンドも出てきている。
ただ、急速とは言っても充電が少ない状態から100%にするには20分程度かかる。この充電時間はEVが抱える大きな欠点だが利用者に聞くと「スタンドでは80%くらいまでしか充電しないよ」と返ってきた。自宅に充電設備があれば充電スタンドで100%にする必要はないそうだ。
ノルウェー政府は自動車購入時の免税や充電スタンドの整備、通行料金の優遇などEV普及戦略を強力に推し進めた。私たちが取材した人のほとんどが「ノルウェーでEVを選ばない理由はない」と話すほど生活に根付き、今では新車販売の8割近くを占めるまでになっている。これに対して日本は1パーセントという状況だ。
■同じことが日本でできるのか?
だからと言って、「日本もノルウェーのようにすればいい」というわけではない。EVが普及するための条件が違いすぎるからだ。ノルウェーは人口約540万人と日本の5%に満たないが、再生可能エネルギーが豊富で国内の電力消費量の9割以上を水力発電でまかなえる。また、巨大な自動車産業も抱えていない。こうした社会的な構造がノルウェーの思い切ったEVシフトを可能にした。
仮に日本のエネルギー事情でノルウェーのようなEV化を進めても、増えた電力需要を石炭火力に頼れば温室効果ガスをさらに排出する結果になる。また、急速なEV化は主要産業である自動車業界への副作用も大きい。こうした事情は日本に限ったものではなく、EV化はこれまでそれぞれの国の実情に合わせて進められてきた。
■ヨーロッパのしたたかな狙い
しかし、21年にその流れは大きく変わる。
EU(=ヨーロッパ連合)が「2035年にガソリン車などの新車販売を禁止する」と表明するなど世界のEV化への流れは加速し「ノルウェーは特殊だから」と言える状況ではなくなった。
ヨーロッパの急激なEVシフトはもちろん温室効果ガスの削減が目的だが、一方で、自動車業界に構造的な変化を起こすことでヨーロッパに有利な方向に持っていく狙いがあるとも指摘される。日本のメーカーが先行し、ヨーロッパが後れを取る「ハイブリッド車」が2035年の販売禁止の対象に含まれたことが、それを象徴している。
規制の対象は部品の製造過程にも及ぶとの見方もある。スウェーデンの新興バッテリーメーカー「ノースボルト」の幹部はEUなどの環境規制により、今後は石炭火力など温室効果ガスを排出してアジアで製造されたバッテリーがヨーロッパ製の車に積めなくなる事態すらあり得ると私たちに語った。
「ノースボルト」ではバッテリー製造の中心地であるアジアから技術者を獲得し、再生可能エネルギーを使ったバッテリー製造を目指していて、BMWやフォルクスワーゲンなどと巨額の契約を結んでいる。ヨーロッパでは「コスト」や「性能」と並び、「環境への取り組み」で企業を評価する流れが確立されつつある。
■激化する“EV覇権”争い
21年にイギリスで開かれたCOP26では20か国以上が2040年までに新車販売をすべて温室効果ガス排出ゼロ車にすることで合意したが、日本・アメリカ・中国など巨大自動車産業を抱える国が参加を見送った。ヨーロッパが目指す急激なEV化には一定の歯止めがかかったが“EV覇権”をめぐる争いは激化する一方だ。
中国の新興自動車メーカーは続々とヨーロッパに進出し、再生可能エネルギーが豊富な地域では自動車関連工場の建設プロジェクトが進む。EUの号令のもとヨーロッパ各国は22年、EV化・脱炭素化に向けアクセルをさらに踏み込むことになり、ノルウェーのような積極的なEV優遇策をとる国も増える。この流れは進め方の差はあるもののアメリカも同様だ。
こうした中でトヨタ自動車は21年12月、2030年のEV販売目標をこれまでの200万台から 一気に350万台に引き上げることを発表した。日本国内でのEV化は石炭火力に頼るエネルギー事情や充電スタンドの整備などの問題もあり一筋縄ではいかないが、急速に進む世界のEV化にどう対応するかは切り離して考えなければ大きく出遅れることになる。日本が世界の自動車産業をリードし続けるために、22年はこれまでにないほど重要な1年になるだろう。