バイデン米大統領がキーウ“電撃訪問” 「前例ない」極秘ミッションのウラ側
20日、ウクライナの首都キーウを電撃訪問し、ゼレンスキー大統領と会談したアメリカのバイデン大統領。紛争地域、しかも米軍が駐留していない地域への大統領の訪問は極めて異例だ。ホワイトハウス高官も「前例がない」という戦地への極秘訪問。徐々に明らかになってきた、そのウラ側を解説する。(ワシントン支局 渡邊翔)
■「キーウへようこそ!」明らかになった電撃訪問
ウクライナのゼレンスキー大統領が、SNS「テレグラム」に1枚の画像を投稿した時、アメリカの首都ワシントンは、まだ朝の5時過ぎだった。
「ジョセフ・バイデン、キーウへようこそ!」
そこにはにこやかに握手を交わす、ゼレンスキー大統領とバイデン大統領の姿が。ほぼ同時に、ホワイトハウスも「私は今日、キーウにいる」というバイデン大統領の声明を発表。バイデン氏の「電撃訪問」が明らかになった。
折しも20日はアメリカでは「大統領の日」という祝日。アメリカメディア各社は一斉に訪問を速報で伝え、まさにニュースも「大統領の日」の様相となった。
現地キーウの街も、これまでにない変化を見せていた。キーウで取材する同僚の記者によると、市内では20日朝から、普段見ない場所にも警官が配置され、交通規制で渋滞が発生。「相当な要人が来るな」と感じさせる雰囲気があり、警戒していたところ、バイデン大統領の訪問が明らかになったという。
■公表の予定の1日半前にはすでにワシントンを出発 極秘の行程
今回のバイデン大統領のキーウ訪問は、安全上の理由から、事前に一切発表されなかった。
ホワイトハウスは当初、20日の午後6時半過ぎに、バイデン大統領がポーランド訪問のためにホワイトハウスを出発する予定だと発表。しかし、訪問後に公表された実際の動きによると、大統領は前日19日の午前4時15分に、ワシントン近郊の空軍基地を出発。公表予定の1日半も前に、すでにウクライナに向けて出発していたことになる。同行した側近は、大統領の「懐刀」サリバン補佐官ら、ごく少数だったという。
その後、バイデン大統領がキーウに到着したのは現地時間の20日午前8時。この間、20時間45分の移動だ。ワシントンから給油のためにドイツを経由して、空路ポーランドのジェシュフへ。その後、ポーランドとウクライナの国境の町・プシェミシルから列車に乗り、約10時間かけて、キーウに移動したという。
アメリカの現職大統領が、戦地、しかもアメリカ軍の駐留していない地域に電撃訪問するのはほとんど前例がない。例えば、トランプ前大統領は、2018年にイラク、19年にアフガニスタンを事前の予告なしで訪問しているが、両国はいずれも米軍が駐留していた地域だ。
今回のキーウ訪問は数か月にわたって検討され、最終的な決定は、出発2日前の17日だったという。ロシアの侵攻から1年となるのに合わせて、練りに練られた計画だったことがうかがえる。
ホワイトハウスの高官は、訪問直後の記者団へのブリーフで、今回の訪問の警備面などでの「難易度の高さ」と、大統領の「決意の強さ」をこう強調した。
「今回のような訪問は、歴史的で前例がなく、非常に慎重な計画が必要とされていた。だがバイデン大統領にとって、たとえ困難でも訪問することが重要で、大統領はどんな困難があっても、訪問を実現させるよう指示した」
さらにサリバン大統領補佐官は、アメリカ側が不測の事態を避けるため、バイデン大統領の出発の数時間前に、ロシア側にも「事前通告」を行ったと明らかにしている。
また大統領の外国訪問には、ホワイトハウスの記者団が常に同行するが、今回は安全確保のために、リアルタイムで大統領の動静を報道しないという約束がホワイトハウスとの間で交わされた。大統領と分かれて移動することも多く、キーウ着までの全日程に完全に同行した記者は、わずか2人だったという。
ワシントン近郊の空軍基地への集合時間を2人の記者に知らせるホワイトハウスからのメールのタイトルはカムフラージュされ、「ゴルフトーナメント取材の到着案内」と記載。移動時に携帯電話などの電子機器も没収され、使うことを許されなかったという。
■“大統領の強い意思” 侵攻1年でのキーウ訪問の狙いは
徹底的な保秘と安全管理のもとに行われた今回のキーウ訪問。バイデン大統領はゼレンスキー大統領との会談で、5億ドル(約670億円)相当の追加軍事支援を行う方針を示し、今週ロシアへの追加制裁を課すことも明らかにした。
共同記者発表でバイデン大統領は、ウクライナを「必要な限り」支援していく姿勢を強調し、ゼレンスキー大統領に語りかけた。
「1年前の暗黒の夜、世界はキーウ陥落に備えていた。ウクライナの終わりにさえも備えていたかもしれない。だが1年後、キーウは持ちこたえた。ウクライナは持ちこたえた。民主主義は持ちこたえた。アメリカと世界は、あなた方と共にある」
この言葉に、バイデン大統領が訪問で伝えたいメッセージが凝縮されている。
さらにホワイトハウス高官は訪問の狙いについて、
①ゼレンスキー大統領と肩を並べて立ち、ロシアのウクライナ侵攻1年を迎える中で、アメリカのウクライナへの支持が揺らぐことはないと世界に示すこと
②西側諸国を結束し続けることへの大統領の関与の強さを示すこと
の2点を挙げている。
ヨーロッパに見える「支援疲れ」、また足下のアメリカ議会で野党共和党から、際限なくウクライナ支援を行うことへの見直し論が出る中、身をもって疑念を払拭することが重要だったというのだ。また、21日にロシアのプーチン大統領が施政方針演説を行う前というタイミングでの訪問も、結果的にロシアへの強いけん制となった。
■「必要な限り支援続ける」一方で戦争長期化で「限界」も意識?
首脳会談後に修道院を訪問し、ゼレンスキー大統領と2人で屋外を、しかも空襲警報のサイレンが鳴る中で歩く映像は、アメリカとウクライナの絆の強さを印象づけた。記者の旧知のウクライナ政府関係者も訪問直後、「今ほど両国が緊密に連携している瞬間はない」と高く評価した。
ただ、戦争が長期化する中、「永遠には支援は続けられない」という声は、バイデン政権内にもあるという。有力紙ワシントンポストは先週、「我々はウクライナの指導部に、永遠に何でも支援できるわけではない、ということを伝える努力は続ける」という、ある政府高官のコメントを紹介した。野党共和党に下院の多数派を握られる中で、現実的には、これまでと同レベルの軍事・経済支援を続けられるかは見通せないというのだ。
こうした中、バイデン政権が、各国からの軍事支援が増えている今のうちに、大きな戦果を上げるよう、ウクライナ側に求めているとも指摘している。また、有力紙ウォール・ストリート・ジャーナルも、今回の訪問は「ウクライナの苦境が人々の意識から薄れないようにするためのものでもあった」と論評している。
ウクライナ支援に向けて、アメリカ国内と西側諸国を団結させることができるのか。
ロシアの侵攻開始から間もなく1年となるタイミングでのバイデン大統領のキーウ訪問は、アメリカと世界の抱える課題を、改めて浮き彫りにしている。