【単独取材】歴代大統領に助言38年…米コロナ対策トップ・ファウチ氏が語った日本へのアドバイス
アメリカの感染症対策の権威として、7人の歴代大統領に38年間助言を続けてきたアンソニー・ファウチ首席医療顧問。年内で国立アレルギー感染症研究所所長などの公職を退任するのを前に、NNN単独インタビューで日本のコロナ対策へのアドバイスを語った。
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■日本も悩んだ「行動制限」と「経済活動」のバランス…「ベストな答えはない」
まずファウチ氏に聞いたのは、感染拡大が峠を越えて以降の、日本の制限緩和の動きだ。例えば水際対策をめぐっては、厳しい入国制限が「コロナ鎖国」と批判され、海外では入国制限の緩和を求めるデモが起きるなど、緩和の遅れが指摘された。さらに経済界からは、こうした入国制限や行動制限の緩和の遅れが、経済回復の妨げになったとの声も挙がった。日本の規制緩和のタイミングについてどう見るのか。ファウチ氏は「他国の決断を批判すべきではない」と前置きした上で、こう語った。
「行動制限にともなう影響は、制限によって救われる多くの命と釣り合うものです。しかし、そのバランスは理にかなったものでなければいけません。アメリカでも同じような議論がありました。行動制限の期間が長すぎるか?それとも、制限緩和は時期尚早か?しかし、唯一言えるのは、与えられた情報に基づいて最善の決断を下すべき、ということだけなのです」
ファウチ氏が口にした、行動制限と規制緩和をめぐる議論は、日本でも大きな課題となった。2021年、菅政権下で、経済活動の継続・再開を重視する首相官邸と、感染対策の徹底を主張する専門家の路線対立が表面化したのは記憶に新しい。
ファウチ氏も、行動制限と経済活動のバランスについて「ベストな答えというものはない。各国の感染状況と、医療などの備え次第だ」と述べ、対応の難しさを指摘する。
一方でファウチ氏は、日本のコロナ対策は全体として「上手くいっている」とも評価した。
「日本の状況を見る時、数値を見れば、非常に良い。1億2500万人の人口で、死者は約5万200人だと思います。アメリカの人口は日本のおよそ2.5倍ですが、死者数は100万人以上です。アメリカの感染状況の深刻さと比べれば、日本は上手くいっていると思います」
■「周りが気になる」マスク着用などで日本人が感じる「群集心理」に対応するカギは?
今年、実に3年ぶりに「行動制限のない冬」を迎える日本。規制緩和が進む一方で、いま議論になっているのが「マスクの着用」だ。日本政府は、屋外でのマスク着用を「原則不要」としているが、街中では今もマスクを着ける人が目立つ。「周りの目が気になる」「他の人が外せば、自分も外せると思う」という声も少なくない。欧米では屋外でマスクを着用する人が少数派になる中、こうした「群集心理」にどう対応して、政府の方針を周知徹底できるかが、日本の課題となっている。
ファウチ氏は、群集心理がプラスに作用する面もあるとしつつ、日本の抱える課題に理解を示した。
「日本人は集団として勧告に従う傾向がありますが、それが良い勧告であれば、皆が同じことをするので、(群集心理は)良い方向に働きますよね。一方で、必ずしも皆の助けにならないような行動(感染対策に必須ではない行動)を「多数派と違うことをして批判されたくない」と思って続けている場合には、(群集心理は)良い方向には働きません。日本人のようなメンタリティーが良い方向に働くかは、状況次第なのです」
ファウチ氏はその上で、正確な情報提供こそが、こうした群集心理がマイナスに働く状況を打破するカギだと指摘した。
「重要なことは、人々が自分で判断できるような、データと情報を提供することです。時には(感染の)リスクが伴うからです。それでも若い人や、健康に問題ない人などは、問題がないと分かれば、リスクを受け入れることもあるでしょう。個人個人の自主的な判断を多少なりとも望むなら、人々の判断材料となるような、正確な情報を提供する必要があります」
■中国のゼロコロナ政策に「ただ封鎖するだけでは状況は変わらない」
そしてコロナ対策をめぐる直近の大きな動きといえば、中国の「ゼロコロナ政策」の緩和だ。厳しい規制の緩和直後から、感染者数が急増。中国政府が無症状感染者の人数の公表をやめ、感染者数の把握を事実上断念するなど、中国のコロナ対策は大きな転換点を迎えている。
ゼロコロナ政策についてファウチ氏は「あまり賢明ではなかった」と厳しく評価した。その理由は、封鎖措置などの厳しい措置の最中の対応にあるという。
「封鎖する時には、目的をもって行わなければなりません。ワクチンが接種可能なタイミングで封鎖するのであれば、その目的は人々、特に高齢者にワクチン接種を行う時間を与えることです。中国は厳しい封鎖を行って得た時間を、生活を安全に再開させるために使いませんでした。特に高齢者へのワクチン接種は十分ではありません。ただ封鎖して、状況を改善するための措置を何もしなければ、何も状況は変わりません」
■アメリカの感染対策は「成功ではなかった」
トランプ・バイデン両政権で、専門家トップとしてコロナ対策の指揮を執ってきたファウチ氏。感染拡大が始まってまもなく3年が経つが、パンデミックがここまで長期化するとは予想していなかったという。コロナ対策から得た教訓について聞いた。
「パンデミックは、いつでも起きうることです。私は『絶え間ない挑戦』と呼んでいますが、それに立ち向かう唯一の方法は、絶え間なく備えるということです」
「科学と公衆衛生(感染対策)、この両面での「備え」が必要です。新型コロナへの対応の成功のひとつは、何十年も前から続いていた、臨床研究と医学研究への投資です。最初の感染確認から11か月でワクチンが接種が出来たというのは前例がなく、臨床や医学研究などへの投資があったからこそ可能でした。しかし、公衆衛生(感染対策)の対応は、アメリカを含め、世界中で、成功ではありませんでした。もし次のパンデミックに、より賢明に対応したければ、公衆衛生の観点から、より良い備えが必要です」
アメリカの感染対策は成功とは言えなかったと、率直な反省を口にしたファウチ氏。感染拡大初期には、トランプ前大統領が事実に基づかない発言をし、その後にファウチ氏が訂正する場面もたびたびあり、政権の発信が混乱した。こうした経験をふまえ、ファウチ氏は「政治家のそばに、偏りがなく、真のデータと証拠に基づいた科学的な助言が出来る人々が必要だ」と強調した。
今回のインタビューでファウチ氏が繰り返し指摘したのが、感染症に関する正確なデータや情報の発信、つまり広報の重要性だ。科学的に正確な情報の発信が、適切な感染対策、さらには国民の行動全体に影響する。ワクチンやマスクの是非をめぐり、日本以上に激しい政治的な対立が起きたにアメリカ。社会の分断の中で、感染拡大を抑えようと発信を続けてきたファウチ氏の言葉から、日本が学ぶべきことは多い。
(ワシントン支局・渡邊翔)