診断書に暗号…武漢の医師が語るコロナ隠蔽
新型コロナウイルス発生によるロックダウンからすでに半年が経った「始まりの地」中国・武漢。私たちは、当時この武漢でコロナ患者の治療にあたった現役の医師から、中国当局の「情報隠蔽(いんぺい)」を指摘する証言を得ました。現在の中国の状況とともに、NNN北京支局の槻木亮太記者がリポートします。
■感染対策「成功した国」一方には「情報隠蔽」疑う声
新型コロナウイルスが最初に報告されたのは去年12月。当初は「原因不明の肺炎」とされていました。
中国当局が発表している新規感染者数をみると1月後半には感染者が激増、2月には7日間で3万人以上増えピークを迎えます。
しかし、その後すぐに感染者数は減りはじめ、一か月半程度で大規模な感染を押さえ込んだとしています。私たちの支局がある北京でも6月に市場で集団感染がありましたがすぐさま大規模な隔離措置と1000万人以上へのPCR検査を実施し、一か月足らずで新規感染者をゼロに戻しました。
米国のジョンズ・ホプキンス大学の集計によると世界各地の感染者数を見ても今や中国は世界で26番目です。最も多い米国はおよそ435万人なのに対して中国はおよそ8万7千人です(7月29日時点)。中国はこのように感染対策に「成功した国」として世界にアピールし、各国に対してマスク外交とも呼ばれる大規模な支援を行ってきました。
一方で、そもそも感染拡大の初期段階に中国による情報隠蔽があったため、世界に感染が広がったのだとする疑いの声も根強いのが現状です。
■あの「武漢」は今?
6月下旬、武漢の屋台街。暗くなるにつれネオンが街を彩る中、手をつないだカップルや家族連れなど多くの人出で賑わいを取り戻していました。
道ばたに並んだテーブルでは、旬だというザリガニ料理をつまみにビールを楽しむ男女3人組が。外出は安全なのか話を聞くと、男性は「心配ない。武漢は安全だ」と自信をみせました。
隣の女性が取り出した携帯電話に表示されたのは、全市民が持っているというPCR検査の“陰性証明”。「今は昔のように戻っていて、いい感じがしています。中国政府は素晴らしいと思います」と笑顔で話しました。
感染の「始まりの街」として世界が注目する武漢。私たちは感染源のひとつとみられているあの「海鮮市場」に向かいました。市場の周辺は背丈ほどの青いフェンスで囲まれ、かつてあった看板は取り外されるなど市場内に人の気配はありません。
今年1月の封鎖以降今も一切の立ち入りが禁止されているといいます。周辺の取材中には政府関係者を名乗る警備員が撮影の中止を迫り、警察も駆けつけ私たちを調べるなど、取材規制が続いていました。
■武漢の現役医師が「情報隠蔽」を証言
こうした中、私たちは当時武漢でコロナ患者の治療にあたった現役医師から、医療現場で情報隠蔽が行われていたとする証言を得ることができました。
医師は中国当局が発表している新型コロナウイルスで死亡した人の数について、「基本的に信頼できない」「新型コロナウイルスの感染が確定していても入院出来ず亡くなった人は、死因に肺炎や新型ウイルスなどの病名を書いてはいけなかった」と証言。
新型コロナによる死者数が少なく見えるよう死亡診断書を書き換えていたと明らかにしました。さらに、それは地元の疾病予防管理部門からの指示で、証拠を残さないためか、文書の形ではなく口頭で指示を出してきたと言います。
隠蔽が続いた時期については、「指示を受けたのは2月。4月18日に感染者ゼロが発表されるまで続いていた」としています。一方、新型コロナの名前を隠したまま火葬場などに感染の事実を伝えるため、「直ちに火葬」という言葉が暗号として使われたといいます。
医師の証言によると、病院以外の自宅などで新型コロナにより死亡した患者の死亡診断書には糖尿病や高血圧など、別の病名を書くことで、感染の事実を隠蔽。その一方で、診断書には「直ちに火葬」と書き、その写しを各所に配布したといいます。
死者が急増していた武漢市では、新型コロナ以外の死因だと遺体火葬に時間を要する中、「直ちに火葬」の文字が書かれると遺体からの感染を防ぐため直ちに火葬されるほか、自宅消毒も速やかに行うよう、ひそかに情報伝達をしていたというのです。
公表されている武漢市の死者は3869人ですが、医師は「私の感覚だと“0をもう一つつけた方がいい”と思う」と述べ、実際の死者数は数万人に及ぶと指摘しました。
また、死者数を少なく見せる理由については「少ない方が当局のメンツが立つからでしょう」と推測。この医師は、自らも隠蔽に手を染めたことについて、「仕方がなかった。真相を語る手段がなかった」と後悔の気持ちをにじませました。
これに対して、武漢市の担当部署は私たちの取材に、隠蔽の指示について「そういう話は知らない」と否定しました。
■市民も当局の姿勢を疑問視
当局が情報を隠したとの不満は市民にもくすぶっています。武漢市に住む楊敏さんは、「新型コロナが伝染するとか、死亡する可能性があるとか、このような情報は何も受けていなかった」と強調しました。
楊さんの娘は当局がヒトからヒトへの感染を認める直前、乳がんの治療で病院に行った後、新型肺炎を発症し24歳で亡くなりました。「(ヒトヒト感染の可能性を)もし知っていたら娘を外に行かせなかった」と憤ります。
楊さんは当局に不満を訴えに行きましたが、警察に妨害され取り調べを受けたほか、自宅に軟禁されたこともあったといいます。
「政府がなぜ市民に情報を公開しなかったのかを説明してほしい」楊さんは悲痛な思いをのぞかせました。
■おわりに
いま武漢は夕方に市民が集まりダンスに興じるなど平穏を取り戻したようにみえます。ただ、情報統制や情報隠蔽など多くの疑問は残されたままです。
今回、取材に応じた医師は、死者数の隠蔽を2月に命じられたと話しました。この2月というのは、中国が感染拡大のピークを迎える一方、各国はまだまだ感染者も少ない時期です。
もしこの時期に、死者数の隠蔽が行われていたのであれば、ウイルスの本当の危険性は世界に正しく伝わらず、感染拡大の一因になった可能性があります。
こうした当局の情報隠ぺいに対する疑惑やウイルスの起源の問題は今後の教訓としていくためにも、真実を知る必要があり、今後も取材を続けたいと思います。